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目指すは『ONE PIECE』のルフィ!? 人材ビジネス会社を運営する経営者の最大の強みは人を巻き込む力|HALF TIME株式会社/代表取締役 磯田裕介氏インタビュー

目指すは『ONE PIECE』のルフィ!? 人材ビジネス会社を運営する経営者の最大の強みは人を巻き込む力|HALF TIME株式会社/代表取締役 磯田裕介氏インタビュー

ビジネス界のトップランナーのキャリアを「丸ハダカ」にする、新感覚対談「Career Naked」。今回は、スポーツビジネス領域で人材・PR事業を展開するHALF TIME株式会社の代表取締役 磯田 裕介氏にお話を伺う。学生時代はサッカーに打ち込んだ磯田氏は、その時の体験から人材系の道に進むことを決めたという。会社を設立して4年半、出資者はスポーツ界の著名人が名を連ねる。周囲から“人を巻き込む力に非常に長けている”と評価される磯田氏に、エーバルーンコンサルティング株式会社 代表取締役である池松 孝志氏がインタビューを実施。人材ビジネスを志した背景からHALF TIMEが目指す方向性まで語っていただいた。

磯田 裕介さん/HALF TIME株式会社 代表取締役
1987年大阪府生まれ。大学卒業後、日系大手人材紹介会社インテリジェンス(現パーソルキャリア)に入社、全社MVPを含め社内MVPを6度受賞。同社の海外事業拡大のためシンガポール、ベトナム法人に出向。その後、シンガポールにあるイギリス系ヘッドハンティングファームに転職し、日本事業を立ち上げる。2017年8月にHALF TIME株式会社を設立。

池松 孝志さん/エーバルーンコンサルティング株式会社 代表取締役
1980年生まれ。広島県出身。アメリカ留学時代、古着屋のディーラーとして全米各地を飛び回る。国内の紹介会社を経て、2008年にエーバルーンコンサルティングを設立。代表取締役として主にエグゼクティブ人材のサーチやM&A案件を担当。

留学先のサッカーチームで受けた厳しい洗礼で気づいた、くやしさこそ成長のためのモチベーション

―磯田さんは学生時代、サッカーをしていたそうですね?

はい。幼少期からずっとやっていたのですが、大学の時にサッカー選手になる夢をあきらめて、ビジネスパーソンとしてグローバルで活躍したいな、と思うようになったんです。そこから新卒で大手人材会社インテリジェンスに入社し、東京で約3年間働いて、シンガポールやベトナム支社に行きました。さらにグローバルにビジネスパーソンとして活躍したいという思いから、シンガポールにあるイギリス系のヘッドハンティング会社に転職。もともと20代で起業しようと思っていたので、29歳になった時に日本に戻り、HALF TIMEを創業しました。会社は今、設立してから4年半になります。

―HALF TIMEはどのような企業なのでしょうか?

当社は「スポーツを通して生きがいがあふれる社会を実現する」というミッションを掲げています。これまでスポーツをすることで自然に友だちができたり、優勝して仲間と喜びを分かち合えるという、とても良い経験をさせてもらいました。それでスポーツが社会にとってより身近な存在になる世界を作りたくなりました。

たとえばスポーツ人口を増やしたり、あるいはスポーツを見る人を増やしたりすることによって人々がスポーツに触れて、元気になってほしいんですよね。そういう思いで会社を経営していて、スポーツ業界に特化しています。

―事業内容は?

2つの事業を手掛けています。一つ目がPR・ブランディング事業で、自社のメディアを持っているため(スポーツビジネスの専門メディア『HALF TIMEマガジン』を運営)、そのメディアを使って自社のPRや、サービスのプロモーションをしたい企業様と連携をしてプロジェクトを進めています。もう一つが人材事業。スポーツチームのフロントスタッフ、エグゼクティブ層やスポーツテック、ウェルネス関係の採用支援を行っています

―アジア展開も視野に入れているそうですが、もともと磯田さんが海外に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

