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「着けて寝るだけ」のデバイスとアプリケーションでフェムテック事業に参入。パナソニックが商品開発とともに挑んだ社内変革

「着けて寝るだけ」のデバイスとアプリケーションでフェムテック事業に参入。パナソニックが商品開発とともに挑んだ社内変革 NEW

2025年6月、「パナソニック くらしアプライアンス社」ではインナーケア領域商品の第一弾として、体調ナビゲーションサービス「RizMo(リズモ)」の提供を発表した。ウェアラブルデバイスと専用アプリによって月経リズムと連動した衣服内の温度変化や睡眠データを活用し、先々の体調を予測したり、体調サポートのアドバイスを確認したりできるサービスだ。家電メーカーの最大手である同社がフェムテック領域にチャレンジした経緯や、センシティブな領域ならではの開発の苦労話、そしてビジネスとしての展望を、事業開発を担当した図師和彦氏に聞いた。

図師 和彦さん/パナソニック くらしアプライアンス社 ビューティー・パーソナルケア事業部 ビジネスデザイン部 事業開発課 課長
1992年、松下電器産業株式会社(現パナソニックホールディングス(株))へ入社。数々の商品の企画マーケティングやプロモーションを担当する。現在はビューティー・パーソナルケア事業部に所属し、美容健康分野の事業開発を手掛ける。

プロダクトによってユーザー自身も気づいていない潜在的な課題を抽出し、解決策を提案

― 入社されてからこれまでのご担当業務と、現在の役割を教えてください。

入社後、現場研修、ゲーム事業販社への出向等を経て、健康家電を扱う事業部(現パナソニックエコシステムズ)に配属されました。商品の企画やマーケティングを担当するなかで、ゼロからものを作る基礎を学び、メーカーの醍醐味を味わいました。その後もマーケティング本部の中のプロモーション、マーケティング戦略企画を担当し、ここ数年は美容健康領域での新規事業開発を担っています。

新人配属時の具体的な商品としては、空気質系の空気浄化機、加湿機、除湿機、加えて水質系で化粧品メーカー(資生堂様)とコラボした美容健康シャワーなどがあります。プロモーション領域では当時の「ナショナル」ブランドの広報を担当していました。その後はマーケティング本部の横断的なマーケティング戦略企画と新規事業の立ち上げに並行して取り組んできました。10年ほど前にはコーヒー焙煎機と生豆をセットで提供する「THE ROAST」というサービスも立ち上げました。

― フェムテック領域に注目し、事業化した経緯と背景を教えてください。

「人生100年時代」と言われますが、健康寿命と現実の寿命にはギャップがあるのではないかと思います。私自身も、50歳を過ぎて健康を意識するようになりました。年齢を重ねても健康でい続けるためには、早い段階から体の状態を意識することが必要です。そこで、バイタルデータをチェックすることで行動変容を促す腸内環境関連のサービスや睡眠サービスを立ち上げました。

現在の健康美容分野への異動が決まった頃、偶然テレビでフェムテックを特集した番組を見て、女性ホルモンが身体に及ぼす影響を知りました。女性が心と体のバランスを保つためには女性ホルモンと向き合わなければいけないとわかり、フェムテック領域で事業を立ち上げることを決めました。

― ユーザーのニーズを起点として開発されたということでしょうか。

自社の技術をベースにしたプロダクトアウトではありませんが、顕在ニーズに基づいたマーケットインかというとそうとも言い切れません。というのは、ユーザー自身、女性ホルモンの影響による不調は感じつつも基礎体温を測る必要性までは感じていない方が大半です。メーカー側が商品・サービスを通して、ユーザーが認識していない課題を抽出して、解決する手段を提示するという点では、良い意味でのプロダクトアウトと言えると思います。

女性の声を活かし、センシティブな領域ならではの難しさを乗り越える

― 女性の声をプロダクトに反映させるために、開発過程で意識されたことやユニークな手法があれば教えてください。

プロジェクトの初期段階から、約3年間、企画・開発メンバー一丸となり、MVP(Minimum Viable Product)を創っては、将来の顧客層といえる潜在顧客へ試して頂く、さらには使用感を徹底してヒヤリングすることを繰り返しました。あわせて、先人の取組みに教えを請うことをしました。実はプロダクトの原形は長野県にあるキューオーエル(株)の「Ran’s Night」という製品になります。

