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見方を変える──イムラン・アーメドが描いた、ファッションの新しい全体図

見方を変える──イムラン・アーメドが描いた、ファッションの新しい全体図 NEW

ファッションは長い間、「感性の世界」として語られてきた。美しいか、新しいか、時代に合っているか。そこでは、理由よりも印象が優先され、判断の根拠は曖昧なまま共有されてきた。

しかし、本当にそうだろうか。ブランドが伸びるのにも、失速するのにも理由がある。デザイナーが交代するのにも、流行が切り替わるのにも背景がある。ただ、それを説明する言葉が、これまで十分に与えられてこなかっただけではないか。

その空白に、まったく別の角度から光を当てたのが、イムラン・アーメドだった。彼が立ち上げたビジネス・オブ・ファッション(以下、BoF) は、ファッションを「雰囲気」ではなく「理由」で語ろうとしたメディアだった。

従来の業界メディア、たとえばWWDが担ってきたのは、事実を正確に、素早く伝えることだった。一方アーメドは、その裏側に足を踏み入れた。「なぜ、それが起きたのか」「この動きは、どこへ向かうのか」。彼が変えたのは情報の量ではなく、世界を見る角度だった。

アーメドとBoFの歩みを追いながら、見方を変えることが、いかに新しい価値を生み出すかを読み解いていきたい。それはファッションに限らず、あらゆるビジネスに通じる思考の話になるのではないか。


原点:専門外の視点が、常識を切り分ける

アーメドはファッションの教育を受けた人物ではない。デザイナーでも、編集者でもなく、キャリアの出発点はビジネスの世界にあった。カナダで育ち、マギル大学で商学士号を、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得し、卒業後は戦略コンサルティング会社であるマッキンゼーに入社した。そこで彼が身につけたのは、創造性ではなく、物事を分解して考えるための思考の型だった。

しかし、ファッションへの道は平坦ではなかった。アーメドはBoFを立ち上げる前、ロンドンで若手デザイナーを支援する会社を設立している。だが、その試みは8ヶ月で頓挫し、結果的に事業としては失敗に終わった。彼は2024年、ファッションメディア「Vogue」フィリピン版のインタビューで「大きな失敗だった」と率直に認めている。

ただし同時に、それを否定的な出来事としてだけ捉えてはいない。その一年は、彼にとってファッションを実地で学ぶ時間でもあった。多くの人と出会い、業界の内側に触れ、そこで得た気づきを書き留め始めたという。

この経験は、結果としてBoFへとつながっていく。事業としては失敗だったが、ファッションを「理解するための入口」としては、決定的な時間だった。

アーメドが2007年に立ち上げたBoFは、ファッションを構造と論理で伝えることを目指した。彼が伝えようとしたのは、流行の評価ではなく、判断の背景。デザイナー個人の才能ではなく、ブランドを取り巻く条件。BoFでは、コレクションレビューよりも、企業や市場の動きに焦点が当てられた。現在のBoFの編集方針を見る限り、彼がマッキンゼーで学んだ思考の型は、今も基盤として生きている。

画像:The Businees of Fasihon公式サイト

業界の中に長くいると、前提は問い直されにくくなる。何を語り、何を語らないかが、暗黙の了解として固定される。アーメドはその外側に立ち、ファッションを「説明されうる産業」として扱った。

新しい視点は、必ずしも新しい知識から生まれるわけではない。多くの場合、それはどこから見るかによって生まれる。アーメドの起点は、常識の外側に立っていたことだった。その「立ち位置の違い」こそが、後にBoFが既存のファッションメディアと決定的に異なる道を選ぶ理由になっていく。


創立:華やかさではなく「しくみ」を見るメディアへ

では、従来のファッションビジネスメディアは、何を語り、何を語ってこなかったのか。

この問いに向き合うことで、BoFが選んだ道の輪郭はよりはっきりする。

長らくファッション業界の情報インフラを担ってきたのが、WWDに代表される業界メディアである。コレクション情報、ブランドの動向、企業ニュース、決算、人事。それらを正確かつ迅速に伝えることは、業界にとって不可欠な役割だった。

重要なのは、ここに優劣はないという点だ。WWDが想定していた読者は、小売やブランド担当者、PR、バイヤーといった業界内部の実務者だったと言えよう。必要なのは、分析よりもまず事実であり、解釈よりも速報性だった。その設計思想は、メディアとしてきわめて合理的である。

一方で、この構造には明確な前提があった。それは、「なぜ起きたのか」よりも「何が起きたのか」を優先するという姿勢だ。

デザイナーの交代やブランドの成長は報じられるが、その背景にある経営判断や市場環境が十分に説明されることは多くなかった。

ここに、アーメドが見た「空白」があった。

BoFのコンテンツで用いられた言葉は、従来のファッションメディアとは向いている方向が違っていた。それは業界内部の共有言語ではなく、ビジネスや意思決定の現場で通用する言葉だった。

画像:The Businees of Fasihon公式サイト

想定する読者が変われば、語る内容も変わる。彼らに必要なのは、流行の評価ではなく、判断の材料だった。BoFが重視したのは、「何が起きたか」ではなく、「なぜそうなったのか」である。

たとえばデザイナー交代という同じ出来事でも、それまでのメディアが事実を整理するなら、BoFはその意味を問う。それはクリエイティブの問題なのか、経営の問題なのか。市場環境の変化なのか、ブランド戦略の転換なのか。この違いは、文体やトーンの差ではない。語りの順序の違いである。

