1. HOME
  2. 最新ニュース&インタビュー
  3. ジョナサン・アンダーソンの仕事を徹底考察!マルチタスク時代、自分の多面性を活かすヒントを探る

JOURNAL

ジョナサン・アンダーソンの仕事を徹底考察!マルチタスク時代、自分の多面性を活かすヒントを探る

ジョナサン・アンダーソンの仕事を徹底考察!マルチタスク時代、自分の多面性を活かすヒントを探る NEW

ジョナサン・アンダーソンの仕事量は、もはや“異常”の域にある。

2025年6月、彼が「ディオール」のウィメンズラインのディレクターに就任することが明らかになった。これによってアンダーソンは、メンズ・ウィメンズ・オートクチュールという全ラインを統括する、同ブランド史上初の存在となる。

しかも彼は、「JW アンダーソン」「ロエベ」「ユニクロ」とのコラボラインといった複数のプロジェクトを並行して手がけており、年間のコレクション発表数は18本を超えると言われている。

マルチタスクが前提となった今の時代において、私たちはアンダーソンの働き方から何を学べるのか。これは服の話であると同時に、思考の整理術や役割の使い分け、そして「自分の中の多様性」とどう付き合うかという話でもある。仮説と検証を通じて、マルチタスクの本質に迫ってみたい。

仮説:彼の中には“共通する軸”があるのでは?

アンダーソンは、どのようにして創造を「捌いている」のか。複数のプロジェクトを同時進行しながら、それぞれに独自性を持たせつつ、「アンダーソンらしさ」が確かに残っている。その「整合性」と「多様性」のバランスをどう実現しているのか。

彼が手がける三つのブランドに、共通して現れる何かは思想かもしれないし、デザインの癖かもしれない。完全に切り替えているように見えて、実はどこかで繰り返し出てくる「視点」や「構造」があるのではないか。もしそれが見えてくれば、創造的マルチタスクを成立させるためのヒントが浮かび上がってくるはずだ。

アンダーソンの中には、おそらく「共通する何か」がある。まず、ある仮説を立ててみたい。

ここで、一般的に語られる「マルチタスクをこなす人に必要な条件」として、次のような原則があると思われる。

1. 中心軸となる思想や原理を持っていること
すべての判断やアウトプットに一貫性をもたらす「自分なりの基準」がある。

2. 複数の「自分」を持ち、役割ごとに切り替えられること
プロジェクトや組織の文脈に合わせて、自分のキャラクターや視点を柔軟に使い分けられる。

アンダーソンは、この2つの原則に当てはまるのだろうか。それとも彼は、こうした理論的な整理では捉えきれない、「思考の断片や感覚の分裂」を武器にしているのだろうか。

仮説が正しいかどうかを確かめるには、まず彼の仕事を観察するしかない。

次章では、アンダーソンが手がける三つの異なるブランド「JW アンダーソン」「ロエベ」「ユニクロ」を横断的に眺めながら、「繰り返されるもの」や「立ち上がってくる視点」に耳を澄ませていきたい。

観察:「JWアンダーソン」、「ロエベ」、「ユニクロ」を横断的に見る

アンダーソンが手がける三つのブランドのコレクションを観察する目的は、彼の中に「共通する軸」が存在するのかどうかを確かめることにある。それぞれのブランドで、初期と近年の代表的なコレクションを対比したい。時間軸で見る理由は、アンダーソンがどのように「一貫性」と「多面性」を同時に成立させてきたのかを探るためである。

これは、「繰り返し使われる構造」や「変わらずに残っている問いかけ」があるかどうかを見る作業であり、同時に、ブランドごとに彼が「どのような自分」を引き出してきたかという、「役割の切り替え方」についての観察でもある。

次のセクションから、それぞれのブランドについて、過去と現在のコレクションを比較しながら、「アンダーソンらしさの輪郭」を浮かび上がらせていきたい。


「JW アンダーソン」

対象シーズン:2013年秋冬/2025年春夏

まずは、アンダーソンのシグネチャーブランドから見ていこう。注目すべきは、やはり彼の名が世に知られるきっかけになった、ロンドン時代の2013年秋冬コレクションが挙げられる。

筋肉質な男性モデルたちが、ペプラム状の裾にアレンジされたショートパンツを穿いたり、ミニワンピースを着たりする姿は異質だった。ウィメンズの象徴的アイテムの下から垣間見える、逞しい男性の大腿部が、ファッション界におけるジェンダーレスの始まりを宣言した。このコレクションは、服装史のエポックメイキングだったと言える。

Photo:JW ANDERSON
Photo:JW ANDERSON

時代を進めて、本稿執筆時点で直近の2025年春夏コレクションを見てみたい。メンズコレクションは、かなり前衛的な造形を発表した。袖やリボンが誇張された形に作られ、デフォルメされた服を着ているかのようだ。「オモチャの服」「空想の服」と述べたほうが、より実態に近い。

一方、同じシーズンのウィメンズコレクションは、ノースリーブのワンピースやスカートなど、女性の服の基本アイテムを軸に発表していく。巨大なフレアシルエットのスカート、巨大な短冊状の身頃、巨大なリボンと、メンズと同様に「誇張」が主役だった。

Photo:JW ANDERSON
Photo:JW ANDERSON

こうした「誇張」や「ずらし」の感覚は、初期から12年が経った今も、一貫して現れているように思える。では、それは単なるデザインの癖なのか? それとも、彼が繰り返し立ち返る原点なのだろうか?


