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NYの元ラグジュアリーブランド販売員が語る、トップセールス販売員のリアル

NYの元ラグジュアリーブランド販売員が語る、トップセールス販売員のリアル

ファッション業界におけるダイバーシティ&インクルージョン(D&I)は今、ブランドの価値を高めるひとつの鍵になっている。各企業のさまざまな取り組みに注目が集まるなか、海外の先進国に比べて日本は遅れをとっており、まだまだ課題の多い現状だ。今回は、長年ニューヨークに住み、多くのラグジュアリーブランドでキャリアを積んでこられた株式会社ラグジュリーク 井上みどりさんにインタビュー。今年帰国したばかりの彼女に、ニューヨークと日本の販売員の違いや転職事情、日本のファッション業界の課題を聞いた。

井上 みどりさん/株式会社ラグジュリーク 営業部長
神奈川県藤沢市出身。ボストン大学卒業後、ルイ・ヴィトンに入社。エルメス・ブルガリやプラダほか、数々のラグジュアリーブランドのセールスアドバイザーを経験。2021年に帰国後、株式会社ラグジュリーク入社。営業部長として企業や富裕層向けのインバウンドビジネスを提供する。
LUXURIQUE:https://www.luxurique.com

―まず、ニューヨークでの最初のキャリアについて教えていただけますか?

最初にファッションブランドを経験したのが、1998年にルイ・ヴィトンに入社したときです。当時はちょうど日本人の間でルイ・ヴィトンが一大ブームになっていた頃で、日本語と英語が話せるバイリンガルのセールスアドバイザーとしてキャリアをスタートしました。マーク・ジェイコブスとのコラボレーションによりレディトゥウェアをスタートしたタイミングということもあり、SOHO にできるストアで働くという、自分にとって非常にスペシャルな経験でした。チームメンバーも国際色豊かで、マネージャーもルイ・ヴィトンの生き字引のような人で私のリテールファッションにおけるメンターになってくれました。

―そこからラグジュアリーブランドでのキャリアがスタートし、さまざまなブランドで経験を積まれたのですね。

私はもともとイタリアが大好きなのですが、ルイ・ヴィトンの後、ブルガリがセールスアドバイザーを募集していることを求人広告を見て知り、「応募するしかない!」と応募して面接まで漕ぎつけることができました。面接はいつでも緊張しますが、自分を相手に伝えるステージだと思っています。自分のパッションを伝えることが好きだったので、面接が終わって達成感があると必ずいいお返事がいただけました。後はエルメスやプラダなどのラグジュアリーブランドで経験を積み、1998年〜2021年までずっとラグジュアリーブランドで働いていました。

―素晴らしいキャリアですね。ニューヨークで働くブランドアンバサダーは、日本の販売員とはどう違うのでしょうか?

ニューヨークのラグジュアリーブランドで働くブランドアンバサダーは皆、“自分がそのブランドで店を張っている”という意識がとても高いんです。自分がエルメスのファミリーの一員であり、そこのスポークスパーソンであり、ブランドが持つイメージや歴史を、自分を介して知っていただくという重要なミッションを理解し働いています。ただ“もの”を売るだけじゃなくて、私という人間を通していかにお客様のエルメスに対する意識を高めていただけるかという、ある意味文化大使のような存在ですね。

―そこに結果もついてくるということですね。それには商品力やブランド力だけじゃなく、人間力が非常に大切なのでは。

高い人間力が求められます。日本ではどちらかというと年齢を重ねるうちにキャリアの幅が狭まる傾向にありますが、ニューヨークでは販売員の年齢、性別、人種はその人のキャリアに一切関係ありません。ニューヨークのトップセールス販売員の多くは40〜50代のマチュアな世代。もちろん年齢や性別、人種は関係なく、実際にゲイやトランスジェンダーのスタッフも多くいました。そういう人が第一線でバリバリ働いているのが当たり前で、彼らはただ単にブランドの“もの”を売っているだけじゃなくて、そこに彼らの趣味や人生があり、それも含めて顧客の方に楽しんでいただく。そういったレイヤーの深さで、顧客の方もただ“もの”を買うだけはない、新しい出会いを得ることができるのです。

―仕事以外の人生を楽しめるだけの給与も担保されているということですね。

トップセールスの人たちにはそれだけのベースの給与も確保されていて、プラスアルファのコミッションがあります。ベースの給与はキャリアによって上がっていき、コミッション率はブランドにより異なりますが、これが大きな収入源になっています。適正な収入によって彼らの生活が潤い、それによってさらに自分の趣味にも情熱を注ぐことができる。そしてその幸せなオーラを持ち仕事場に来る。そしてその幸せを人々にシェアするという、素晴らしいエコシステムがニューヨークのラグジュアリーブランドではできあがっているのです。

―トップセールスの人がマネジメント職に就かないのは、マネジメント職よりもお給料が高いからでしょうか?

