コロナ禍の苦難を乗り越え、「シャンパーニュ・ボランジェ」のブランドアンバサダーへ。ラグジュアリービジネス20年の新保 知彦さんが語る仕事観
1829年の創業以来、世界中で愛され続けるシャンパーニュメゾン「ボランジェ」。フランスのシャンパーニュ地方・アイ村で育まれた最高品質のブドウを使用したシャンパーニュは、140年に渡ってイギリス王室御用達の栄誉を授かるほか、映画「007」シリーズの主人公、ジェームズ・ボンドが愛飲するボトルとしても広く知られている。新保知彦さんは、そんな歴史あるメゾンで働く唯一の日本人であり、「ボランジェ」日本担当公式アンバサダーだ。ラグジュアリーブランド業界から一転、ワイン業界へと身を置くに至った経緯やアンバサダーという仕事の魅力について伺った。
新保 知彦(しんぽ ともひこ)さん/「ボランジェ」ブランドアンバサダー
サンディエゴ州立大学でジャーナリズムを専攻後、スーパーマーケットを世界展開する小売企業に新卒入社。その後「ルイ・ヴィトン ジャパン」にて17年間、PRやマーケティング&コミュニケーション、ロジスティクス&サプライチェーンなどを担当。「フェラガモ」、「ショーメ」などのPRやVIP接客にも携わる。20年以上ラグジュアリービジネスに携わった知見を活かし、2021年よりフランスのシャンパーニュメゾン「ボランジェ」日本担当公式アンバサダーとして、メゾンの素晴らしさを伝える啓もう活動に邁進している。
予期せぬ2度のキャリアチェンジの末、「ボランジェ」へ入社
ー 「ボランジェ」日本担当公式アンバサダーに至るまで、どのようなキャリアを歩まれてきましたか。
学生時代から海外志向が強かったので、当時、海外事業を急拡大していた小売業界の大手企業にセールススタッフとして新卒入社しました。しかし、入社から2年半後にバブル経済崩壊の煽りを受けて会社が倒産。25歳で志半ばの退職を余儀なくされました。
途方に暮れていたある日、たまたま読んでいた新聞に「ルイ・ヴィトン ジャパン」セールススタッフの求人広告が掲載されていたので応募したところ、幸いにも採用いただけました。以来、17年間、ラグジュアリー業界の最大手にて様々な職種を経験させていただき、今のキャリアにつながる礎を築きました。
ー その後、「フェラガモ」や「ショーメ」でもお仕事されていたそうですね。
イタリアのファッションブランド「フェラガモ」ではイベント企画・運営の職務に4年ほど従事し、その後フランスの宝飾ブランド「ショーメ」にて、上顧客向けのイベントを企画・運営するチームに在籍しました。今後のキャリアプランとしてもラグジュアリービジネスに携わっていきたいという思いがありましたが、2020年のコロナ禍により、その状況は一変。
世界全域でさまざまな業態が苦境に立たされる中、自身も無職となりました。新たな活路を見出すべく、以降半年間に及び、業界問わずあらゆる企業へ300社ほど願書を送り続けましたが、良いご縁に恵まれることはありませんでした。
ー そのような中で「ボランジェ」からお声がかかったのですね。
はい。ただ、私はワインに造詣が深いわけではなかったので、「ボランジェ」6代目当主も含めたオンライン面接の際に、そのことを正直にお話ししました。すると、彼らは「これまでの経歴に惹かれたから、ぜひチームに加わって欲しい」と、2週間後にはチームへ迎え入れてくれたのです。
「ボランジェ」はファミリーメゾンということもあり、チームワークを重んじています。私自身、どんな時でもチームワークを大切にしてきたことをお伝えしていたので、その仕事のスタイルに感銘を受けて下さったようでした。当主をはじめ、メゾンで働く方達がとてもハートフルであったことも入社の決め手となりました。
ブランドアンバサダーは、商品を愛してこそ務まる
ー 「ボランジェ」日本担当公式アンバサダーの仕事内容について教えてください。
多くの方に「ボランジェ」というシャンパーニュメゾンを知っていただく機会をつくり、様々な方とコミュニケーションを図りつつ、メゾンにとってプラスになる存在で居続けること、アクションを起こし続けることが使命です。
昨年は、ホテルやレストランでのディナーイベント、ワインショップでのセミナーなど80件ほど携わらせていただきました。今年は現在のペースで行くと100件ほどのイベントに携わる予定です。
日本における「ボランジェ」のブランディングを理想的な形で行えているのは、国内正規輸入代理店の「WINE TO STYLE」をはじめ、本国のチームメイトの支えがあってこそ。日々の感謝を忘れずに「ボランジェ」の素晴らしさを広めていきたいです。
ー “ボランジェ愛”が強いからこそ、実現できたことも多かったのではないでしょうか。