私が通っていた高校はサッカーの強豪校だったのですが、それとは別に大阪府の選抜チームがありました。高校2年生の時に、ガンバやセレッソなどのクラブチームを除く大阪府の選抜として選ばれて。そのチームでイングランドに行く機会があり、プレミアリーグのユースチームなどと試合をしていました。

対戦相手は同世代にも関わらず、体格などはプロ顔負け。私はディフェンダーだったので、向こうのフォワードとバチバチと対峙するんですけれど、体の大きな黒人の方がいて。競り合っても、なかなか勝てなかった。またサッカー中はお互いにヒートアップしがちなので、「何やってるんだよ?!」みたいなことを言い合ったりする時もあるんです。その時は日本語しかできなくて。英語で何か言われた時に、何も言い返すことができなかったのが自分の中では印象に残っていて。そこからグローバルの意識が芽生え出し、世界を目指そうと志しました。

大学は京都の大学を選びましたが、そこは交換留学制度があり、1、2名が選抜されて、海外の大学に行くことができたんです。頑張って成績を上げて、アメリカに一年間留学しました。

日本では英語を勉強したとはいえ、始めはかなり苦労しました。ただ徐々に慣れていき、3ヶ月ぐらい経ってから状況が変わってきたと思います。

―留学先でもサッカーをやられていたのでしょうか? 

大学のクラブでやっていました。カリフォルニア州はメキシコ系の人たちと白人が中心のチームで、アジア人は誰もいなかった。唯一のアジア人としてチーム入り、一緒に遠征に行ったり、かけがえのない日々を過ごせました。

授業料免除の交換留学制度がある大学に通い、磯田氏はカリフォルニア州立大学ノースリッジ校に一年間留学した

―日本ではマジョリティの存在でも、アメリカではマイノリティですよね。自分はマイノリティだな、と痛感したのはどんな時だったのでしょうか?

チームメイトは自分が実力を発揮すれば、仲間として認めてくれて、とても良くしてもらいました。でも、対戦相手から厳しいこと言われたりする時も。ある試合で自分がボール持った時に、向こうのベンチのファンからブーイングをされたりもしました。ただその時に非常にくやしさを感じ、それをバネに頑張ったのは覚えています。

―ブーイングを受けたことで、また1つ成長につながったと解釈されることがすごいですね。

前提として、世界的に活躍したいと思っていたんです。日本以外で活躍するために何が必要かというと、自分が正しい・正しくない、相手が正しい・正しくないというのは関係なくて。彼らから認められる存在になることが将来の目標でもあり、「どうしたら自分に対してポジティブに受け取ってくれるんだろう?」という軸で考えていました。

くやしさというのは、私にとっては成長するための一番のモチベーション。何か罵倒されるようなことがあった時は、私は自分に原因があると考えます。試合で相手を黙らせるほどいいプレイをしたりすると、当然ながら相手は侮辱しなくなる。自分のパフォーマンスが悪かったからいろいろ言われている、と解釈して、自分に責任があると認めます。

目標はもっと高いレベルであり、今の自分はこのレベルだというところに対して、“よし、努力しよう”と考えて成長してきたと思います。

人材業界を選んだのは、人の可能性を信じられる社会にしたかったから

―就職活動では、なぜ人材業界を選ばれたのでしょうか?

人には無限の可能性があります。だから人に関わるビジネスをすることが、世の中に大きなインパクトを与えると思っていて。サポートする法人に対しては、すばらしい人材を採用することによって、さらなる成長を迎えることができるかもしれないですよね。そして個人にとって、仕事は人生において大きな比重を占める。そういう局面を提供できることに価値を感じ、人材業界を選びました。

―それは留学時代の経験が影響しているのでしょうか?