従来のファッション報道が、「事実 → 評価」の順で語られてきたとすれば、BoFは

「事実 → 背景 → 構造」という順序を採用した。その結果、ファッションは「感じるもの」から「理解できるもの」へと、少しずつ位置づけを変えていく。

もうひとつ重要なのは、BoFが主役を固定しなかった点だ。従来の報道では、光は常にデザイナーやブランドに当てられてきた。それはファッションという表現の性質を考えれば、自然なことでもある。

しかしBoFは、主役の背後へと視線を移した。採用、組織、資金調達、サプライチェーン、テクノロジー、消費者行動。ファッションを成立させている無数の要素を、等価な情報として扱った。この視点の転換によって、ファッションは「才能の物語」から「産業としての物語」へと読み替えられていく。

BoFが行ったのは、新しい情報を増やすことではない。すでに存在していた事実を、別の角度から配置し直すことだった。その設計思想は、次の段階でより明確な形を取る。デザイナーやCEOだけでなく、これまで可視化されてこなかった無数の担い手を、一枚の地図に並べる試み──BoF500である。


転換:BoF500──周縁から世界を描く新しい地図

BoFの思想が、最も明確な形で可視化されたのが、2013年から始まった BoF500 である。

毎年発表されるBoF500は、しばしば「影響力のある500人を選ぶリスト」として紹介される。だが、その本質は単なるランキングではない。実際、BoF500は序列を競わせる仕組みではなく、むしろ配置のための装置として設計されていた。

ここで問われていたのは、「誰が一番か」ではない。「この産業は、どんな人々によって成り立っているのか」という問いだった。

従来のファッションメディアにおいて、可視化される人物は限られていた。デザイナー、モデル、フォトグラファー、ブランドのトップ。ファッションを象徴する顔が、繰り返し光を浴びる構造である。

BoF500は、その前提を反転させた。

画像:The Businees of Fasihon公式サイト

選ばれたのは、デザイナーやCEOだけではない。教育、テクノロジー、流通、メディアといった、ファッションの価値が生まれる周辺領域からも、産業の流れに影響を与える人々が同じ平面上に配置された。

重要なのは、ここで「周縁」が特別扱いされたわけではない点だ。BoF500が行ったのは、主役と脇役を入れ替えることではない。そもそも主役という概念を相対化することだった。

このリストには、中心も頂点も存在しない。あるのは、無数の点と、それらがつながって形成される全体像だけである。

この設計は、BoFが創立から示してきた編集思想と完全に一致している。ファッションを、才能の集合ではなく、構造として理解する。個人の輝きではなく、関係性の網として捉える。

BoF500は、ファッション産業を一枚の地図として提示した。しかもその地図は、完成形ではない。毎年更新され、入れ替わり、書き換えられていく。つまり、産業が動き続けるものであること自体が、構造として組み込まれている。

ここに、BoFの決定的な視点がある。

ファッションは固定されたヒエラルキーではなく、常に再編されるエコシステムだという認識だ。

この見方に立てば、これまで「周辺」とされてきた存在が、別の角度からは中核に見えることもある。流通の変化がデザインを左右し、テクノロジーが表現の条件を変え、社会的要請がブランドの評価軸を書き換える。BoF500は、それらを一つの画面上に同時に映し出した。

BoFが行ったのは、新しい人物を発見することではない。すでに存在していた無数の担い手を、見える位置に置き直すことだった。

「原点」で触れた「言葉の向き」は、ここで「地図」という形式に変換される。語りの順序を変えることは、世界の見え方を変える。配置を変えることは、価値の感じ方を変える。

BoF500は、そのことを最も雄弁に示したプロジェクトだった。


見方を変えれば、これまで見えなかった価値が見える

アーメドがBoFを通して示したのは、新しい情報の価値ではない。それは、見方を変えることそのものが価値になるという事実だった。何が起きたかではなく、なぜ起きたかを見る。主役ではなく、その背後にある条件と構造を見る。

BoF500は、その思想が最も明確に形になったプロジェクトである。誰が最も影響力を持つかを競うのではなく、産業がどのような人々の連なりによって動いているのかを示す。それは評価のためのリストではなく、理解のための地図だった。

この地図を前にすると、ファッションは特別な世界ではなくなる。他の産業と同じように、意思決定があり、構造があり、流れがある。だからこそ、ファッションは感性だけでなく、論理でも語れる。

アーメドが行ったのは、業界を変えることではない。業界の見え方を変えたのだ。だが、その視点の転換は、結果として多くの判断や行動に影響を与えてきた。真逆の方向から見る。周縁から全体を捉える。当たり前だと思われてきた前提を、一度疑ってみる。

視点をずらすことは、創造的な行為であると同時に、戦略的な行為でもある。イムラン・アーメドとBoFの歩みは、そのことを、ファッションという産業を通して示している。

著者プロフィール:新井茂晃 /ファッションライター
2016年に「ファッションを読む」をコンセプトにした「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。自身のウェブサイトやSNSを中心にファッションテキスト、展示会やショーの取材レポートを発表。「STUDIO VOICE」、「TOKION」、「流行通信」、「装苑」、「QUI」、「FASHONSNAP」、「WWDJAPAN」、「SSENSE」などでも執筆する。

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