フィレンツェ在住24年の大崎貴弘さんが語る「ピッティ・ウオモ」の魅力とメンズファッションの新潮流 NEW

イタリア・フィレンツェで年2回開催される、世界最大級のメンズファッション見本市「ピッティ・イマージネ・ウオモ(Pitti Immagine Uomo)」(以下、ピッティ・ウオモ)。2026年1月、第109回を迎えたこのイベントは、単なる商談の場を超え、世界中のファッション関係者や愛好家が集う祭典となっている。フィレンツェに24年間在住し、名門テーラー「Liverano & Liverano(リベラーノ&リベラーノ)」でショップマネージャーを務める大崎貴弘さんに、現地の熱気や最新トレンド、作り手の眼から見た「服づくりのヒント」について話を伺った。
大崎 貴弘さん/Liverano & Liverano ショップマネージャー
1979年生まれ、埼玉県出身。実家が婦人靴メーカーを営み、高校卒業後は、靴の伝統校エスペランサ靴学院へ進学し、メンズシューズの工場に勤務。その後、語学留学でイタリアへ。高校時代の友人がイタリアへスーツの仕立てに来た折、通訳としてLiverano & Liverano(リヴェラーノ & リヴェラーノ)を訪れた。この出合いが縁となり、Liverano & Liveranoへ就職。現在はイタリアと日本を往来するショップマネージャーとして活躍している。
世界中の紳士が集う「ピッティ・ウオモ」
─ まず、「ピッティ・ウオモ」について教えてください。ファッション業界では知られた存在ですが、日本にいると少し距離のあるイベントかもしれません。
ピッティ・ウオモは、イタリア・フィレンツェの「Fortezza da Basso(バッソ要塞)」で、毎年1月と6月の2回開催される世界最大級のメンズファッション見本市です。各国からバイヤー、プレス、デザイナーが商談のために訪れ、各ブランドが最新コレクションを発表します。
SNSなどでは「おしゃれなスナップが見られるイベント」として知られていますが、それはピッティ・ウオモの一面にすぎません。本質は業界のプロフェッショナルのためのトレードショーで、次のシーズンの買い付けやトレンドの発信が行われます。
─ 開催地のフィレンツェの街は、どのような雰囲気になるのでしょうか。
街全体が世界各国から集まったファッショニスタで溢れかえります。ファッションを愛する人々が国境を越えて集いますので、普段とは異なる特別な空気が流れ、まさにお祭りのような高揚感に包まれます。

