NIGOがストリートを、消費から産業に変えた3つの方法 NEW

ストリートファッションは、なぜ消えなかったのだろうか。反体制的で、刹那的で、流行とともに更新されていくはずだった文化は、いつの間にかブランドになり、企業になり、産業として存在している。
この変化を「成功」や「時代の後押し」で説明することは簡単だ。しかし、それは結果を述べただけで、構造を説明していない。ストリートは、どのようにして「続くもの」になったのだろうか。
NIGOは、日本のストリートカルチャーを語るうえで欠かせない人物である。だが、ここで扱うのは、彼がどの順番で成功したかでも、どの作品が代表作かでもない。注目したいのは、NIGOが一貫して選び続けてきた判断の形だ。それは、流行を作ることよりも、人が回り、モノが回り、時間が回り続ける構造をどう作るかという問いに近い。
「ノーウェア」「ア ベイシング エイプ」「ヒューマンメイド」「ケンゾー」。
立場や活動の場が変わっても、NIGOの判断には共通する思考が感じられる。今回は時系列をあえて解体し、「人」「モノ」「時間」という3つの視点から、NIGOがストリートを文化から産業へと翻訳していった方法を読み解いていく。
第1章 人が回る―主役を固定しないという設計
ストリートカルチャーは、しばしば「強い個人」のカリスマ性に牽引される。ある種、教祖的な魅力を持つ人物が前に立ち、その私的な美学が周囲を熱狂させる。だが、こうした個人依存の構造は本質的に脆い。中心人物が不在になってしまうと、そのまま文化の終焉を意味するからだ。
NIGOが歩んできた軌跡を産業化の観点で振り返ると、そこには結果として、「主役を固定しない構造」が繰り返し立ち上がっていたように見える。彼の仕事でスポットライトを浴びることが多いのは、NIGO個人以上に、彼が作り出した「場」や「プロダクト」そのものだった。
その原点が、1993年に原宿の片隅にオープンしたノーウェアである。わずか5坪の空間で、高橋盾はアンダーカバーを、NIGOは海外から買い付けたストリートウェアを展開した。特筆すべきは、そこを単なる「服を売る場所」に限定しなかった点だ。ショップの奥には毎日仲間が集まり、カルチャーを談議するハブとなった。
客に挨拶をしない不愛想な接客スタイルも、単なる横柄さではない。それはNYのストリートウェアのショップに見られた態度と共鳴する、「同じ価値観を共有する仲間か?」を問いかけるコミュニティの作法だった。この「仲間」という近距離の人間関係をベースにした空間設計が、ノーウェアの核となった。特定の誰かが不在でも「場の空気」が維持され、誰もが参加できる構造が自然と完成していたのである。
この「役割の循環」という思想は、メディア戦略にも現れている。NIGOは高橋盾と共に、雑誌『宝島』で「LAST ORGY 2」を連載した。これは藤原ヒロシと高木完による伝説的な連載を継承した形であった。ここで重要なのは、NIGOは自分を完成されたカリスマではなく、先人からバトンを受け取り、次へ繋ぐ「媒介者」のような役割を果たしていたという点にある。継承のシステムは、ストリートを「個人の持ち物」から「受け継がれる資産」へと変貌させた。
この構造は、ア ベイシング エイプにおいてより明確な形を取る。ブランドを象徴するのはNIGO自身の顔ではなく、映画『猿の惑星』に着想を得た「エイプヘッド」というアイコンだった。ブランドのロゴやグラフィックが前面に出る形態が繰り返され、デザイナーという実体以上にブランドの「記号」が、主役の位置を占めるようになっていった。

ブランドの象徴が確立されたことで、視線は「デザイナー」よりも「アイコン」という記号に注がれるようになる。主役が個人から記号へ入れ替わった瞬間だ。そこでは「誰が回しているか」という属人的な問いより、「システムをどう運用するか」という産業的な問いが重要になる。
一人の人間に依存せず、役割やアイコンが循環する。この構造があったからこそ、ストリートは時間を超えて持続する「産業」としての骨格を得ることができた。立ち上がっていたのは、流行でも商品でもない。人が代わっても面白さが回り続けるための、強固な前提条件だったのである。
第2章 モノが回る―流行らせるのではなく、循環させる設計
ストリートファッションの宿命は「鮮度」だ。新しいグラフィックやシルエットといった鮮度こそが価値であり、更新が止まればたちまち古くなる。こうした前提のもとでは、商品は一度消費されれば役目を終え、流行の終焉とともに価値を失っていくのが常であった。
だが、NIGOが手がけてきたプロダクトは「消費」で終わらなかった。彼の手法を振り返ると、結果として、モノが市場の中で死なず、形を変えて戻ってくる「循環の構造」がストリートに持ち込まれていたように見える。
ア ベイシング エイプのプロダクト設計を紐解くと、最大の特徴は徹底した「型の固定」にある。「エイプヘッド」や「ベイプカモ」、定番のスウェットやフーディ。これらはシーズンごとに刷新されるのではなく、カラーや素材を微細に変えながら、何年、何十年と繰り返しリリースされる。
この手法は、伝統的な高級メゾンが持つ「アーカイブ」の考え方に近い。消費者は「今季の新作」を追うと同時に、過去のコレクションを「歴史的な資産」として認識し始める。一度手に入れたアイテムが、翌年には型落ちになるのではなく、何年経っても価値を維持し続ける。こうしてプロダクトは「時間への耐用年数」を獲得していった。
ここで大きな役割を果たしたのが「限定性」だった。ア ベイシング エイプは生産数を絞り希少性を演出したが、それは単なる飢餓感の醸成に留まらない。手に入れた者が価値を感じ、手放す際にも価値が損なわれない「二次流通市場」での価値をも生み出した。
買えなかった者が次を待ち、手に入れた者が中古市場へ流し、それが再び新しい誰かの手に渡る。欲望が直線的に消費されて終わるのではなく、市場の中を円を描くように巡り続ける。この「中古やアーカイブも現役である」という認識の定着こそが、ストリートを一過性のブームから、継続的な「経済圏」へと押し上げた要因でもある。
NIGOの活動を通じて、「コラボレーション」は循環を加速させる手法として定着していった。彼にとってのコラボとは、単なる話題作りではない。他社の強力な文脈を借りることで、自社のアイコンを再定義し、一度落ち着いた熱量を再び市場に送り出すための「意味の更新」である。異なる文脈を重ねるたびに、同じロゴが新しい価値をまとって戻ってくる。消費者は、馴染みのあるアイコンの中に常に新鮮な「意味」を見出し続けるのだ。