それ以上に中学の時に大人から、「こんな強豪校に行ったら、君が活躍するのは難しいんじゃない?」と、人の可能性を信じないような意見を聞いたことがきっかけになっているかもしれません。“自分はそうじゃない”と自らの可能性を信じていましたが、そういった言葉がずっと残っている。もっと人の可能性を信じられる社会になった方がみんな成長していくし、それが人材業界でやっていきたいと考えた理由です。

―磯田さんは、逆境を乗り越えるという実行力がすごいんでしょうね。

厳しい環境であればあるほど燃えます。日系の会社から海外にある外資の企業に移ったのも、“将来、世界的に活躍するために最も近道で険しい道は何だろう?”と考えてみたら、日本文化がないところでやることだったので、そこに入社しました。

―最初から海外志向が強かったそうですが。

将来は海外に行きたいと思っていて、2年目の時にようやく社内の公募制度として、「行きたい人はいますか?」と聞かれる機会がありました。そこで手を挙げて海外の責任者の方に面談したんですけれど、今の環境で実績を上げていなかったことが懸念点となり、選ばれませんでした。

「どうやったら選ばれますか?」と質問したところ、「実績をあげたら連れて行く」とおっしゃったので、1年間、必死に営業の仕事に打ち込みました。3年目に公募のチャンスが再びあって。当時1,000人ぐらいの事業部にいたのですが、その中でも6か月という長いスパンでのトップセールスのMVPを受賞でき、それを引っさげて面談したところ、ようやく海外へ行くことができました。

―トップセールスのMVPを獲得するために、どんなことを行いましたか?

まず前任者の実績を調べて、どれぐらいの目標に対して達成率を上げたかをリサーチ。そして自分がどのくらいの売上を作ればトップセールスになれるかを設定し、そのためのプロセスのKPIとして求人を何件獲得するか、間のプロセス数値の目標設定をしました。それでトップセールスになることができました。

―海外赴任が決まって、最初に行かれたのがシンガポールだそうですが。

8年ぐらい前のことですが、その時はそれほど長くなくて、6か月くらいシンガポール法人にいました。ちょうど会社がベトナム市場に注力するタイミングが来て、次にベトナム赴任と言われたんです。

―そこから日本にはまだ事業体を持たない、シンガポールをベースにしているヘッドハンティングの会社から声がかかったそうですね。今まで経験したことないことに飛び込むのは、とても勇気が必要だったと思うのですが、いかがでしたか?

私としては将来グローバルに活躍すると考えた時に、まずそういう環境に飛び込むべきだろうと思っていて。難しい環境は乗り越えられるとしか思ってなかったので、普通にやろうと思いました。

ヘッドハンティングという初めての仕事に、異国のシンガポールで挑戦。Spencer Ogdenオフィスでの上司や同僚たちとの一枚

―海外でヘッドハンティングを始めたということですが、ネットワークがないところからどうやってスタートさせたのでしょうか?

シンガポールにいながら、日本にある外資系企業や日本にいる転職希望者と接点を取っていたので、候補者とも企業とも一切対面せずに決めていきました。

対象者はバイリンガルの日本人か、日本語が話せる外国人の方。オンラインミーティングはあまりやっていなくて、電話で関係性を築いて、周りの方を紹介してもらえるレベルまで入り込んでいきました。それで日本にある外資系企業だったり、アイルランドにある国際連盟だったり、香港にあるスポーツクラブだったり……。世界中で活躍している日本人の方に対して、世界にある外資系企業を紹介していました。

―そういう仕事は、日本ベースでもシンガポールベースでも、立地の差はそこまでないのでしょうか?

どちらかといったら、不利かなとは思っています。ただ半年に1回くらい日本に出張して、電話で話した人とより深くなるために面談などはしてました。

―それでも最初はネットワークがないところから、よく挑戦できましたね。

日本だと例えばデータベースを保持している会社にスカウトメールを送って決めていくことをヘッドハンティングと呼んでいるかなと思います。でも欧米系のヘッドハンターは他社のデータベースなどはまったく使わない。ヘッドハンティングは自分で自分のネットワークを作っていくことだと思っています。

私にとってはそれが当たり前で、特にデータベースを使うことがなくて。自分を知ってもらい、信頼してもらい、周りを紹介してもらうというところでビジネスをやってきました。それが特別難しいとは思っていないですね。日本のやり方と違うだけだと思います。

話す男性
今の日本では人材データベースに登録している人たちに対して声をかけ、紹介することがヘッドハンティングと言われたりする。しかし従来のヘッドハンティングは競合他社に誰がいるかを調べ、対象者に対してアプローチを行う。磯田氏は昔から続いている方法を踏襲している

『ONE PIECE』の主人公のように、自分の夢をまっすぐ語り、すばらしい仲間を増やしていきたい

―ヘッドハンティング会社を経験したうえで今の会社を設立された磯田さんですが、周囲の方たちから“とにかく巻き込む力がすごい”と評判でした。どのようにその力を身に付けたのでしょうか? 

