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お客様も社員も輝くためにできることとは? 「人とのつながり」や「キャリアを諦めない」から始まる新たな第一歩|ファンスクウェア株式会社/代表取締役社長 藤森暁子氏インタビュー

お客様も社員も輝くためにできることとは? 「人とのつながり」や「キャリアを諦めない」から始まる新たな第一歩|ファンスクウェア株式会社/代表取締役社長 藤森暁子氏インタビュー

VIO脱毛に特化したエステサロン「Pulito」の運営を軸に、自社開発化粧品の製造・販売、WEBメディア運営事業を行うファンスクウェア株式会社。代表取締役を務める藤森さんは、女性が働きやすい環境づくりを積極的に行い、女性が輝き続けられる社会の実現に力を入れている。具体的な取り組みやその背景、仕事と家庭の両立などについて話を伺った。

藤森 暁子さん/ファンスクウェア株式会社 代表取締役社長
22歳で脱毛サロンに入職し、エステティシャンとしてのキャリアをスタート。社内でさまざまな仕事を経験したのち、退職。育休明けにファンスクウェアに入社。2017年より同社代表取締役社長に就任。2020年3月美容業界を牽引する成長企業34社を受賞。

きっかけは友人からの誘い

―藤森さんがエステの世界に入られたのは、何がきっかけだったのでしょう。

高校卒業後、お金をためて自立しようと思い、いろいろなアルバイトをしていたんです。そんななか、ある日友人から「新しい脱毛サロンがオープンするから働いてみない?」と誘いを受けて。今から20年ほど前の話なのですが、当時は脱毛サロンといえば数少ない大手しか運営しておらず、価格も50万円ほどかかりました。社員として入れば高価な脱毛も経験できそうだし、給料もよさそう。そんな安易な気持で入社したんです(笑)

―やってみていかがでしたか。

エステの経験はもちろん、接客経験もあまりないまま始めた仕事ですから不安はもちろんありました。教育体制もさほど整っていないなか、脱毛や毛が生える仕組みを一から学びながら施術を覚えていったという感じですね。でも、同年代の仲間と働くのは楽しかったし、お客様から「ありがとう」「またあなたにお願いしたい」と言われることも増えてきて、美容や接客の仕事のやりがいを日に日に実感できるようになりました。

友人から誘われたことがきっかけでエステ業界に入ることになったが、日々の接客で喜びややりがいが増していったと語る藤森氏

―その後は、マネジメント業務にも携わったそうですね。

22歳でエステ業界に入り、6年ほどエステティシャンの仕事をしたのち、店長、マネージャー、広告、人事など、会社運営業務に約5年関わりました。

代表になるなんて、想像もしていなかった

―ファンスクウェアとの出会いはどのようないきさつが?

最初に勤めていたエステ会社には12年弱在籍していましたが、脱毛業界も価格競争が過熱してきて、会社がほかのサロンと合併することになったんです。当時の私は産休を取っていて、合併された会社に戻ろうかどうしようか迷いがあって。元いた会社だけど、まったく違った環境になったなかで仕事を続けるのってどうなんだろう、と。

そんなとき、脱毛サロンPulito(以下:プリート)にいた知り合いから「元の会社に戻らないなら、自分の仕事(運営)を引き継いでほしい」との話があったんです。

子育てで大変な時期でしたから、最初は週に3回の時短勤務でプリートの運営をお手伝いするようになりました。プリートはもともと調剤薬局運営会社が親会社。代替わりに伴い、エステ部門をどうするかという話になって、M&Aなども検討されたのですが、そうすると体制ががらりと変わってしまう懸念がありました。元の環境、スタッフをできるだけ残して継続したいから、ぜひファンスクウェアの経営者としてやって欲しいと言われました。