この思想はヒューマンメイドでさらに純化される。“The Future Is In The Past” 『未来は過去にある』をテーマに、ファッション史に残る定番アイテムをアップデートしていく。ワークウェアやヴィンテージといった、すでに時間を耐え抜いた文脈を基盤に据えることで、新作でありながら「最初から古くならない」プロダクトを実現しているのだ。
NIGOの足跡で見られたのは、売り切るための商品ではなく、市場の中を何度も戻ってくる「資産」としてのモノだった。流行に乗せて消費させるのではなく、意味を更新しながら循環させる。この積み重ねが、ストリートを一過性の消耗品から、持続する堅牢な産業へと変貌させたと考えられる。
第3章 時間が回る―ストリートを制度に翻訳するという選択
ストリートカルチャーは本来、時間と相性が悪い。即時性と反体制性を武器にするがゆえに、熱量が高まるほど消耗も早い。ムーブメントは瞬間的に燃え上がり、やがて別の潮流に置き換えられていく。そこでは「続くこと」自体が、しばしば文化への裏切りのように扱われてきた。
だが、NIGOの歩みを振り返ると、ストリートを単に「燃やし続ける」のではなく、より長い「時間の中に置く」方向へと重心を移してきたことが見て取れる。
その象徴がヒューマンメイドである。2章でも触れたが、ここでは商品ではなく、時間の扱い方そのものに目を向けたい。ヒューマンメイドは流行の最前線ではなく、ワークウェアやヴィンテージといった、すでに数十年の歳月を生き延びてきた文脈を参照している。世界屈指のヴィンテージ・コレクターであるNIGOにとって、古い服とは単なる趣味ではない。
それは「時間が経っても価値を失わない構造」の標本である。ヒューマンメイドの服作りは、シーズンごとの鮮度を競うスピードから距離を置き、時間が経つほどに価値が立ち上がる領域へとストリートを引き上げた。それは、短期的な消費から文化を守るための、彼なりの防衛策とも言えるのではないか。
こうした姿勢の延長線上に位置づけられるのが、LVMH傘下のケンゾーでの仕事だ。就任当初、多くの人が「ストリートによるブランドの上書き」を予想したが、彼はその予想を裏切った。NIGOは、創業者・高田賢三が築いた東洋と西洋のミックスという歴史を徹底して尊重し、自身の作家性で過去を破壊するような振舞いを見せなかった。

彼は、制度の外側から既存の枠組みを揺さぶる破壊者ではなく、制度の内部に身を置き、その歴史的文脈を「翻訳」して現代に機能させる役割を選んだのだ。ストリートが制度と接続することは、しばしば「商業化」と批判される。しかし、ここでのNIGOの動きは、制度という強固な環境を獲得することで、ストリートが長く生き延びるための「時間の器」を用意する試みとして読める。
この「継続」への意志は、経営体制にも表れている。現在のNIGOは、自身のクリエイティブを最大化させるため、経営をプロフェッショナルな組織に委ねている。カルチャーを個人の衝動で終わらせず、組織として存続させるための枠組みに載せる。重視されているのは、派手な革新ではなく、構造を持続させることであった。
人が回り、モノが回り、時間が回る。第1章と第2章で見てきた構造は、この地点で「制度」と接続し、完成を見る。
NIGOの活動の本質は、ストリートを変質させることではなく、それを「終わらせない」ための翻訳作業であった。反体制性を守るために、あえて制度と時間の側に身を置く。その逆説的な選択が、ストリートを一過性の文化から持続する「産業」へと押し上げ、今もなお回り続ける巨大な構造を支えているのである。
エピローグ 文化の行方
NIGOが作ったのは、単なるブランドの成功法則ではない。それは、熱狂という名の「消費」にさらされるストリートカルチャーを、いかにして次世代へ繋ぐ「資産」へと昇華させるかという、一つの生存戦略の提示だった。
ストリートは今、彼の翻訳を経て、かつてないほど強固な産業として自立している。だが、この構造が永続するかは、次世代がどう継承するかにかかっている。NIGOが作ったのは完成形ではなく、回り続けるための設計図なのだから。
著者プロフィール:新井茂晃 /ファッションライター
2016年に「ファッションを読む」をコンセプトにした「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。自身のウェブサイトやSNSを中心にファッションテキスト、展示会やショーの取材レポートを発表。「STUDIO VOICE」、「TOKION」、「流行通信」、「装苑」、「QUI」、「FASHONSNAP」、「WWDJAPAN」、「SSENSE」などでも執筆する。
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