「ロエベ」

対象シーズン:2015年春夏/2025年春夏

「ロエベ」についても、JW アンダーソンと同じシーズンを対象に見ていきたい。

2015年春夏シーズンのメンズコレクションで頻出したアイテムは、ボーダー、ジーンズ、トレンチコート。登場する服のデザインはオーソドックス。JW アンダーソンのメンズラインで見せていた、女性の服のディテールも見られない。だが、男性モデルたちは、ペアルックのように服を着こなし、親密な関係性を想像させる描写が印象的だった。

同シーズンのウィメンズコレクションでは、細くて長いシルエットのドレスが多い。通常ならリュクスに感じられるシルエットだが、ロエベのそれは高級感と無縁。裁断したスエードを繋ぎ合わせただけのドレス、切りっぱなし、立体的に作り込まないトップスやドレスなど、プリミティブなデザインが顕著だった。

Photo:LOEWE
Photo:LOEWE

「JW アンダーソン」では歳月を経ても変化は最小に思えたが、「ロエベ」では異なる。2025年春夏シーズンのメンズコレクションは、初期のカジュアルから一転して、スーツを中心にしたダンディズムを披露し、かなり細く作ったシルエットが中心。ドレープが大胆に流れるトップス、タックを利かせたボリュームあるパンツも合わせて発表された。ポロシャツはシルエットが細く、シンプル。浮遊感のあるトップスは、布を体に纏わせたような表情だ。

ウィメンズコレクションはクラシック路線を継続しているが、クラシックの時代がさらに遡る。ボーンを利用した18世紀、19世紀的シルエットのドレスが多数登場し、生地は花柄を使用。そうかと思えば、ライダース型ミニドレス、グラフィックTシャツがロング丈になったワンピースなど、現代的なアイテムが同時発表され、異なる時代性がひとつのコレクションに同居していた。

Photo:LOEWE
Photo:LOEWE

「JWアンダーソン」に見られた「変わらなさ」に対し、「ロエベ」ではむしろ変化の中に「軸の強さ」が感じられる。それは、ブランドの文脈に合わせて引き出されるアンダーソンの別の顔なのだろうか?


「ユニクロ」

対象シーズン:2017年秋冬/2025年春夏

2017年秋冬、初の「UNIQLO and JW ANDERSON」コラボレーションは、英国らしいトラッド感に満ちていた。

メンズもウィメンズも、デザイン的にはロエベの2015年春夏メンズコレクションに近しい。ジーンズ、ダッフルコート、タータンチェック、マルチボーダー、伝統的な素材とアイテムをモチーフにしたコラボアイテムは、ロエベのコレクションをリアルに傾け、ユニクロバージョンに着地させた印象だ。

Photo:UNIQLO

2025年春夏コレクションも、根本は8年前と大きく変わらない。オックスフォードシャツ、ラガーポロシャツ、ジーンズ、デニムシャツといった伝統の服をプレッピーテイストに仕上げている。

トラディショナルな素材とアイテムがベース。だが、よく観察すると、8年前よりもシンプルだ。2017年は「ヴェトモン」が隆盛していた時代で、グラフィックなどの装飾がトレンドのひとつだった。現在のトレンドは、ミニマルに舵を切っている。顧客層が幅広い「ユニクロ」という舞台を意識し、アンダーソンはトレンドに対して敏感にアプローチした可能性がある。

Photo:UNIQLO

ハイブランドのようなコンセプチュアルな手法ではなく、「生活者の服」の中でアンダーソンらしさをどう残すか。その繊細なバランス感覚こそ、彼のマルチタスク能力の一端かもしれない。

検証:「アンダーソン的なるもの」は存在するのか?

三つのブランドにおける初期と近年のコレクションを比較して見えてきたのは、「すべてが違う」わけでも、「すべてが同じ」わけでもないという曖昧なグラデーションだった。

「JW アンダーソン」には、初期から一貫して「誇張」と「ずらし」の感覚がある。筋肉質なモデルに女性的な服を着せるという、ジェンダーの揺さぶり。あるいは、巨大なリボンやスカートといった常識のスケールを狂わせる構造。そこには、遊びとも違和感ともつかない、アンダーソン独特のユーモアが潜んでいる。

「ロエベ」では、一見クラシックに見えるフォルムの中に、時代のねじれや素材の違和感が仕込まれていた。特に近年は、歴史的なドレス構造と現代的なアイテムが同時に登場し、時間が交錯するような感覚がある。ここでもまた、アンダーソンは「ひとつの文脈に収まりきらないデザイン」を選び取っている。

