人の五感に訴えかける「ソニック・ブランディング」。先駆者・Antonio F Lewis氏に訊いた、注目すべき理由と活用の可能性
いま海外で関心が高まっている「ソニック・ブランディング」。ソニック・ブランディングとは、音や音楽の力を利用して潜在意識に働きかけるブランディング手法のことだ。例えば、Netflixを起動した際に聞こえる「ダダーン」というあの音をご存じだろか。この「tadum」と呼ばれるサウンドは、その音を聴くとNetflixだとすぐにわかるものだ。海外ではこのように「音」を効果的に活用した取り組みが盛んとなっている。そこで今回は、ソニック・ブランディングの先駆者である多文化クリエイティブ・ディレクター・Antonio F Lewisさんにインタビュー。ソニック・ブランディングをブランディング手法の一部として活用する方法や、ファッション業界やラグジュアリー業界におけるソニック・ブランディングの可能性についてなどを伺った。
アントニオ・F・ルイス(Antonio F Lewis)さん/多文化クリエイティブ・ディレクター
マサチューセッツ州の西部生まれ。現在、南米コロンビアとアトランタの間で活動しており、革新的なビジュアルコミュニケーション、ブランディング、ウェブデザイン、印刷を専門とする受賞歴のあるアメリカのクリエイティブエージェンシー・Reduced Designのパートナー兼多文化クリエイティブディレクター。また、SXM Media(SiriusXM | Pandora | Stitcher | SoundCloud)のインハウスクリエイティブエージェンシー、Studio Resonateのクリエイティブディレクターも務めている。
いま注目を集めるソニック・ブランディング
ー ソニック・ブランディングについて教えて下さい。
ソニック・ブランディング(別名:オーディオブランディング)は、音を使ってブランドやそのイメージを想起させるブランディング手法です。オーディオブランディングは、ブランドの本質や価値を体現する独特の音響アイデンティティを創造することに焦点を当てています。この戦略は、オーディオロゴ、特別に作られた機能音、特徴的なブランド音楽、認識可能なブランドボイスなど、明確な音の要素をつくり出すことを含みます。これらの音響要素は、ブランドのアイデンティティを強化し、記憶に残る方法で差別化するために設計されています。
私は、音は感情を通じて響く新しいメディアのひとつだと考えています。まず、家や車の中にどれだけのコネクテッドデバイスがあるか、またはポッドキャストやストリーミングプレイリストがいかに音と相互作用しているかを考えてみてください。アレクサやSiriなどスマートデバイス上で機能するすべてがオーディオを通じて動作しています。
しかし長い間、オーディオは見過ごされがちでした。ブランディングやアイデンティティのクリエイティブな分野で働く人は、ブランドブックの重要性を理解していますが、ブランドの音がどのように聞こえるか、その背後にある戦略や方向性にはあまり注意が払われてこなかったのです。
― これまであまり注意が払われてこなかったのは、なぜでしょうか。
企業や人々がブランディングについて考える時、まず色、次にタイポグラフィを考えることが多いです。それはブランドの存在を視覚的な観点から考えるからです。しかし近年、オーディオ機能の技術進歩により、アメリカでオーディオに対する関心が大きく高まっており、視覚的、スクリーン環境の減少とオーディオメディアとの相互作用の増加が見られます。
音楽の差別化技術の進歩により、人々の潜在意識に働きかけることが容易になりました。また注目すべき点は、ビジュアルメディアよりもはるかに効果的であることです。ダイナミックオーディオキャンペーンや、購入に至る一連のストーリーを内包したシーケンシャルストーリーキャンペーンなど、オーディオを活用する方法があります。
“見た目がほぼ同じ”商品の差別化に効果的
― まずは、具体的なオーディオ広告をお聞きします。どのようなオーディオ広告が可能なのでしょうか。
