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革小物の技術と106年の伝統を守り、新ブランドで皆がハッピーになれる物づくりを― 有限会社東屋 木戸麻貴氏

革小物の技術と106年の伝統を守り、新ブランドで皆がハッピーになれる物づくりを― 有限会社東屋 木戸麻貴氏

墨田区両国の革小物専門店が手がけるオリジナルブランド「まるあ柄」に込められた、昔から変わらぬ製法を守ってきた職人への思いと今後のビジネスに対する願い。幼い頃から革小物を作る現場を見て育ってきた6代目社長の木戸麻貴さんにお話を伺いました。

木戸 麻貴さん
東京都墨田区出身。大学卒業後、スポーツクラブでの接客業務を経てニュージーランドに留学。帰国後は外資系航空会社、コンサルティング会社に勤務。コンサルティング会社在籍中にノベルティ革製品を実家が受注したことを機に家業へ。2004年に「袋物博物館」を開館し、創業100周年の2014年には自社ブランドを立ち上げ、2016年、社長に就任。「日本の粋を感じながらみんなの心が丸くなる楽しいブランド」づくりを目指し、オリジナルの「まるあ柄」や葛飾北斎の浮世絵をあしらった商品を展開している。

―もともと木戸商店という名前で問屋をされていたそうですね。

私の曾祖父母が、福井県から出てきて墨田区両国で「木戸商店」を創業しました。史料は残っていませんが、当時は革小物を製造していて、近所の皆さんに「袋物卸」と書かれた店名入りの手ぬぐいを配っていたことは分かっています。この場所は料亭だったそうで、隣に150年くらい続いている墨問屋があり、周りには100年越えの老舗が多いです。江戸時代には、参勤交代で江戸に来た方が煙草入れなどをお土産にしていたらしいです。鏡や鏡入れ、お札を入れていた「紙入れ」なども好まれたようで、それらは隣の「袋物博物館」に展示しています。

―そういう経緯を経て、106年の間には大変なこともあったと思いますが、東屋がここまで続いた秘訣は何だと思いますか。

ひとえに、地道に堅実な経営をやってきたということだと思います。2代目だった私の祖父は戦争で亡くなったのですが、その後も祖母はこの仕事を辞める気にはならなかったそうです。祖母は去年96歳で亡くなって、後から分かったんですが戦争中に祖父から「袋物業界が続く限り商売を続けてくれ」という内容の遺言書が送られていたんです。祖母は祖父の遺言を胸に、2年しか一緒に暮らせなかった祖父の亡き後も商売を続けようと思ったんですね。祖母は、1人では仕事を続けられなかったので、うちの番頭さんと再婚しました。その方が3代目で祖母が4代目です。実は、3代目も継いで10年で亡くなった方ですが、すごくやり手の方で。墨田区は豚革が地場産業として栄えていて、戦後間もない1950年代は葉巻入れなどの製品をアメリカなどへ輸出していたようです。その後、祖母が28年、跡を継いだ父も同じく28年続けてきました。あるものは絶対に潰せない、守らなければならないという経営で堅実に進めてきたのだと思います。

―煙草入れなどの伝統的な物づくりをする職人は、当時たくさんいらっしゃったんですか。

戦後にうちの玄関で撮影したお正月の写真を見ると、大勢いたようです。雇っていたのではなく、職人ひとりひとりが親方だったり、親方が何人かでやられていたりするところとお付き合いしていたと思います。私も子どものころから新年会では交流があったのですが、厳しい方だけでなく、口下手でお酒を飲むとすごく面白くなる人とか、饒舌になる方とか(笑) 革小物づくりは緻密な作業で忍耐力も必要です。それをコツコツとやってくださる誠実な方が多い印象です。

―宮大工など古い技術を守っていく世界がありますが、革小物の世界でも技術や派閥のようなものはあるんですか。例えば、煙草入れ専門とか紙入れ専門とか。

今ですと、がま口のお財布が得意、ファスナー付けが得意、お札が入るファスナーを付けない「束入れ」という商品が得意、と分かれていますね。うちの職人は、「菊寄せ」といって革の縁を返して作る縁返し製法のなかでも、角にひだを付けて菊の紋様になるようにきれいに見せる方法を得意とする人が多いです。断面をカットした切り目の商品にコバ塗という美しい処理をされる方もいます。そういった棲み分けはありますね。

―現在いらっしゃる職人の方は何名くらいですか。

うちは6名ですが、高齢化もあって職人は年々減っています。私が自社ブランドを立ち上げたきっかけは、作る数は少なくても直販の売上から職人の方に少しでもお支払いを、という思いからでした。最近お付き合いが始まった職人の中には40代の方もいますが、その方以外は65歳を超えています。技術を継承できる後継者がいなくなって、流れ作業の分業で物を作られている工場も多くなりました。これから職人になりたい人を採用して、給料を支払って育てていくのはなかなか厳しく、技術を次の世代につないでいくことは大変ですね。

―事業継承の大変さを感じながら続けていらっしゃるわけですが、東屋の事業内容について、現在の卸先や販売先などを教えていただけますか。

日本のレディースブランドの革小物やレザー文具のブランドの手帳カバーを手伝っています。昔は会社がたくさんありましたが、紆余曲折して畳まれるところが多いのも現状です。売上の拡大が難しい中で経費削減をずっと考えてやっていても、製造業は利益を出しにくい業界です。資金を先に投入して回収するモデルですし、お付き合いの長い取引先とは昔からの慣習が続いていますので、販管費が高くなっても改定できないままということも。ですから、新規でノベルティのお仕事などをいただけるとありがたいですね。