実際にトップセールス販売員はマネージャー職の2,3倍ものコミッションを稼いでいます。そこは日本とニューヨークの大きな違いではないでしょうか。その一方で、ヘッドハンティングはかなり熾烈な争いになっています。優秀なトップセールス販売員がほかのブランドに移ることは会社側にとって非常に痛手ですから、なんとか働き続けてもらえるように給与交渉や休暇の打診をすることもよくあります。トップセールス販売員がほかのブランドに移るということは、ただその人が移るだけでなく、その人の奥にいる何億ものバリューを持つ顧客が移ってしまう可能性がありますから。

―転職はどのように行うのですか?

LinkedInなどのサービスがなかった頃は、業界内で話題になると直接メールが届いたり、昔の同僚から誘われたりすることが主流でした。ただ大切なのは、単純に知っている人がいたらいいというわけではなく、しっかり結果を出した人だからこそ声がかかるということ。特にニューヨークにおけるファション業界は小さな世界だったので、優秀な人材が循環していくことでまたつながっていくのが面白みでもあります。日本には終身雇用というシステムがあり、それもそれで素晴らしいですが、ニューヨークでの転職活動は、自分のバリューをその都度見直し、会社側とネゴシエーションするなど、プラスになる経験ばかりでした。

―政治的な意見も持っているべきだとお聞きしました。

特に大統領選挙のときは、ランチや休憩時間にも同僚や上司とその話題で持ち切りでした。常にオープンに政治の話題になり、またどちらの候補を支持するかでスタッフ間でも溝が生まれる可能性がある危うさは、日本では考えられないですよね。実際に、お客様から政治の話題をふられることもたくさんありましたし、そこはうまく機敏に対応する必要があるのですが、ここで“何も反応を示さない”というのはニューヨークにおいてタブーです。自分の意見を言うことで、販売員であること以前に、自分が誇りを持ちニューヨークのコミュニティで生きている証しにもなります。特に私は日本人なので、「日本の政治はどうなの?」と、日本の政治について聞かれることも多々ありました。なので、アメリカの政治だけでなく日本についてもアンテナを張っておく必要がありました。

また実際に政治が仕事に直結する場面もニューヨークでは多く、私達がお手伝いしてきた有名なスタイリストの顧客にメラニア・トランプ前米大統領夫人がいたため、民主党・共和党などの垣根を超えワードローブ選びのお手伝いをさせていただきました。トップセールス販売員は必ずセレブリティのお抱えスタイリストと良い関係を築いていて、しっかりネットワークにも入っているのです。ですから、誰がいつどのドレスを着ているのかというメディアチェックも欠かせません。「この間のオスカーで〇〇が着ていたドレスが今度着たいのだけど」とお客様に言われて、「どれですか?」なんて言ったら、私たちの信頼は一気に落ちてしまいますから。ファッションのことだけじゃなくて世界の動きを見ることがニューヨークでのトップセールス販売員には必要です。

―そんな井上さんが今年ついに帰国されました。日本での転職活動で感じた違いとは?

まず、履歴書に顔写真を貼らなくてはいけないこと、生年月日を書かなければならないことに驚きました。自分の顔や年齢をシェアすることで面接に呼ばれない可能性があるというのは、アメリカではありえないのでショックでした。アメリカで生年月日が必要とされるときは、最終的に契約書にサインをして銀行口座など個人情報を提出するときだけ。なので、一緒に働くマネージャーもほかのスタッフも、私の年齢を知りません。もしこれがアメリカで起きたらハラスメントになるだろうと思いました。

―日本では年齢や性別などを記入することが当たり前で、履歴書のフォーマットも古くから変わっていません。

もし同じことをニューヨークでやったら訴訟問題になってしまうでしょう。いまアメリカではバイナリー(男でも女でもない)アイデンティティの人が増えていますが、仮に性別を記入させることで「バイナリーはとらないようにしよう」などという差別も起こりかねません。なので、そういった差別ができない仕組みにアメリカ社会はなっていますが、日本ではまだ何をやってきたかのキャリアよりも先に年齢や学歴で選ぶことが多いのではと感じました。

―面接での違いはありましたか?

