重視すべきは「People based branding」と「カルチャーフィット」。ブランド戦略のプロが語る、採用ブランディングの極意
多くの外資系一流企業でブランドマーケターとして活躍してきた堀 弘人さん。2021年にH-7HOUSE(エイチセブンハウス)を起業し、コンサルタントとして多種多様な企業のブランディング戦略を支援している。堀さんは、「People based branding」の考え方を礎にした採用ブランディングと、カルチャーフィット重視の採用を行えば、将来活躍する潜在的な人材を発掘できる可能性が高いと語る。本来の採用ブランディングのあり方とカルチャーフィット重視の採用について語っていただいた。
堀 弘人さん/H-7HOUSE LLC CEO
1979年 埼玉県生まれ。アディダス、リーバイス、ナイキ、LVMH Watch & Jewelryなど数々の外資系企業にてマーケティングディレクターを含む要職を歴任したのち、楽天の国際部門にて戦略プロジェクトリーダーとして新規事業立ち上げと収益化を経験。20年以上に及ぶ自身のブランドビジネス経験を国内外の企業の活性に役立てたいとブランドコンサルティング会社H-7HOUSE(エイチセブンハウス)を設立し、大手企業からベンチャー企業まで幅広い業種のブランド戦略構築を支援しており、NESTBOWLの社外取締役も務めている。経営戦略と密接に連動したブランド戦略を描き、国際的なブランド経験に裏打ちされたコンサルティングが強み。
数多くの一流企業でブランドマーケターとして活躍後、独立
― まず、堀さんのご経歴を教えていただけますか。
キャリアのスタートは米系広告代理店です。初めてのクライアントが日本コカ・コーラ株式会社でした。世界中で誰もが知る偉大なブランドを担当し、ブランドマネジメントの片鱗に触れ、「ブランドマーケターとして仕事をしたい」と強く思うようになりました。
20代半ばで広告代理店からブランド側に移り、アディダス、リーバイス、ナイキ、LVMH Watch & Jewelryなどの外資系企業でマーケティング責任者を含む職務に当たり、その後は楽天グループ株式会社の国際部門にて新規事業の責任者も経験しました。
20年以上ブランドマーケターとしてキャリアを積み、学んだ経験や知見を世の中に還元したいという想いが強くなったため、2021年にH-7HOUSE(エイチセブンハウス)を立ち上げました。ファッション、ラグジュアリー、不動産、EC、フェムテック、サステナビリティ、宇宙産業などでブランド戦略構築を支援しています。
― 多種多様な企業のブランディングに携わっていらっしゃるのですね。
ファッション業界やラグジュアリー業界では、ブランディングの重要性が浸透していますが、他業界に目を向けるとそれに気づいていない企業が日本にはまだ多く存在します。
一方、アメリカはブランディングがとても上手な企業が多く、Google、Apple、Nike、Coca-Cola、Teslaなどが良い事例として挙げられると思います。これらの企業と同レベルのブランド戦略を一社でも多くの国内企業に浸透させたいと考えています。
従業員が基礎となる「People based branding」という考え方
― ブランディングには「プロダクトブランディング」、「インナーブランディング」など様々な種類がありますが、採用ブランディングとの共通点はありますか。
採用ブランディングであろうとプロダクトブランディングであろうと、ブランディングは企業の理念、倫理観、哲学、行動指針を明確にする企業の礎になるものだと捉えています。企業を経営する上で、外郭に経営戦略があり、その内側にブランディングがあるイメージです。
ブランディングはスポーツで例えるとルールブックに近いのかもしれません。例えばサッカーでは手を使ってはいけなかったり、バスケットボールではドリブルせずに3歩以上歩いてはいけなかったりします。それらは絶対的なルールです。ブランディングは「企業のルールブック」を作る作業と解釈しています。
― では、各々のブランディングの相違点は何でしょうか。
それぞれのブランディングは企業の礎という意味において一貫性が必要ですが、メッセージが向かうベクトルとメッセージの語りかけ方が違うと考えています。例えばBtoCのプロダクトブランディングであれば消費者に向けたメッセージ、採用ブランディングであれば採用候補者(求職者)に向けたメッセージといった具合ですね。
― 各々のブランディングは企業の基盤でありながら、少しずつカスタマイズが必要ということですね。