―そのノベルティの話に関連しますが、木戸さんは違う業界からキャリアをスタートされていますね。

就職難で「女子大の学生は要らない」と言われる時代でした。もともと、シンクロナイズドスイミングをやっていてコーチの資格を持っていたので、スポーツクラブを受けました。インストラクターではなく事務の仕事で採用され、2年ほど計2店舗に勤めました。人を大事にする会社でしたし面白い仲間にも出会えましたが、ホテルなどのサービス業も経験したくて、英語を勉強しようと思っていたんです。それで辞めて、ニュージーランドに行きました。現地で3カ月のあいだ語学学校で学び、ホテルに入るための専門学校に通って1年間を過ごしました。当時はそんなに普及していなかったe-mailやWord、Excel、Accessの使い方やCV(履歴書)の書き方も習ったんですよ。帰国して、ホテルに勤めようと思っても求人がなくて、派遣でコンサルティング会社の仕事を始めたころ、ニューズウィークにアメリカの航空会社の求人広告を見つけました。履歴書を書いたものの、どうせ受からないだろうと思って送るのを迷っていたんですけど、父が「書いたんだったら送れ」というので送りました。実は、私のCVはWordで作って写真を貼ったもので、珍しい形式だったようです。面接のとき「これ何ですか」って(笑) 後で話を聞くと、航空業界の履歴書は必ず手書きで、写真もきちんと撮ったもので送るのだそうです。びっくりされましたが、合格してグラウンドスタッフの仕事に就くことができました。

―そこから何社か外資系を経て、ノベルティの作製につながるんですね。

航空会社の前に勤めていたコンサルティング会社から「合併するので戻ってほしい」と言われて、総務の仕事に就きました。その後、合併して社員1000名の会社になり、A4サイズの革で作ったファイルに一人ひとりの名前を入れて合同ミーティングで配る話が出たんです。「そういえば、木戸さんのところは家で作ってるよね」という話の流れから、1000個のノベルティ受注につながりました。私も総務として作製に携わりまして、最終的にひとりひとりに手渡すとき、皆さんが喜んでくださるのを目の当たりにして。そのとき「ノベルティってすごいんだな、革小物って人に喜んでいただけるんだな」と思いました。それで、会社に在籍しながら、隣に袋物博物館を開館してホームページを作り、ノベルティのサイトを立ち上げて、直接注文を受けられるようにしました。さらに10年くらいは、コンサルティング会社から独立した方の会社をお手伝いしながら実家の仕事との「二足の草鞋」状態を続け、2016年に実家を継ぎました。今年はコロナ禍で人が集まる機会が減って、ターニングポイントになったノベルティの受注も大変厳しい状況です。

―この厳しい状況を切り拓く可能性のひとつに、東屋のオリジナルブランドがあると思いますが、「まるあ柄」というかわいらしい柄と葛飾北斎の絵をプリントした革小物がありますね。2つのブランドコンセプトや経緯をお聞かせください。

コンセプトは、作り手、使い手、材料のご提供先、私も含めて皆がハッピーになる、笑顔になる物づくりをしたいという思いです。柄の「あ」という字は東屋の「あ」でもあり、ひらがなの始まりでもあります。ひらがなは日本にしかないので、日本を象徴することもできる。この字が入っていると必ず理由を聞かれますから、「会話が始まる革小物」にもなっています。図案のアイデアは、もともと100周年を迎える前に創業当時の手ぬぐいが見つかって、母が100周年で新しい手ぬぐいをどうしても作りたいといったことが始まりです。当時ご縁のあったデザイナーさんを中心にプロジェクトを組んで手ぬぐいが出来上がりました。その柄をモチーフにしてアレンジしたものが、今の「まるあ柄」の由来です。もうひとつの葛飾北斎ブランドは、墨田区で生まれた北斎の作品を革の内側にプリントしてから裁断し、柄を合わせて縫製する製品です。父がどうしても北斎をやりたいといって立ち上げました。北斎ブランドの工程は、職人が1人ですべて通して作らないと完成しないという証明にもなります。

―2つのブランドを筆頭に今後のビジネスを拡大されていく上で、6代目として木戸さんのミッションや5年後、10年後を見据えたアイデアを聞かせてください。

革小物を作り続け、技術をもっと高めることはもちろんですが、新事業として3階に時間貸しのレンタルスペースを用意しました。ワンフロア貸切でゴルフのシミュレーションも体験でき、いろんな方に来ていただけるような運用を考えています。ほかにも、創業100年を越える会社とコラボして「まるあ柄」の屋形船が実現しました。また近々、クラウドファンディングを活用して、受注生産型の「まるあ柄」のモバイルケースを販売展開したいと考えています。

―ありがとうございました。

事業継承の厳しさを感じながらも、子どものころから見てきた職人の技と革小物の伝統を愛し、新しいビジネスへの挑戦を続ける木戸さん。その揺るぎない思いが「あ」の字をあしらった「まるあ柄」に込められ、さまざまな立場の人と人を縁で結んでいくのでしょう。

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東屋

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毎日手にするとても身近な存在である革小物。だからこそ、お使いいただく皆様に『使っていて楽しい!』と思っていただける製品づくりを心掛けております。 一方で、日本の革小物づくりは、職人さんの高齢化や後継者不足に直面し、その技術の継承が大きな課題となっています。 革小物を『使う楽しさ、つくる楽しさ』を日本の皆様、世界の皆様に伝えたい、その思いのこもった革小物をお届けしたいと思っております。 どうぞよろしくお願いいたします。