【寄稿】ブランド企業はもう製品やサービスだけでは候補者を獲得することはできない
執筆:土橋 直子さん/ランスタッド株式会社 人事本部 タレントアトラクション エンプロイヤーブランディングマネージャー
英国大学院卒業後、プラダジャパンの社長秘書としてキャリアをスタート。2012年からカリフォルニア州へ移住。日系IT企業の米国支社設立に携わる。帰国後、Googleで人材開発、リシュモンジャパンでDE&Iプログラムマネージャー、 社内広報の経験を経て現職。イギリス近世史に関する書籍の翻訳・出版、コラムの執筆経験を持つ。
ブランド企業が抱える採用の悩み
先日、NESTBOWLが主催するイベントで、日系・外資系ブランド企業の採用担当や人事担当の方々向けに「エンプロイヤーブランディング」について話をする機会を頂きました。(https://nestbowl.com/journal/13396)
セッションの後、参加者とのネットワーキングの時間があり、以前筆者が勤めていた某ヨーロッパ系ラグジュアリーブランド企業の採用担当者と話をすることができました。
その担当者の話によると、私の退社後、今では会社の体制は大きく見直され、以前とはガラッと変わり社員にとって働きやすい環境づくりが行われているとのこと。当時は「働きやすさ」という言葉はあまりなじみのないものであったため、そのような変化を知り、少し驚きました。
またイベント後のアンケートでは「応募者の減少」、「社員のリテンションに悩んでいる」、「他社との差別化が難しい」、また「応募数を増やし、内定率をあげることに課題がある」など、ブランド企業の採用担当者が実際に抱える悩みや課題がわかりました。
これまで、大手企業やブランド企業は製品やサービスのブランド力で人材を惹きつけることができていました。しかし、今日では有名ブランド企業であっても採用やリテンションに課題を感じているようです。
候補者は企業に何を求めるのか
なぜこのような状況が起きているのでしょうか。ランスタッドが行っている世界の働く意識調査ワークモニター2024によると、働き手はキャリアを選択する際に「ワークライフバランス」「柔軟性」「公正性」「スキル向上」が判断の基準として重要視されていることが示されています。
また日本においては、43%の求職者が「ワークライフバランスにネガティブな影響をもたらすと考える場合、その仕事のオファーを受けない」と回答しています。これはグローバルの57%と比べると低い数字ですが、「仕事が自分の幸せを侵害すると思ったらその仕事を辞める」という質問に対しては47%がそうすると答えており、グローバル(48%)とほとんど変わりません。日本でもワークライフバランスや幸せへの感度や優先順位が高くなっていることがわかります。
また、ここ数年は採用の現場でも面接時に候補者から「働きやすさ」や「多様性」についての質問が増え、自社がどのような取り組みをしているかを説明することが非常に重要であり、決定要素となっているといいます。つまり、求職者はスキルやキャリアだけでなく、自分の幸せを重視し、それを実現できる職場を求めているといえます。
社会的背景の影響
時代・社会的な変化として、大きく以下の4つが挙げられます。
・企業が求職者に選ばれる時代
このような状況には、さまざまな社会的背景が密接に関係しています。少子高齢化による労働人口の減少に伴い、採用は今や売り手市場となっています。これまでのように、企業が求職者を選ぶのではなく、企業が求職者に選ばれる時代です。求職者にとっては選択肢が増え、企業は選ばれる雇用者になる必要があります。
・柔軟な働き方
社会的な変化は、従業員や求職者の期待やニーズにも影響を与えます。例えば、近年ではコロナ禍を経て、人々の価値観や候補者が自身の働き方に対する考え方だけでなく、企業に対する期待や要求も変わりました。
パンデミックにより、多くの企業がリモートワークや柔軟な働き方を導入しました。これにより、働き方における従来の固定概念が崩れ、企業が従業員の安全と健康を重視し、柔軟な働き方を提供することが求められるようになりました。
対面でのイベントや対話が制限されたため、企業はデジタルコミュニケーションを強化したことで、リモートでも効率的に仕事を行えるようになりました。つまり、パンデミック以前よりも場所にとらわれず仕事をし、時間をコントロールしやすくなったのです。さらに、同レポートによるとフレキシビリティ(働く時間と場所)を求める傾向は若手ほど強くなっているといいます。
・透明性と公正性
パンデミックにより経済的な影響を受けた企業は従業員の雇用だけでなく、「このような経営的な課題に対してどのように対処するか」を、従業員に対して「透明性をもって伝えること」が求められるようになりました。企業への信頼や帰属意識に影響を及ぼすため、パンデミック以降、これまでにも増して企業の共感ある姿勢や行動のその重要性が認識されるようになっています。
さらにワークモニターレポートによると、多くの労働者は、自分の意見、価値観、世界観が反映され、職場における公平性を積極的に改善する雇用主を支持する傾向があることを示しています。求職者が自分らしく輝けるか、つまり企業が多様性を受け入れ、経歴や背景に関わらず、すべての人が同じように機会にアクセスできる状態であるかが重要な要素となっているのです。
・企業情報の発信・受け取り方の多様化
ITの進化も無視できません。IT化によってさまざまなことが「見える化」されてきている今日、求職者が企業を調べる際の情報源も多様化しています。従来、4マス(新聞・テレビ・雑誌・ラジオ)、企業のホームページ、採用サイト、求人票などが主な情報発信のチャンネルでしたが、現在はそれに加えてSNS、Youtube、 ブログ、比較サイト、レビューサイトなど多様なメディアを通して、より詳しい情報を伝えることができるようになりました。
また、企業が一方的に発信する情報だけでなく、第三者からのより信憑性の高い情報がインタラクティブに発信されるようになりました。これにより、求職者は入社前に企業の理念や制度、人材を知ることができ、商品やサービスのブランドだけにとらわれず、自分に合った会社を選ぶことができるようになりました。
欲しい人材を採用するために、企業はこれからどうすべきなのか
このような背景においては、これまで商品やサービスのブランド力で候補者を集めることができていたブランド企業は、従来と同じ方法での採用は難しいでしょう。自社の魅力を、ターゲット層に合わせて様々なコミュニケーション手段を活用して積極的に発信していく必要があるのです。
例えば、特定のターゲットを獲得したい場合、その人たちが企業に期待するポイントと自社のEVP (Employee Value Proposition:企業が従業員に提供する価値) を突き合わせ、合致するポイントを伝えていくことが有効です。発信についても、ターゲット層が情報をとるためにアクセスするプラットフォームを活用することが重要です。つまり、ターゲットの特性をきちんと理解する必要があるのです。例えば、積極的に社会貢献や多様性の取り組みをSNSなどを通じて発信することで、自社の価値観やミッションを伝え、共感し興味を持ってくれる候補者層を獲得することもできるでしょう。
また、より信憑性の高い情報を届けることも重要です。企業が一方的に発信する情報よりも、第三者がその企業に対して言っていることの方が候補者に届きやすい場合もあります。例えば、従来の採用方法に加えて、オフィスの写真や従業員のインタビューを掲載した社内ブログを公開することで、候補者は企業の文化や働き方について働き手の声を通してより具体的に知ることができ、自社の魅力を伝えることができます。
大事なのは、ターゲット層の感情に訴求することができる自社の魅力やメッセージをあらゆるタッチポイントを駆使し、一貫性をもって伝え続けていくことといえます。
次回の記事では、より具体的に「企業が自社の働き先としての魅力を伝えるために何ができるか」について触れます。