おっしゃる通り、心底「ボランジェ」を好きになってしまったのです。今は「ボランジェ」のことしか考えられないほど没頭し、人生において最もアクティブな時間を過ごしています。それに訴求する側の人間が商品を愛していないと、相手に必ず伝わってしまいます。それはラグジュアリービジネスで学んだことですね。
“贅沢な時間”を経て、丁寧に育まれるシャンパーニュ
ー 改めて、「ボランジェ」の魅力について教えてください。
謙虚さ、そして寛容性というのが「ボランジェ」の魅力を伝える上で大切にしているキーワードです。ボトルデザインはきらびやかというよりは気取らず、質実剛健なスタイルを体現しています。メゾンの拠点は世界遺産としても知られるフランスのシャンパーニュ地方・アイ村。
保有する180haという広大な自社畑で育まれた最高級品種の黒ブドウピノ・ノワール主体のシャンパーニュ。収穫されたブドウを木樽発酵させた後、ノンヴィンテージで3年~5年、ヴィンテージともなると10~15年間、マグナムボトルでの瓶熟成を行います。
原産地呼称制度に基づき、シャンパーニュと名乗れるのは15ヶ月間以上の瓶熟成を行ったワインのみなのですが、「ボランジェ」は最低でもその2〜3倍の時間をかけています。私たちはその期間を“贅沢な時間”と呼び、我が子を育むようにワインづくりと向き合っています。
ー そんな丁寧なシャンパーニュづくりを長きにわたって続けている。そのことも人々を魅了するのでしょうね。
英国王室御用達の称号でもあるロイヤルワラントを1884年に与えられて以来、王室とは140年に渡って途切れることなく関係性が続いています。これはシャンパーニュメゾンとしては最古の例であり、唯一無二です。また映画「007」シリーズ25作品中、15作品において主人公のジェームズ・ボンドが「ボランジェ」を愛飲するシーンがあり、ファンの間でも広く知られています。
製造についてはクラフトマンシップを重んじているため、すべてインハウスで完結させています。効率や利益のためではなく、ファミリーである200名の職人・社員を守るための選択です。このような体制が受け継がれているのは、3代目にして唯一の女性当主、マダム・エリザベス・リリー・ボランジェの存在が大きく影響しているでしょう。
ー リリー氏の影響が大きい理由はなぜでしょうか。
彼女は夫であるジャックが20代での病死を機に、「ボランジェ」を継ぐことになりました。また、それだけでなく、第二次世界大戦下でのドイツ軍による猛攻にも耐え抜き、独学でシャンパーニュ作りに邁進したという逸話が残っています。そして1967年、今もなお多くの人に愛されるスーパープレステージシャンパーニュ「R.D.」を世に送り出したのです。
「ボランジェ」の礎を築いた功績、そして後世へと受け継がれるシャンパーニュづくりへの素晴らしい精神を讃えて、メゾンのアイコンとして敬われています。
ー リリー氏の精神が新保さんにも宿っていることが、お話ししていて伝わってきます。
ありがとうございます。彼女が残した名言に「私は嬉しい時と悲しい時にシャンパーニュを飲む」があります。意訳すると、“人生の岐路に立たされた時、あるいは人生を振り返る時、シャンパーニュを傍に置いて欲しい”という意味になります。英国スコットランド出身の彼女はウィットとユーモアを交えて、「シャンパーニュは祝事の時に飲むもの」という当時の常識に一石を投じたのです。
リリーさんの一節は各イベントで必ずお話をしていて、なかには人生を振り返るきっかけになったと涙ながらにお声をかけてくださる方もいました。以来、人に感動を与えられるブランドアンバサダーという仕事の重みをより感じられるようになりました。
ブドウ畑へのリスペクトも忘れない「ボランジェ」が描く未来
ー 昨年、B Corp(社会や環境に対する公益性が高い企業に与えられる認証)を取得した背景を教えてください。
2012年にはフランスが定める環境価値重視認定の取得、2014年にはシャンパーニュの持続可能なブドウ栽培の認証を、シャンパーニュメゾンとしては国内で初めて受けました。ただ、その評価におごらず、社員そして消費者の皆様から信頼を得続けたいという思いで昨年、総力を上げてB Corpを取得しました。
B Corpを取得しているシャンパーニュメゾンは私が知る限り、2社程度。この認証を受けることで「ボランジェ」がどれだけ公益性が高いか、1人でも多くの方に知っていただけたら嬉しいです。
ー 今後、「ボランジェ」を国内に広めていくうえで新たにチャレンジしていきたいことはありますか。
そこにシャンパーニュを愛してくださる方がいるのであれば、47都道府県で、規模の大小を問わずイベントを行いたいと考えています。
この仕事の醍醐味は、人にお会いしてシャンパーニュの良さを語り合えるということです。「ボランジェ」と共に楽しいひと時を過ごしたいという方の気持ちにお応えするだけでなく、それ以上の愛を持ってお返ししていきたいです。
文:芳賀たかし
撮影:船場拓真