「ユニクロ」では、制約の多い舞台で「癖」を抑えながらも、自身のスタイルを注入している。トラディショナルなアイテムを用いつつ、微妙にずらしたシルエットや配色、そして8年越しの「引き算」の効いたアレンジに、繰り返される美意識のようなものが感じられた。

こうして見ると、アンダーソンは「ひとつの思想を繰り返す」のではなく、「ある感覚の波長」を各ブランドに合わせてチューニングしているように見える。その波長とは、おそらく次の三つに要約できるだろう。

アンダーソン的なるもの:三つの共通項

スケールのずらし:服のサイズ感、ディテールの誇張や省略によって、日常のリアリティを撹乱する。

文脈の撹拌:歴史と現代、男性と女性、ラグジュアリーとマス。異なる価値観を同時に共存させる。

シリアスさの脱臼:服に宿る意味を真剣に問いながらも、そこにユーモアや遊びを差し込む姿勢。

これらは決して明文化された哲学ではない。むしろ、毎シーズンのデザインを通じて無意識に立ち上がってくる「癖」や「反復する問い」と言った方が近いかもしれない。

そして重要なのは、それらがブランドごとの「文脈」に応じて姿を変えているということだ。「JW アンダーソン」では大胆に、「ロエベ」では詩的に、「ユニクロ」では慎ましく。けれど、そこに共通する「波長」は、確かに存在する。

つまり、アンダーソンのマルチタスクは、完全なスイッチングではなく、「ひとつの波長」を複数の文脈に接続し直すプロセスとして理解できるのではないか。

この共通軸の存在と変化の仕方は、マルチタスクを実践する多くの人にとっても大きなヒントになる。すべてを変える必要はない。変えていい部分と、変えずに持ち込むべきもの。その境界線を、「どれだけ繊細に自覚できるか」が鍵なのだ。

結論:自分の“波長”を見極める

ジョナサン・アンダーソンの働き方は、単に多くの仕事をこなすことではなく、それぞれの文脈に合わせて、自分の「波長」を繋ぎ替えていく技術であることが見えてきた。

これは、マルチタスクを担う多くのビジネスパーソンにとっても示唆に富んでいる。

すべての仕事で「自分らしさ」を主張する必要はないし、かといって「すべてを完全に切り替える」必要もない。むしろ重要なのは、自分の中にある思考の癖、得意な視点、繰り返し立ち戻ってしまう問いのような「自分なりの波長」を把握しておくことだ。

そしてその波長を、役割やプロジェクトに応じて「どのくらい濃く出すか」「どう表現を変えるか」といった調整ができるようになると、結果として多面的な自分を活かすことができる。

つまり、マルチタスクとは「タスクを複数抱えること」ではない。「自分を複数の文脈に翻訳すること」だと言い換えられる。

アンダーソンの働き方は、その実践例のひとつだ。彼のように明確なビジョンを掲げるのではなくとも、「自分が何に反応しやすいのか」「どんな形でアウトプットするのが自然か」を観察しておくだけで、複数の役割を同時に進めることは可能になる。

自分の「波長」に気づくこと。

そして、それをどう翻訳するかを選べること。

けれど、ここで立ち止まってみたい。

「どうすれば、自分の波長を把握できるのか?」

この問いにも、アンダーソンは服を通して答えようとしている。それは「時間の縦軸と横軸を見つめること」だ。

アンダーソンのクリエイションには、10年近い歳月が経っても、「スケールのずらし」や「文脈の攪拌」といった特徴が確かに残っていた。縦軸で時間を眺めたとき、自分の中に「変わらず残っているもの」は何だろう?

また、同じ時期に複数の仕事を抱えている時、横軸に並ぶそれぞれのタスクのあいだで、自分の「軸」が何であるか、観察してみよう。

アンダーソンは、自身のブランドや「ロエベ」(これからは「ディオール」)と並行して、「ユニクロ」も手がけている。「ユニクロ」という舞台では、遊びやユーモアという自分らしさを控えめに調整しながらも、そっと差し込んでいた。

挑戦の度合いを調整する。波長の強さも調節する。それもまた、マルチタスクを捌く術だ。

稀代のクリエイターは、その技術を服という言語で語っている。アンダーソンの創造の捌き方は、私たちにとっても静かで確かなヒントに満ちている。

著者プロフィール:新井茂晃 /ファッションライター
2016年に「ファッションを読む」をコンセプトにした「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。自身のウェブサイトやSNSを中心にファッションテキスト、展示会やショーの取材レポートを発表。「STUDIO VOICE」、「TOKION」、「流行通信」、「装苑」、「QUI」、「FASHONSNAP」、「WWDJAPAN」、「SSENSE」などでも執筆する。

SNSでこの記事をシェアする

Brand Information

パルファン・クリスチャン・ディオール

パルファン・クリスチャン・ディオール

Parfums Christian Dior