例1:マクドナルドの看板を考えてみましょう。「この新しいチーズバーガーを味わいに来てください」と書かれています。これは静止画像に過ぎません。デジタル画像であれば、繰り返される画像や多少異なるものを提供するかもしれませんが、やはり比較的静的です。
しかし、オーディオ広告を使えば、ダイナミックなキャンペーンが可能です。ダイナミックキャンペーンは、時間、場所、天候と温度、交通状況、所得状況など特定の基準やトリガーに基づいて、最も適切な商品広告を適切な利用者に自動的に配信する方法です。例えば、外が非常に寒いとします。温度の変化があります。このようなシグナルが広告の音声を変更するトリガーとなり得ます。つまり、スターバックスが寒い朝にホットコーヒーを売るためのオーディオダイナミック広告を持っていた場合、この広告は午後に気温が上昇するにつれて冷たいコーヒーを売るように変更される可能性があります。
オーディオの活用は、ビジュアルを利用するよりもコストがかからず、ビジュアル広告の雑音を切り抜けることができます。
例2:チーズバーガーを考えてみてください。ほとんどのチーズバーガーは90%が同じ成分です。パン、チーズ、肉、レタス、トマト、ソース。ビジュアルメディアで広告スペースやブランド認知を獲得するために、ブランドは多額のお金を支払い、自社の声のシェアを増やさなければなりません。では、ブランドはビジュアルの騒音をどうやって切り抜けるのでしょうか?それは音で可能なのです。
私はこの実験をマクドナルドの顧客数人と行いました。実験では、参加者が自分たちのレストランのバーガーを識別できるかを見るために、12個のバーガーレストランのバーガーを用意しました。その中には、マクドナルドや他のチェーン店のバーガーが混ざっていました。結果は、多くの参加者が自分たちのチーズバーガーを正しく識別できませんでした。マクドナルドのバーガーを見た目だけで判断するのは難しいですよね?ほとんどのバーガーはほぼ同じに見えるからです。先述したように、構成要素はほぼ同じだからです。
視覚的な観点から述べると、これらを“ 同じものの海(Sea of sameness) ”と表現しています。しかし、マクドナルドの条件付けられた音(タラッタッター♪)が流れていたら、自動的にどのバーガーショップのことを話しているかをすぐに判別することができます。
五感さえも操るソニック・ブランディング
─ ソニック・ブランディングを使用した注目のキャンペーンについて教えてください。
最も受賞歴のあるクリエイティブ広告のひとつとしてSXMEssex Mediaで制作されたチーズ・イッツの「オーディオによる熟成」キャンペーンが挙げられます。このキャンペーンは、私の同僚でありオーディオの伝説であるスティーブ・ケラーと広告代理店レオ・バーネットによって実施されました。音と科学を活用しただけでなく、非常にクールな作品として話題にもなりました。
このキャンペーンでは、チーズをヒップホップで熟成させることが試みられました。チーズを熟成させる微生物がオーディオの周波数帯域に影響されることがわかったため、チーズをヒップホップで熟成させたのです。
6ヶ月の間、1日中チーズはヒップホップを聴く。その周波数によって、チーズを熟成させる微生物が変化し、チーズはよりマイルドでまろやかな味となりました。
このようなソニック・ブランディングの活用は、単なる音の使用を超えて、五感を操るレベルにまで到達していると言えます。音楽や音の力を活用し、視覚的な要素だけでなく、触覚や味覚、嗅覚などの他の感覚にも影響を与えることが可能なのです。これにより、ブランドや製品の体験がより豊かで包括的なものになります。ソニック・ブランディングは、単に耳に訴えるだけでなく、全感覚に訴える強力なブランディング手法としての可能性を秘めています。
ー さらに進化した音の使用例もあるとか。
「クロスモーダル知覚(五感の相互作用)」を活用したソニック・ブランディングも登場しています。
通常は音を味わうことはありませんが、これはシステムをハックするようなもので、「ソニック・ハッキング」とも呼ばれています。まさにソニックの味つけといったところでしょうか。
多くの人は、音で味を変えたり、温度を変えたりできることを知りません。
