ラグジュアリーブランドのマネージャーが教える、グローバルキャリア成功のカギ Vol.9 ”素で濃く働く”のが、オーストラリア流 NEW
ラグジュアリーブランドの海外支社で働く――。そんな憧れを実際に叶えた、日本人男性・野﨑健太郎さん(ペンネーム)が綴るコラムです。日本人がグローバルで働く上で知っておきたいこと、海外のマーケット動向、キャリアアップしていくためのヒントとは……?これまでたくさんの挑戦と成功を重ねてきた野﨑さんだからこその視点や気づき、エピソードなどを交えながらお届けします!
※過去記事はこちら→Vol.1、Vol.2、Vol.3、Vol.4、Vol.5、Vol.6、Vol.7、Vol.8
日本の8月といえば、夏真っ盛り。海や山、BBQにキャンプ、花火大会に夏祭り……楽しい季節ですね。私はというと、今年はインドネシアのロンボク島とその周辺の島々を旅する予定です。学生時代、私は長期休みを利用してよくオーストラリアを旅していました。日本とは真逆の季節、明るくおおらかな国民性、そして広大な国土。日本人にとっては、ハワイと並んで最も身近に感じる「西洋的」な場所かもしれません。
時差がほとんどなく、地理的にもアジアに近いオーストラリアは、アジア文化に対してもオープンで、日本人にとっても仕事がしやすい国だと思います。一方で、実際に働いてみると、「あれ、思っていたのとちょっと違うな」と感じる場面も多いのが正直なところです。
私は長い間、「いつかオーストラリアで働きたい」という夢を抱いてきました。現実は思い描いた夢とは少し異なりましたが、その夢は叶い、現在はラグジュアリーブランドのリージョナルマネージャーとして、年間3〜5回、1回につき1週間ほどオーストラリアに滞在して仕事をしています。こうした経験から、現地のマーケットの様子や働き方、空気感などを少しでもお伝えできたらと思っています。これからオーストラリアへの転職やワーキングホリデーを考えている方にとって、何かヒントになれば嬉しいです。
仕事はレイドバック(楽ちん)スタイル!?お店は夕方6時閉店!
日本のラグジュアリーブランドの営業時間は、朝10時〜11時頃に開店し、20時〜21時頃に閉店するのが一般的です。シンガポールのマリーナベイ・サンズでは11時から23時まで、タイも比較的営業時間が長く、夜9時〜10時頃まで営業している店舗が多くあります。そうした環境に慣れると驚くかもしれませんが、オーストラリアでは、平日は夕方6時閉店、日曜日は夕方5時閉店というお店も少なくありません。
日本やシンガポールで長時間営業を経験している人にとっては、羨ましく感じるかもしれません。閉店時間が早ければ、家族と夕食をともにすることもできますし、友人と平日の夜に出かけることもできます。勤務シフトも早番・遅番の2パターン、あるいは全員が同じ時間帯で働くことも可能です。ただし、それが必ずしもラクというわけではありません。人件費が非常に高いオーストラリアでは、どの現場も最低限の人数でまわしているのが現実。その分、限られた時間内に求められる成果や効率はとても高くなります。タイとオーストラリアの店舗数・売上はほぼ同じですが、営業時間やスタッフの人数はオーストラリアの方が少ないです。当然ながら一人当たりの仕事量も濃いものになります。
オーストラリアに出張する際は、実は私も毎回、かなり気を引き締めて臨んでいます。のんびりしたイメージとは裏腹に、現地の仕事は濃度が高く、短時間集中型の「濃い働き方」が求められるからです。とはいえ、あまりにもシリアスすぎると、「まあまあ、ちょっとコーヒーでも飲んでひと息つこうよ」と声をかけられることも。リラックスしながらも、きっちり結果を出すという、ちょっと日本人には馴染みが薄いスタイルが求められます。
「外国人はオンとオフがはっきりしている」とよく言われます。確かにそうですが、日本のように「裏」と「表」のような2面性はありません。常に「表」の自分らしく、リラックスしながらも成果を出す、という一見矛盾するような働き方は、日本人にとっては慣れるのに時間がかかるかもしれません。ポジションにもよりますが、セールススタッフやオフィススタッフは、定時が来たらスッと帰ります。マネジメント層も多少残ることはありますが、できる限り早く帰ろうとしますし、「残業がある=マネジメントの失敗」という認識もあるように感じます。もし現場で残業が続けば、すぐにHR(人事)に報告されることもあるため、労働者の権利は非常に強く守られている印象です。
オーストラリアはアジア?