まさか自分が経営者になるなんて思ってもみませんでしたが、前職での経験を活かせば何とかなるのではないか、と思い、お受けすることにしたんです。

これまでの経験を糧に経営者になる覚悟を決めてプリートを引き継ぐことにした

―エステ業界への道も、ファンスクウェアの代表も、知り合いの方からの声掛けがきっかけだったのですね。

ええ。どちらも不思議な縁に恵まれたと思います。ただ、プレッシャーは大きかったです。当時から5つあったプリートのサロン運営をきちんと続けていけるか、私にそんな責任の大きな仕事ができるのかと、不安だらけのスタートでした。

ただ、万が一サロンが縮小されてひとつになったとしても、エステティシャンとしての経験を活かして自分が施術をして店を守り抜けばいい、という覚悟は持っていましたね。

実際、経営の仕事には、前職で経験した広告、人事、マネジメントスキルがすべて役立っています。

女性中心の会社だからこそ、女性のキャリアを応援したい

―代表になられてもうすぐ6年目とのことですが、この間どのようなことに取り組んできたのでしょう。

まだ取組中ではありますが、最初の2年間は経営というよりも、スタッフ配置やコンセプトづくりなどのサポート業務が中心でした。代表になってからは、人材・雇用の強化、キャリアステップなど、働きやすい環境・制度づくりに本格的に取り組むようになりました。

取り組みのベースになったのは「社員が働いて楽しいと思える会社」です。楽しく安心して働くためには各自が目標ややりがいを持ち、頑張りが給与にも反映されなければ、と思いました。

女性が多く働く職場のため、自身の経験を元にして常に社員のことを考えた環境を作りを行っている

―仕組みや制度、コンセプトづくりはどのようにすすめていったのですか。

トップダウンではなく、皆で意見交換してすすめていきました。というのも、ファンスクウェアには、私よりもずっと社歴が長い人が数多く在籍しています。そうした方々の意見はとても重要。だからやりたいことはどんどん発信してもらいました。

代表取締役って単なる役割で、えらい人だなんて、私はまったく思っていません。ただ、何かあったときは責任を取る。そんな気持ちで皆をまとめていこうと思いました。

ライフイベントも仕事も、どちらも大切にできる環境づくりを

―そして現在は、事業も広がっていますね。

現在は、サロン事業、化粧品事業、メディア事業(通販など)の3本柱で運営しています。他の事業を始めたのは、何かあったときにサロン事業だけでは大変だと思ったからです。コロナ禍が別事業の展開を考える転機にもなりました。

また事業展開を、ライフイベントがあっても安心して仕事を続けられる環境づくりにも役立てたいと思いました。たとえばエステティシャンは、妊娠・出産を機に退職してしまうスタッフが多いんですね。でもサロンの仕事が体力・時間的に無理になっても、化粧品事業やメディア事業なら続けられるかもしれない。化粧品もメディア事業も、エステティシャンとしての経験や知識が活かせますから、次のキャリアとしての場にもしたかったんです。

新規事業をつくることで、社員のキャリアの幅を広げることができ、会社としても新たな挑戦。実際に化粧品事業では、サロンの店長経験をした人材が担当している。

―教育面にも力を入れていると伺いました。

エステティシャンを長く続けていると、確かにスキルは向上するかもしれませんが、それってもしかすると自己満足だけかもしれません。そのため「ビューティー支援制度」を設け、他社のエステにお客様として行って施術を受け、レポートを提出してもらうようにしました。社内ではなくあえて他社の施術を体感することで、施術はもとより、接客、会話、サロンの雰囲気の違いがわかり、自分の仕事を振り返るきっかけになるんです。

また、社会人としてどうあるべきかという視点も大切にして欲しいので、「座席を譲れる人になりましょう」とよく社員に話をします。私もそうだったのですが、社会人になると日々の忙しさや会社の方針に流されて、やろうと思っても諦めて、のちに後悔してしまうことがけっこうありますよね。でも自分がよかれと思ったことは、自信を持って行動し、声を上げてほしい。当社は社員の誰もが意見を言いやすい環境ではありますが、これをもっと促進させ、ゆくゆくは社員から新しい企画やコラボが生まれ、実現できたらいいなと思っています。