それぞれのブランディングはステークホルダーからの信頼を獲得するために一貫性が必要ですが、それは多くの企業、特に大手企業にとって難しいケースが多いです。なぜなら、それぞれのブランディングという作業を別々の部署で策定している場合がほとんどだからです。例えばコーポレートブランディングは「経営企画部」、プロダクトブランディングは「商品開発部」、採用ブランディングは「人事部」が行っているといったような具合です。各部署が連携して、各ブランディングに共通するブランドの素地を部門横断的に作ることが大切だと考えます。
― ブランディングの中でも、採用ブランディングをどのように捉えられていますか。
採用ブランディングは、社員をアセット(資産)として活用しながら情報発信をするケースが多く、その場合「人」が基礎です。私はこれを 「People based branding」と呼んでいます。社員がブランドを正しく理解しているからこそ、外に対して正しく発信できるのです。採用ブランディングは、採用候補者に向けて耳障りのいいメッセージを出せば良いといううわべの話ではありません。
身体に例えるなら、筋肉だけ美しく鍛え上げたとしても、コレステロール値が高くて血液がドロドロな状態では必ずしも健康体とは言えないですよね。企業も同じで正しくブランドが設計され、高純度で従業員に浸透しているからこそ、外に良い発信ができるのです。
― 採用ブランディングは、社内にブランドを浸透させることから始まるのですね。
新卒・中途を問わず、これから入社を検討している人にとって、社内でどんな人が働いているか見えづらいと不安になると思います。働いている社員を媒介してブランディングやコミュニケーションを行うことによって、そのようなブラックボックスを無くしていけるのではないかと考えています。
会社の文化が正しく伝われば、「この会社は信頼できる」「入社したら活躍できそうだ」といった判断材料にしてもらえるはずです。
特に現代はAIやテクノロジーが発達して、情報の信頼性が危ぶまれている時代。そのなかで信頼できる情報のソースは「人間」という原体験に戻ると思います。例えば昨今、トレンドとして復活してきている“カリスマ店員がおすすめする服だから買いたい”というのは、人間を判断軸とした行動ですよね。テクノロジーが進むほど、アナログなものに信頼性が生まれるという回帰は、採用においても同じことが言えると思います。
採用では、職歴や学歴よりカルチャーフィットを優先すべき
― 堀さんは採用ブランディングにおいてカルチャーフィットの重要性を説かれていますね。その理由をお聞かせいただけますか。
まず前提として、採用ブランディングではEVP(Employee Value Proposition)が大切だとよく言われます。EVPの項目は報酬、福利厚生、ワークライフバランスなどが挙げられ、入社を決める際の重要な要素です。
これまでの経験から、EVPのなかでもカルチャーフィットは最も大切な要素のひとつだと実感しています。仕事のストレスの多くは、人間関係から生まれるということを経験してきました。上司と相性が悪いことや同僚との軋轢、会社の雰囲気に馴染めないことはすべてカルチャーフィットの問題です。一方で業務量が多い、会社が遠いなどはそれ単体では大きなストレスになりにくい。カルチャーフィットがマイナスに働くと、組織もうまく機能しなくなることが多いです。
採用を行う企業も入社を検討している方も、企業文化や一緒に働く人たちの人柄や属性などを事前に確認しておくことが重要だと思います。
― カルチャーフィット重視の採用がうまく働いた事例はありますか。
あります。以前、私が欧州系企業に在籍していた際、業界未経験ながらもファッションやアートが好きで企業のカルチャーにとてもフィットしている人材を採用したことがありました。結果、その方は入社後に期待以上の活躍をされていました。
他にも、未経験で広報職に就き、とても活躍されている方を知っています。その方の前職は営業職でした。営業は自社の商品をお客様に売り込む仕事ですが、広報も自社の商品をメディアに売り込む仕事なので共通項があったことも功を奏したのでしょう。このように、未経験であってもカルチャーがフィットし、かつ前職の経験が活かせてうまくいった事例は過去に何回も見たことがありますね。
― カルチャーフィットがうまくいけば、社員のパフォーマンスが上がりそうですね。
企業にとってもメリットがあります。採用活動には膨大なコストがかかっており、米国のある調査によると社員ひとりを採用するコストは平均して約70万円、社員を育成するトレーニングには最低でも年間約16万円がかかると言われています。もし、すぐに退職されてしまったらそれらの投資がすべて無駄になってしまうわけです。