ニューヨークでの面接はいつでもラフな感じの話からスタートする、ウォームアップで始まる事が多く、面接の場もおおらかな印象です。面接の最後に「なにか質問はありますか?」と、会社がボールを投げてくれる時間が私はとても好きなのですが、面接は聞かれたことに受動的にアンサーするだけではなく、“自分が会社にインタビューする時間”でもあります。日本でももっとそういう面接が増えればより良い企業評価につながるのではないかなと感じます。

―ニューヨークでのキャリアを経た井上さんが帰国された理由を教えてください。

まず、自分は「泣いても笑っても日本人」と感じることがどんな場面でもありました。私が日本人ということがわかれば、必ず相手は彼等が経験した日本の話を尊敬と憧憬をもって話してくれるので、私もそれに恥じないよう日本人としてのプライドを常にもちながら働いてきました。その様な中、日本が海外においてどのように見られているかを肌で感じてきた経験を、今度は日本に持ってきて、海外の方に新しい日本を知っていただくような仕事がしたいと思いはじめていました。そんな矢先、新型コロナウィルス感染症の拡大によって、日常すべてが変わってしまい、自分にとってこれからどういう生活が大事なのか考えるようになりました。多くの失業者が生まれ、分断されてしまったアメリカという国で、人種間の問題には目を背けることができませんでした。アジア人に対するヘイトクライムも大きくなり、アジア人女性が標的にされる事件が増え、自分の身近な人も被害を受けました。私はそれまでニューヨークの地下鉄でも居眠りができるほど身の危険を感じる事もなく暮らしてきましたが、徐々に周りからの視線を感じるようになって、それからは帽子を深々被り自分のアイデンティティを隠し通勤するようになりました。ニューヨークに27年住んでいて、こんなに哀しいことはありませんでした。自分のアイデンティティを隠してまでここにいる必要はない。自分の命あってこその人生だと、これが潮時だと感じて帰国を決意しました。

―ビジネスの面では進んでいますが、そういった差別が色濃く残っている事実は非常に残念です。しかし、それがきっかけで日本でのキャリアを選ばれた。井上さんが次に選んだ会社について教えてください。

株式会社ラグジュリークというホスピタリティ・コンサルティングの会社です。法人・個人どちらもクライアントに持っていて、個人でいうと海外の日本に興味を持っている富裕層向けに、観光だけでは体験することができないカスタマイズされたコンテンツ(体験)をプロデュースし、提供しています。また法人の場合は、企業のミーティングやインセンティブ(MICE)の企画運営、役員会、その他海外のブランド等が日本でお披露目会やイベント、展示会、カンファレンス等をやる際に、招待するお客様へのホスピタリティ(おもてなし)をプランニングします。ブランドの顧客様はそのブランドによって趣味嗜好が異なり、例えば同じ京友禅を見る体験をする場合でも、高級時計ブランドの顧客様とファッションブランドの顧客様では、見る視点がまったく異なります。私たちはそのブランドの背景を知った上で、そのブランドの顧客様に独自の体験をオファーします。私のこれまでさまざまなラグジュアリーブランドで働いてきた経験と、これから日本と海外の架け橋になりたいという想いがかなえられる会社に出会えたことはとても幸運でした。

―具体的にどのような体験を提供するのですか?

これまでラグジュリークでは、ヴァシュロン・コンスタンタンやヴァンクリーフ&アーペル、ジャガー・ルクルト、シャネルなど多くのブランド企業のインバウンド向けイベントプロデュースを行ってきました。高級時計ブランドの例でいうと、男性顧客様がメインなので京都のプライベートのシガーバーやウイスキーの蒸留所にアテンドするプランを実施しました。ただ単にガイドブックに載っているような場所だけでなく、自国に帰ったときに自慢していただけるようなスペシャルな体験をプランニングしています。私はこうした体験のパッケージづくりからクライアントへのプレゼンまで手掛けています。ニューヨークで培った経験を活かして、日本の魅力をこれからも世界中に伝えていきたいです。

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