躍進を続けるヘラルボニー。新ライン「HERALBONY ISAI」と共に、“国内外へ届けるブランド体験”とは
障害のある作家と作品を“異彩作家”、“異彩アート”として世に広めるビジネスを展開する株式会社ヘラルボニー。自社の取り組み以外に、多くの企業とコラボをし、様々なプロダクトやイベントを手がけている。特に今年は、国際アートアワード「HERALBONY Art Prize」の創設、新ライン「HERALBONY ISAI」の発表、「LVMH Innovation Award 2024」でカテゴリ賞を受賞するなど、快挙にいとまがない。同社のブランディングを担う井上貴彦さんに、新ライン「HERALBONY ISAI」ローンチの経緯、ヘラルボニーが掲げるビジョン、「LVMH Innovation Award 2024」受賞を機に目指したいことを伺った。
井上貴彦さん/株式会社ヘラルボニー ブランディングディレクター
大学卒業後、フリーのウェブディレクターとして活動したのち、2015年に経済誌「Forbes JAPAN」を発行するリンクタイズ株式会社に入社。デジタル事業立ち上げを経験し、コンテンツ開発、広告開発、企画制作に従事。その後、パブリッシャーのデジタル戦略のサポートに携わり、株式会社CCCメディアハウス発行「Pen Online」Directorを経て、2023年、株式会社ヘラルボニーに入社。
新しいアートの表現を求めて生まれた新ライン
― 今日、井上さんがお召しになっているのは「HERALBONY ISAI」のシャツですね。まずはこの新ラインをローンチされた経緯について教えてください。
ヘラルボニーでは、これまで障害のある方のアートを様々なプロダクトに落とし込んできましたが、「これまでとはまったく違う、新しいアートの表現はできないだろうか」と考えたことが始まりです。「ヘラルボニーの原点を見つめ、新しいクリエイションを生み出したい」、そんな想いがありました。
そこでヘラルボニー創業の原点である、岩手県花巻市「るんびにい美術館」へプロジェクトメンバー全員で赴き、原画や作家さんのパワーを再確認しながら、アートを表現するとは一体どういうことなのか、我々は何をしていきたいのかについて、全員で話し合い、突き詰めていきました。
― 「服をつくろう」ではなく、「新しいアートの表現を生み出したい」がスタートなんですね。
そうです。その結果、行き着いたのが「アートを運ぶ装置」というコンセプトです。「アートを持ち運んで人との会話を深めていきたい」、「アートの触れ合い方や楽しみ方は人それぞれだけど、その“楽しみの幅”を広げていきたい」という考えがベースにあります。そして、この発想を具現化したのが、シャツやバッグ。4つの額縁の中に自分の好きなアートピースをはめて身に着けるというものです。
― 「アートを運ぶ装置」とは、ユニークで斬新。よく、アートをプリントした服はありますが、それとはまた視点が異なりますね。
まさに。入れるアートピースの数や配置はお好み次第ですので、自分でアートを選ぶ楽しさ、キュレーションする喜びも気軽に体験してもらえると思います。ただ、我々はファッションブランドではなく、アートを軸としたブランドなので、ベースとなるシャツやバッグはあくまでスタンダードなものにし、いかにコンセプトをスマートに体現するか、アートを際立たせられるかを大切にしています。素材や縫製は高品質であることはもちろん、肌触りや環境配慮の面も徹底的にこだわりました。
― アートピースは、見る角度によって光沢に変化が生まれて美しいですね。つい見入ってしまいます。
紳士用品の老舗・田屋さんが細いシルク糸を使い、高密度・多色の織りで立体感と細密な紋様を表現して下さっています。一般的なネクタイの2倍以上の色と極細糸で構成されているそうです。原画の絵筆の微妙なタッチや色合いなども忠実に表現されていますね。
アートピースは、現時点では5種類ですが、今後はさらに増やしていく予定です。ヘラルボニーには、お見せしたいアート、広めたい異彩作家がまだほかにもたくさんいます。「HERALBONY ISAI」を通し、人がアートに触れる機会を広くつくり出せたらと考えています。
「障害のある方の賃金=安価」の概念を変えたい
― こだわりを聞くと、シャツ、バッグは10万円台、アートピース1枚1万6500円という価格設定にも納得がいきます。
素材や縫製にとことんこだわっていったらこの価格になったというのは事実としてそうなのですが、それとは別にもうひとつ、当社が目指すビジョンにも通じています。
当社は障害の概念を変えることを使命として掲げていますが、それに付随し、「障害のある方が作ったもの、賃金=安価」といった既成概念を変えていきたいんです。「HERALBONY ISAI」は、これを大きく推し進める上での意思表明、起爆剤でもあるかな、と。