会社のビジョンを高く設定し、野心を持っているということを率直に話していました。あと人に対して誠実に素直に向き合うことは心がけてきたと思います。

私はあまり漫画を読まないんですけれど、唯一読んでいるのが『ONE PIECE』で、主人公のルフィはすごく魅力的だなと思っています。海賊王になることを目指して、それをみんなに恥ずかしげもなく言って、素晴らしい仲間が集まってくる。自分もああいった感じになりたいなと。

―HALF TIMEの今の出資者の方々の一覧を見ると、北島康介氏、野村忠宏氏、井上康生氏、太田雄貴氏らをはじめとする本当に著名な方をたくさん集めていらっしゃるので、磯田さんの巻き込む力はやはりすごいと思いました。

“この人を、この会社を応援したい”と感じてもらえることが一番大事なので。自分を大きく見せずに、等身大で相手に対してお話させていただくようにしています。あとは私と同じような立場にいる競合他社の中で、グローバルに経験を積んできた人はあまりいない。グローバル×スポーツというHALF TIMEがめずらしくて興味を持ってもらえたのだと考えています。

―資金調達についてはどのような状況でしょうか?

2年前と1年前の2回行ってきました。その時はシード期だったんですが、今回からようやくシリーズAとして億を超える資金調達を考えています。

―今後の展望についてもお話を伺えますか?

長期的にやりたいことと、中期と短期と分けて考えています。長期に関しては先ほどお伝えしたミッションで、「スポーツを通して生きがいのあふれる社会を実現する」ことです。中期としては、まずそれをアジアで実現したい。スポーツビジネスのプラットフォーマーとして、英語バージョンのサービスをリリースしていこうと思っています。短期的には4年後の上場を計画しているので、それに向けてしっかりと会社を成長させながら、中期・長期的に今掲げた目標に位置していくことを考えてます。

―中期計画でアジアを選んだ理由を教えてください。

自分がどこで勝負できるかと考えた時に、アジアは一番チャンスがあるかなという点と、アメリカ、ヨーロッパ、アジアのスポーツ産業の伸びを考えると、アジアが最も伸びているところです。特に今、東南アジアが注目をされていてマーケットの芽もあるというところで、まずアジアを考えています。

厳密にいうと、今も海外の事業を手掛けています。例えば当社には海外のクライアントがいて、スペイン企業のPR支援やイギリス企業の採用支援を行ったりしていて、すでにグローバル展開をしてる段階なのですが、より注力していきたいですね。

腕を組む男性
スキンケアにはまっているという磯田氏。「いろいろと試したところ、ラボシリーズというブランドがいいなと思いました。あと食事ではオイリーなものはあまり食べない、お酒やタバコは一切しないと、体のことは気をつけています」

対談者・池松氏の感想
磯田さんを知ったのは3年前。HALF TIMEについて「面白いイベントをする人材の会社だな」と思い、連絡をしたことがあります。ここ数年、コロナ禍でビジネスを継続・拡大するのが非常に難しかったにも関わらず、磯田さんは会社をしっかり成長させています。私も彼と同じように海外留学、ヘッドハンティング業に従事していて、人材業界でビジネスをする、という似た経験をしています。だからこそ、磯田さんが展開しているビジネスの難しさも、よく分かります。今回、じっくりとお話を伺うことで、彼の原点はスポーツとチャレンジ精神、実行力であるということがよく分かりました。これからアジアを足掛かりにグローバルの展開を進めていかれるということで、同志として成功をお祈りしながら、応援していきたいです。

取材:キャベトンコ
撮影:Takuma Funaba

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