企業は、学歴や職歴だけを見てスピーディに採用してすぐに退職されてしまうという事態を避ける必要があります。カルチャーフィット重視の採用は、従業員のリテンションを事前に予測する手がかりとなるはずです。
― 採用ブランディングの成功事例を教えていただけますか。
個人的には、ファッション業界で採用ブランディングが優れているのはH&Mだと思っています。H&Mは採用ブランディングがトレンドになる前から、長年にわたり採用に関する強いメッセージを発していました。以前の採用動画では、人種、年齢、嗜好など多種多様な従業員が自社について語っています。
素晴らしいのは、2015年頃から現在に至るまで「Be yourself(あなたらしく)」というメッセージを一貫して発信している点です。ダイバーシティー&インクルージョンが人事のトレンドになる前から、「(H&Mには)あなたの場所があるし、そこには可能性がある」「あなたらしさを表現してください」「多様化された才能を発揮する場所がここにあります」と言い続けているのです。個人と同じで、法人も一貫性を保ち継続性があるかがブランドの信頼に関わってきます。
―「Be yourself」といえるのは、度量を感じます。
「会社のために自分をねじ曲げなくていいです」「あなたらしくそのまま入社してくれれば、それがこの会社の文化になります」とも言っているのですが、日本企業でここまで言い切っているケースはまだ少ないのではないでしょうか。
2023年のH&Mの採用動画では、ある従業員の女性がセルフィーで企業について語り、個人のSNSアカウントで発信しているようなスタイルです。最近の視聴者は企業によって設計された広告らしい広告を避ける傾向にあり、個人の口コミの信頼度が高まっているので、非常に現代的な採用ブランディングの手法とも言えます。
採用ブランディング成功のカギは、部署同士の有機的なつながり
― 人事担当者が採用ブランディングで意識すべきことは何でしょうか。
人事担当者の方々が“企業を代表するブランドマネージャーである”という意識を持たれることが必要だと思います。採用を、欠員を埋めるための作業として捉えるのではなく、“私たちが会社のブランドを発信し、自社のカルチャーにフィットした優良な採用候補者を連れてくる”という一連のストーリーを描けるようになると良いと思います。
― ブランディングを経験したことがない人事担当者が多そうです。そのような意識を持つのが難しい場合は、どのようにすれば良いでしょうか。
ブランディングに関わるすべての部門が連携することが大切です。前述したように、多くの企業は各々のブランディングを別々の部署が策定しているため、一貫性を保つのが非常に難しいです。部署同士が有機的な結びつきを持って同じブランドの素地をつくり、さらに人事部門以外の部署が、採用ブランディングは企業に大きな価値をもたらす重要な領域であるという認識を持つ必要があると思います。
ブランドの文化的な素地を作るには、各部署を横串で見られるような部署を設ける、もしくはNESTBOWLをはじめとしたコンサルタントに依頼するのが有効です。人間は自分自身を見ることができないように、法人も従業員だけで自社について客観的に把握をすることは難しいです。第三者の目を通してはじめて自社を正確に捕捉でき、正しいブランディングが行えると思います。
― では、最後に堀さんの今後の展望について教えていただけますか。
それぞれの企業に合った伴走型のブランディングを提供していきたいです。長い間ブランディングに携わってきて、画一的なフレームワークだけではすべてのケースに適用しにくいことも実感しました。いまは、事業規模や従業員数、業界・業種などによってブランディングの仕方が違うからです。
もちろん学問として研究されている分野なので参照すべき型は存在しますが、企業にとって最適なブランディングを深く突きつめるソリューションがこれからは求められると思います。細分化されたニーズに対して、ブランドを正しく言語化、可視化できる人間でありたいと考えています。テクノロジーが加速度的に進化する現代だからこそ「People based branding」をはじめとする人間が生み出す価値に再注目し、企業のブランド構築に対して価値提供をしていきたいです。
NESTBOWLでは、採用ブランディングに関するコンサルティングを行っております。ご興味ある企業様がいらっしゃいましたらこちらまでお問い合わせください。
文:吉田櫻子