その先例を参考に、顧客価値の前提となる技術的な根拠の確立を目指し日本大学工学部の村山嘉延教授と共同で実証実験を行いました。その結果、基礎体温と衣服内温度に強い相関があることがわかりました。そのほかにも開発には産婦人科医や睡眠評価研究の専門家にもご協力いただいています。

また、デザインにも工夫しています。デバイスは男性商品企画者と設計者、ならびに女性プロダクトデザイナーがワンチームで開発し、手のひらサイズで、クリップで下着に装着するだけなので、毎朝決まった時間に計測する手間やストレスを感じることなく、計測を習慣化できるように仕上げ、 またこのたびはアプリケーションには特に力を入れました。女性企画者と女性UIデザイナー、システムエンジニアのワンチームによるアジャイル開発で、毎日見たくなるアプリに仕上がったはずです。ただし、いずれもこの取り組みの結果はこれからお客様が判断されることではあります。

月経リズムと連動する衣服内温度と睡眠状態を計測するウェアラブルデバイス(画像提供:パナソニック公式サイトより引用)

― 従来の家電事業と比べて、フェムテック特有の難しさや社内調整のハードルはありましたか。

従来当社が提供してきた家電製品は、ユーザーの“困りごと”を解決する手段でした。またビジネスは売切り型でした。それに対して女性の健康領域は悩み自体が多種多様で、明確な解決手段というものがありません。しかし悩みを解決するものでなければ選ばれませんので、サービス内容やレベル感の照準を絞りにくさ、加えてお客様のライフイベントやライフステージの変化へ寄り添い続けられる価値づくりと、ビジネスモデルが大きな課題としてありました。

また、検討初期段階は社内からも「フェムテックって何?」「なぜ取り組む必要があるの?」と疑問視する声が大半でした。理解を得るために、まずは自分自身がこの事業の必要性へ、ぶれない信念を持つと同時に今回のミッションに共感し、真剣に向き合ってくれる女性メンバーを募りました。チームメンバーは社内だけでなく、社外からもサポートしていただいています。想いを持ったメンバーがプロジェクトのために集まってくれたことが、ここまでこぎつけられた大きな理由の一つです。

フェムテック事業に限らず、既存事業がある中で新規を立ち上げる際にはできるだけ唐突な印象にならないよう意識しています。事業の必要性を、パナソニックとしてのDNAやこれまでの事業ストーリーと結び付けて、取り組む意義を伝えること、あわせて将来の顧客層の声を伝えることを意識しました。

フェムテックの社会認識とビジネスとしての成熟に期待

― 女性の健康に資するという社会的意義と、ビジネスとしての持続可能性をどう両立して設計されているのでしょうか。

需要を掘り起こしながら、ビジネスとして売上を立てなければならないというジレンマは、どんな新規事業にも必ずあります。ユーザーの課題を解決する価値を提供し、そこに対価を払っていただけることが、事業として何よりも重要だと思っています。

ビジネスのボリューム感としては、まず20代から50代前半の生理周期を伴う女性が国内に約2,000万人いらっしゃいます。そのうち1割ほどが、なんらかの生理不調に悩む方、あるいは妊娠を望む方で、いわば潜在ニーズを抱えている方です。我々が立てた仮説が合っているかどうか、検証できるのはまさにこれからだと思いますが、3年から5年以内にはその400万人の1割に相当する40万人に商品・サービスをお届けしたいと考えています。

― フェムテック事業の社会認識が向上し、ビジネスとして発展するためには、今後どういったアクションが求められるとお考えですか。

現在、政府でもフェムテックの利活用を促進する動きはあり、情報発信もされています。ただ一方で、まだまだ社会の理解は十分ではなく、理想と現実のギャップがあります。生活者を起点に、この領域に関わる企業やコミュニティが社会の中でどうあるべきかということを重視していきたいですし、その中でキープレイヤーの一つとなれればありがたいですね。

― “ゼロから新たな価値をつくる”という挑戦の中で得た学び、そしてこれから社内外で変革を起こしたい人へメッセージをお願いします。

まずは自分が思い描くビジョンに自分自身がワクワクできるか、あるいはいきいきとした社会で生活者がイキイキしているところを想像できるかどうか。あとは、やるべきだと心から思えたなら、何があっても諦めないこと。新規事業や社内変革を成功に導くためには、この2つが重要だと思います。

文:大貫翔子
撮影:船場拓真

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