エステティシャンって、医師でもないのに人の身体に触れる仕事ですよね。リンパやツボなど身体の知識も必要不可欠ですし、健康やキレイの知識も欠かせません。デリケートなお悩みを伺ってそれを解消し、さらには予防にも関わります。ただ脱毛の施術を行うだけではなく、エステティシャンしかできない接客があって、とても奥深くやりがいが大きい仕事。だから社員には自信と誇りを持って成長して欲しいんです。

経験した誰もが悩む「子育てとの両立」をどう乗り越えるか

―藤森さんはふたりのお子様もいらっしゃいますが、ずっと家庭と仕事を両立されていますよね。続けられるコツをぜひ教えてください。

長女が8歳、次女が2歳です。コツというよりも、周りをどんどん巻き込んで協力してもらっている、というのが現状でしょうか。まず夫の協力については、かなり助けてもらっています。夫も経営者ですが、お互いできることをやるといった感じで役割分担しています。たとえばお迎えも食事作りもその日にできる方がやります。

また、一人目の育児の時はほぼワンオペだったので身内の支援もフル活用しました。頼んだのは二人の姉と姪っ子です。この3人のスケジュールを徹底的にチェックして、シフトを組み、子どもの世話をお願いしていました。今は上の子の場合は、お友達と遊びたい年ごろなので、小学校のママ友にも甘えさせてもらってお家にお邪魔したりお泊りさせてもらったりしています。

でもお願いするだけじゃなくて、自分が預かれるときは預かって、互いに持ちつ持たれつといった感じで周りのお母さんと協力しあいながら乗り切っています。それでも預かってもらうことの方が多いので、両親やママ友には感謝しかありません。

経営者夫婦で忙しい日々を送っているが、家族との時間もとても大切にしている

ひとりにならないこと、仲間を見つける一歩を踏み出すことの大切さ

―抱え込まずに協力を仰ぐ、と。

私はもともと、自分ですべてやってしまいたいタイプで、人に頼むなんて…と思っていた時期がありました。でも、子どもが生まれたらそんなことは言っていられませんし、助けてもらわなければ両立なんてぜったいに無理だと気付いたんです。

また次女はダウン症なので、健常児とは別の療育が必要です。でもだからといって自分の仕事を諦めようとは考えませんでした。障がいを持つ子どもを持って初めて、その障がいや育て方を模索し始めました。いろいろな壁にぶつかりますし、「どうして?」というモヤモヤもたくさんあります。

そんなときも周囲にどんどん相談しました。友人に愚痴を言ったり、療育機関の方に話を聞いてもらったり。それですべてが解決するわけではないのですが、気持ちをまず吐き出すことでずいぶん楽になれるんです。

―子育てとの両立に悩んだり、障がいを持つお子様を持つ方にとっての強いエールになりますね。

実感として、人に話す、発信するってものすごく大事だと思います。今はSNSもあるから、それがない時代に比べると、仲間を探すことのハードルがとても低くなっています。子育ての悩み、障がいを持つ子どもを育てる悩みを発信している人は探せばたくさんいますからどんどん仲間に入ればいいんです。自らそこに飛び込んでいく勇気をぜひ持って欲しいと思います。

最初の一歩を踏み出せば、共感してくれる仲間が必ず見つかります。とくに障がいを持つ子どものママたちは、同じ悩みを持つ仲間を心から待っています。そんな仲間やコミュニティがひとつでも見つかれば、世界が変わりますよ。

仕事にも子育てにも、いちばん大切なのは「人とのつながり」。子どもを持つことで、私はその大切さをより認識できるようになりました。だから私自身もいろいろなことを、これからもどんどん発信していきたいですね。仕事も子育ても、女性のパフォーマンスがアップすると、人生はもっともっと楽しくなると思うんです。

取材=伊藤 郁世
撮影:Takuma Funaba

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