─ 実際に足を運ぶと、たくさんの魅力が感じられると思います。
はい。中でも、私がピッティ・ウオモの価値を感じているのは、人と人とのリアルな交流です。今はオンラインを通じて、世界中の人と容易につながれる時代です。それでもピッティ・ウオモでは、実際に会い、言葉を交わす時間が特別な意味を持っています。
直接、顔を合わせて「お元気ですか」「最近調子はいかがですか」と近況を報告し合います。そうした人間臭いコミュニケーションこそが、このイベントの醍醐味ではないでしょうか。特に1月開催のピッティ・ウオモは世界中から訪れる友人たちと新年の挨拶を交わす場になります。
また、会場の外ではスナップ撮影が行われ、参加者同士で互いのスタイルを称え合います。デジタル化が進む現代だからこそ、肌で感じる熱気や再会の喜びが、私たち作り手にとっても大きな刺激になるのです。
「クラシックへの回帰」と現代的な着こなし
─ 今回のピッティ・ウオモを通じて感じた、メンズファッションの潮流について教えてください。
全体を通して、「クラシックへの回帰」を見て取りました。ここ数年はオーバーサイズやストリート色の強い傾向がありましたが、今は再びクラシックなスタイルに戻りつつある印象です。
─ 具体的にはどのようなスタイルでしょうか。
適度なゆとりを持たせた現代的なサイズ感でありながら、タイドアップやジャケット、セットアップをきれいに着こなす人が増えています。
50年代の正統派クラシックから、70~80年代の要素を取り入れたスタイルなど、各ブランドが独自の解釈でクラシックを表現していました。懐古主義ではなく、今の空気感を纏った新しいクラシック。それが、これからの大きな流れになっていく予感がします。
素材と技術の融合から得られるインスピレーション
─ 作り手の視点から、ピッティ・ウオモに参加する意義をどう感じていますか。
企画のヒントを得る場として、欠かせない存在です。他ブランドの素材使いや提案を見て、自分たちのブランドならどう昇華できるか。会場を回ることで新たな着想が湧いてくることも少なくありません。
─ 今回はどのようなヒントを得ましたか。
例えば、ストリートブランドがナイロンなどのハイテク素材をオーバーシャツに使っているのを見て、それをあえて天然素材のウールで表現してみようという発想です。
スナップボタンではなく、職人が手縫いのボタンホールで仕立てる。そうすることで、現代的なアイテムをクラシックな技術で再構築できるのではないか。技術と素材をどう融合させるかという視点で、多くの刺激を受けました。
装いに表れる、美意識と背景
─ 近年、ファッション業界で、日本が注目される場面も増えています。会場で見えた、日本人の存在感について伺いたいと思います。
円安などの影響もあり、日本人来場者の数自体は以前より減っています。一方で、バイヤーやスタイリストの方々の質は変わらずに高く、世界中からも「日本人はおしゃれだ」と一目置かれています。
また、今回は日本の紳士たちが中心となり行った、スーツ姿で会場から市街地までを練り歩く催しが話題になりました。当初は100人程度の参加と聞いていたのですが、蓋を開けてみると180人も集結したのです。催しには海外の方も加わり、フィレンツェの街を長い列を作って練り歩く光景は圧巻でした。現地の新聞に取り上げられるほどです。
─ なぜ日本人のファッションは高く評価されているのですか。
日本人に限ったことではありませんが、洗練された装いとは、自分自身の体型や個性を理解し、TPOに合わせて装うことだと考えています。流行を取り入れることも大切です。しかし、それ以上に自分自身のことをよく知り、自分に合ったスタイルを持つことが何より重要だと感じています。
─ 大崎さんはフィレンツェに24年間も住んでいます。フィレンツェに住むことが、服づくりにどのような影響を与えているとお考えでしょうか。
この街には、ルネッサンス時代の建築や彫刻が日常に溶け込んでいます。何百年経っても美しいものに囲まれて暮らすことで、「変わらない美しさ」への敬意が自然と育まれるのです。
一過性の流行ではなく、10年後、20年後にも変わらず美しいと感じられるものを作りたい。その美意識は、このフィレンツェという土壌だからこそ醸成されたものだと感じています。
Liverano & Liveranoに受け継がれるスーツ仕立ての哲学
─ 改めて、大崎さんがショップマネージャーを務めるLiverano & Liveranoについて教えてください。
Liverano & Liverano は1948年に創業した、フィレンツェを代表するスーツの仕立て屋、サルトリアです。現在も店頭に立つ創業者アントニオ・リヴェラーノは、現存する最も偉大なサルトの一人と称されています。
私たちが大切にしているのは、スーツを着る人の個性や人生に寄り添う存在として仕立てること。そのために欠かせないのが、お客様との対話です。お客様とのやり取りを重ねながら生まれる一着は、布を体に沿わせるような柔らかさと、自然なエレガンスを備えています。それが、Liverano & Liveranoが長年受け継いできた哲学です。
フィレンツェは、美術館や街並みなど見どころの多い街でもあります。ピッティ・ウオモが開催される期間中に限らず、この街では、日常の中で「美」を感じ取ることができるでしょう。フィレンツェ流の美意識が凝縮されたこの場所で、世界中のお客様をお迎えできることに、サルトリアに身を置く立場として大きな喜びを感じています。

― Liverano & Liveranoにファンが多いのも頷けますね。
そう言っていただけると大変ありがたいです。街の空気を感じにいらした際は、ゼロから生地を立体にしていく過程が見られるLiverano & Liveranoの工房にも、ぜひお立ち寄りください。いつでもお待ちしています。
文:中谷藤士