私が数週間前にコロンビアに行ったとき、音声を使って携帯電話を冷やすペプシの自動販売機を見ました。ペプシの自販機は、携帯電話を実際に冷却するソニック周波数を発します。これは、クールな音の最新使用例だと思います。
ブランド体験を生み出す、ソニック・ブランディング
ー 次に、ソニック・ブランディングの将来についてお聞きします。今後、ファッションやラグジュアリーブランドが、「ソニック・ブランディング」を活用する可能性はありますか。。
私はすでに多くのブランドには、オーディオがあると思っています。例えば、「ルイ・ヴィトン」や「ラルフ・ローレン」を考えてみてください。店舗に行けば、音楽が流れているかもしれない。ファッション・ウィークに行ってランウェイを見れば、彼らはオーディオの観点からブランドを理解しているのかも知れない。
ビジュアル広告でさえ、おそらく背景に音楽があるはずです。そして、ビジュアル要素をナレーションする特定の声もあるかもしれません。つまり、ビジュアルキャンペーンにはビジュアル要素とオーディオ要素が既にあるということです。
音楽を活用することで人々を贅沢な気分にさせたり、よりブランドの世界観と一体感を感じさせたりできるのです。
今後、5年~10年の間に、多くのブランドがオーディオの視点に焦点を当てるようになると思います。より多くの人々がストリーミングや音楽に時間を費やしていくでしょう。ラグジュアリーブランドが「ソニック・ブランディング」をより効果的に活用し始めると思います。
ー すでに各ブランドは、オーディオの観点からブランドを理解しているとお考えなんですね。
そうですね。ブランドの多くは、今後一貫したソニック・ボイスと一貫したソニック・サウンドの活用について、もっと考えなければならないと思います。
私の好きなブランドのひとつに、「無印良品」があります。ニューヨークの店に行くとクラシック音楽が流れているんです。でも、「H&M」や「ZARA」のようなファストファッションのお店に行くと、アップビートの音楽が流れていることが多い。それはなぜか。実は多くの人は買い物をする時、興奮すると言われています。お買い得品を見つけようとしたり、自分に合うサイズを見つけようとする。皆がいつも急いでいるからかも知れませんね。
だから、このバックでクラシック音楽が流れているという体験が、私にはとても印象的だった。購買意欲を高める手段としての音楽を利用しているわけではない。リラックスした気分にさせてくれている。「無印良品」がどのようにオーディオを考え、活用しているのか。他のブランドとはまったく違うものを提供していることを知ったのです。
このような出来事を、冬にはもっと暖かい服を買わせたい、ラグジュアリーブランドに落とし込んでみましょう。オーディオ体験で、寒さを感じさせることはできるのでしょうか。ファッションブランドがオーディオの活用をどのように考えるべきかということについては、本当に重要なことだと思います。
ー 第一歩として、ソニック・ブランディングを取り入れる方法を教えて下さい 。
まずは様々な事例を研究して、いつ、どのように使うべきかを知りましょう。そして理解することが大事です。ソニック・ブランディングの観点から重要なのは、トーンです。自分たちがどんな風に聞こえるか、自分たちのブランドがどんな風に聞こえるようにしたいかを考えることです。また同じボイスやトーンを使い続け、一貫性を持たせることも必要です。
例えば、「Nike」のようなブランド背景が強いブランドは、プレイリストを持っていたらおそらく、「Nike」のプレイリストがどのようなサウンドになるかは分かっているはず。それがブランドを物語っているのです。つまり、ブランドはオーディオについて考えるとき、そのブランドがどんなサウンドを出すのかを聞く前から知っておくべきなんです。
今後ソニック・ブランディングの手法は、ますます注目され、活用されていくと思います。ラグジュアリーブランドなどが、オーディオをとてもクールな方法で活用しているのを見たとき、私たちは数年後には「音」が人間に与える影響と、そのパワーを目の当たりにすることでしょう。