「オーストラリア人」と聞くと、白人で英語を話すイギリス系の人たちをイメージするかもしれません。実際、街を歩いていても白人系の人を多く見かけますが、それと同じくらいアジア系や中東系の人たちも目立ちます。中華系、マレーシア系、インド系、インドネシア系、ベトナム系、韓国系、レバノンやイラン系……。もっと細かく見ていけば、中華系の中でも本土系、香港系、マレーシア華人、またインド系でもタミル系やパンジャーブ系など多様です。
私自身も、仕事を通じて様々なバックグラウンドの同僚やお客様と接するうちに、解像度がどんどん上がってきました。例えばインドの方を見ると、「この方はベンガル系かな?それともアーリア系かな?」と感じるようになってきたほどです。
こうした多様性には、長い移民の歴史があります。中国人のオーストラリア入植は、実は日本の江戸時代、1850年代のゴールドラッシュ期に始まったといわれています。その後、白豪主義などの排他政策もありましたが、地理的にも文化的にもアジアと深く結びついてきたのがオーストラリアの特徴です。
例えば、過去には日本が、現在では中国が、オーストラリアの天然資源の主要な輸出先となっています。経済的にも、アジアとは切っても切れない関係にある国なのです。いまや中華系オーストラリア人の中には、人気芸能人や国会議員として活躍する人もおり、社会への浸透度は非常に高いです。私の働く会社でも、中華系のスタッフが数多く活躍しています。
また、20〜30代のベトナム系スタッフも多いです。彼らのご両親は1970年代の戦火を逃れて移住してきた難民第一世代。外見や名前はベトナム人ですが、生まれも育ちもオーストラリアなので、話すのは完全なオージー英語です。日本では「技能実習生」のようなイメージが強いかもしれませんが、オーストラリアのベトナム系の人たちは非常に聡明かつ勤勉で、ラグジュアリーブランドの現場でも頼れる人材として活躍しています。戦火や困難を経て移住し、この国で道を切り拓いてきた彼らのたくましさには、学ぶべきところがたくさんあるかもしれません。
最後に
アジア系移民の中で、おそらく一番少ないのが日本人です。日系のオーストラリア人に出会う機会は稀で、まだまだマイノリティだと感じます。オーストラリアでは日本の文化に対するリスペクトや好感度はとても高く、日本人の誠実さや丁寧さも広く知られています。一方で、「遠慮しすぎて意思が伝わらない」「英語を話すのが恥ずかしくて黙ってしまう」といった課題も見られます。
日系移民が少ないことは、決して悪いことではありません。でも、もし今後も日本経済が伸び悩み、「このままでいいのかな」と感じることがあれば、思いきって外に出てみるのもひとつの選択肢かもしれません。もしかすると将来「失われた30年世代」の2世、3世が、オーストラリアで活躍する日が来るかもしれません。
アジアに最も近い“西洋”であるオーストラリアは、チャレンジしたい人にとって、まだまだ可能性に満ちた国だと思います。
■著者プロフィール
野﨑健太郎
大学卒業後はモデルとして活動し、国内外のショーや広告などに出演。28歳のとき、大手量販店で販売のアルバイトを始める。その後、いくつかのラグジュアリーブランドでのストア、オフィス勤務を経て、2021年12月より某ブランドのシンガポール支社に勤務。趣味は高校時代から続けているサーフィン。
■ペンネームへ込めた想い
野﨑健太郎はペンネームで、尊敬する祖父の名前です。祖父は明治生まれで、西郷隆盛を思わせるような大きな体と味海苔をおでこに張り付けたような太い眉の持ち主でした。東京・五反田を拠点に京浜工業地帯で鉄を拾って歩き回り、町工場を営んでいた祖父。信条は「上天丼を食べたいなら、人の倍働け!」でした。残念ながら50代で亡くなり、直接会うことは叶いませんでしたが、この言葉は親戚を通じて私の耳に届き、私の心に深く刻まれています。祖父のハードワーク魂が自分に宿ることをこのペンネームに込めました。