― なるほど。ヘラルボニーのビジョンに通じてくるのですね。
障害に対する概念や常識を変えていくこと。これは言い換えると、“当たり前をアップデートする”になりますが、そのためには、何かしらの爆発的なもの、大きなインパクトが必要です。
“当たり前のアップデート”とは、社会や人々に大きな衝撃が走り、そこで初めて見えてくるものがあり、その存在や事実に気づき、やがてそれが当たり前になっていく、という過程をたどると思うので、その最初のインパクトを与えられれば、と。そういう意味では、今後「HERALBONY ISAI」でさまざまなことを実験していけると思っています。
“ヘラルボニーならではのブランド体験”を国内外へ
― 今年1月には、国際的アートアワード「HERALBONY Art Prize」を創設、そして6月には阪急うめだ本店で大規模催事を開催。大きなお取組みが続いていますね。
ありがたいことに、ここ数年はさきほど申し上げたような我々のビジョンや想いを理解し、共鳴してくださる企業さまとの取り組みが増えています。「一緒に何かしませんか」とお声がけいただくことが多く、その輪がどんどん広がっていくのを毎日実感しています。
― 「LVMH Innovation Award 2024」では、日本企業として初めてファイナリスト18社に選出。そしてフランス・パリで開催された授賞式にて部門賞を受賞するという快挙も成し遂げられました。
「Employee Experience, Diversity & Inclusion」カテゴリ賞を受賞しました。当社のビジネスモデルやこれまでの活動が評価されたことを大変光栄に思います。
― 今後はフランス・パリにも拠点をつくると聞きましたが、どういった活動を予定されているのでしょう。
パリ13区に位置する世界最大級のスタートアップ集積施設「StationF」を拠点に事業を展開していく予定です。この施設には、世界的な大企業であるメタ社やグーグル社、もちろんLVMHも入っていますので、そういったグローバル企業と有機的な交流や接触が生まれることにも期待したいですね。
LVMHの事業支援プログラム「La Maison des Startups LVMH」に参画し、個別のサポートを受けることが決まっているので、今後はLVMHグループの75のメゾンとのコラボレーション、さまざまなバックアップやアドバイスなどが受けられる予定だと聞いています。
― 素晴らしいですね。もしLVMHグループ傘下のブランドとコラボが実現すれば、一気にグローバル展開へと向かいますね。
まだ具体的には何も決まっておりませんが、アートという領域においては当社が提案できることもおおいにあるでしょうから、ぜひ挑戦したいですね。ただ、大事なのは“ヘラルボニーならではのブランド体験”をどう届けるかだと思っています。そこにしっかりと向き合いたいです。
― “ヘラルボニーならではのブランド体験”とは。
例えば、欲しいラグジュアリーブランドの商品を手に入れたときって、個人の中での満足感や高揚感がとても強いですよね。頑張って手に入れた喜び、自分の中でじわじわとくる幸福感です。
一方、ヘラルボニーの場合、そうした“個人の中で味わう幸福感”とは少し違うんです。言うなれば、“みんなに広めたくなる幸福感”。よく皆さんから「ヘラルボニーのアイテムをきっかけに、人といろいろな会話が生まれる」、「ヘラルボニーのアイテムを持っていたら、声をかけられて知らない人だったのに話が盛り上がった」と言っていただくんですよ。そういう意味で、同じ価値観や想いを持った人と人とが繋がるツール、ブランドになれれば、と。
― それは、御社だから生み出せる価値ですね。お話を聞いていると、人々や企業と共鳴し、世の中や社会から大きく味方されている印象を受けます。ダイバーシティ、インクルージョンを目指す時代性とのマッチもありそうですが。
当社は、双子の代表の気づきと熱量から始まって成長してきた会社ですが、確かにいまは大勢の人々、社会の想いとのリンクを感じますね。ただ、それは「障害」ということに対してだけではないのかもしれません。
自分と社会との隔たり、あるいは何か社会や世の中に対して納得がいかないことって、きっと少なからず誰もがあるのではないでしょうか。それを豊かに表現する、向き合う、仲間を見つけていく……それをヘラルボニーはやっていて、そこに人々が共感してくれているのではないかと思うんです。
― 深いですね。今後の御社の取り組みや展開もますます楽しみです。最後に、井上さんの今後の目標についてお聞かせください。
“当たり前をアップデートする”段階に、はやくたどり着けるように引き続き頑張りたいです。世の中を一気に変えるのは難しいですが、一人ひとりの“気づきや体験の量”を増やしていくことで、確実に変えていけると思っています。
取材・文/鈴木里映
撮影/船場拓真