ジョルジオ アルマーニ、プラダのミラノ本社で勤務した日本人──小菅国義氏が語るマーチャンダイジングの仕事術と次なるキャリアとは?
海外生活28年。国際感覚に富んだ幼少期を過ごした小菅国義さんは、「天才と働いてみたい」という強い思いから、憧れだったジョルジオ アルマーニのミラノ本社に就職し、“外国人”として本社でキャリアを重ねてきた敏腕MD(マーチャンダイザー)だ。彼のMDとしてのキャリアは15年に及び、「もうひとりの天才」と呼ぶパトリツィオ・ベルテッリ氏(“MDの天才”と言われるプラダ最高経営責任者)とプラダ本社で仕事することを叶えた。今年フリーランスに転身した稀有な経歴を持つ小菅氏に、海外におけるMDの仕事術と次のキャリアについてお話を伺った。
小菅国義さん
東京生まれ。幼少期はイギリス、フランスで過ごす。成城大学卒業後に渡米し、コロンビア大学大学院国際共栄政策学部で修士号取得。帰国後、リーマン・ブラザーズのセールストレーダー、ジョルジオ アルマーニ ジャパンのホールセール営業に従事。2004年に渡伊し、ミラノのボッコーニ大学大学院でブランド経営の修士号を取得。ミラノを拠点に、ジョルジオ アルマーニ、プラダの本社で約15年間MD職務に従事。2022年からはミラノと日本の両方含めグローバルに事業を展開、長年の海外経験で培ったノウハウを活かし、フリーランスとしてコンサルティング業務をスタート。
本場でビジネスを経験するため渡伊。ジョルジオ・アルマーニ氏との出会い。
―幼少期から海外生活をされてきた小菅さん。大学卒業後、日本で働いていましたが退職しミラノに生活拠点を移されました。そのきっかけを教えてください。
日本のリーマン・ブラザーズで働いた後に入社したのがジョルジオ アルマーニ ジャパンのホールセール職でした。当時は受注会から営業活動までほぼ100%日本ベースでの仕事だったため、自分が持っている語学スキルや国際感覚をうまく活用できていませんでした。それに、よくミラノ本社とジャパン支社の意見のギャップを感じることが多く、自分がミラノの本拠地に行くことで、そういったギャップを埋めることができるのでは?と考えるようになりました。そういった思いが本場でのブランドビジネス経験を目指すきっかけになりました。
―実際にミラノに渡り、どのような活動をされたのですか?
ミラノのファッション業界では語学力ももちろん重要ですが、それ以上に幅広いコネクションが求められます。大学院在学中も、「どうやったらコンタクトを見つけて就職できるか?」ということを重要視し、常にアンテナを張っていました。そんなとき、友人とアペリティーボにたまたまジョルジオ・アルマーニ氏が経営するレストラン『NOBU』を訪れたのですが、そこになんとアルマーニ氏ご本人がいたんです。当時の私はイタリア語があまり話せなかったのですが、頑張って自分が東京のアルマーニで働いていたことなどを話したんですね。すると、たまたまそこに同席していたアルマーニの重役の方が東京のマーケットを見ている立場の方で、実は私がアルマーニ ジャパンで働いていたときにご挨拶した方だったんです。東京から遠く離れたミラノでの再会でしたが、私が英語を話せたので彼も当時のことをよく覚えていてくれたんです。
―憧れのアルマーニ氏、そしてたまたまアルマーニの重役に再会できるとは、すごいですね。
大学院で、アルマーニ社に対する日本市場のアクセサリービジネスの開拓を自分自身のインディペンデントプロジェクトとして選択しました。そこからアルマーニの日本市場をどう開拓していくか、独自にリサーチをはじめました。その後、アルマーニの人事部にアプローチして幸運にも受諾され、ジョルジオ アルマーニのミラノ本社のアクセサリー部門の担当として採用されるに至りました。
ですが、この時点ではアルマーニ氏に私のプロジェクトの内容自体を届けることはできていなかった。どうにかしてアルマーニ氏に直接プレゼンしようと考え、毎日どこへ行くにもずっと資料を片手に過ごしていたんです(笑)。それもイタリア語でプレゼンするために、イタリア語の資料を持って。そうしてようやくチャンスが到来し、アルマーニ氏に直接プレゼンすることができて。
―すごい行動力ですね!英語はもともと流暢レベルの小菅さんでしたが、イタリア語に関してはかなり勉強されたのでしょうね。
そうですね。ジョルジオ アルマーニはイタリアの会社なので基本的にすべてイタリア語でした。雇用してもらう際にも自分で交渉をしなければならず、最初は大変でしたね。入社後もイタリア語で自分を表現することが難しく、うまくアプローチできずに最初の1ヶ月はまわりの仕事を観察するような時間が多かったと思います。アクセサリー部署の担当として、ジョルジオ、エンポリオアルマーニをはじめとし、アルマーニ コレッツォーニやアルマーニ ジーンズのプロジェクトも担当したのですが、部署によってイタリアを含めたヨーロッパ市場がメインの現場で仕事をすることが多かったので、24時間イタリア語で過ごさなければならないことも多く、そんな経験を積み重ねることでだいぶ習得することができました。
海外本社でのMDの仕事内容とは?
―日本人がアルマーニのミラノ本社で勤務するということはかなり珍しいですよね。
まさにアルマーニ自体、日本人が本社で就職するということが初めてのことでした。最初はなかなか自分の力を発揮することができなかったのですが、入社して徐々にチームの仕事を見ていくうちに、データ分析にかなり多大な時間を費やしていることに気がつきました。そこでリーマン・ブラザーズ時代に培ったデータ分析能力を活かして資料を作成し、何度も上司にプレゼンをしました。その成果もあってグローバルセールスアナリストのポジションに就くことができ、そこからコレクションマーチャンダイジングのポジションに就くことに繋がりました。
―イタリア本社でのMDの仕事内容とはどんなものなのでしょうか?
MDのなかでも、コレクションマーチャンダイジングとリテールマーチャンダイジングに分かれており、コレクションマーチャンダイジングは本社にいるデザイナーとプロダクションチームとともに、商品化をしていく仕事です。私は最初このコレクションマーチャンダイジングの仕事に就きました。いわゆる受注会の準備から商品化まで、商品に関わるすべての仕事をしていました。一方、リテールマーチャンダイジングは直営店のビジネスの商品担当として、ローカルの買い付けを行っていきます。店舗でブランドイメージと売上のバランスを効果的に戦略的に考える、シンプルですが非常にセンスが問われる仕事です。
―昨年まで小菅さんはプラダのミラノ本社でGMMというポジションだったそうですね。
最初はMM(マーチャンダイズマネージャー)として、アジアの160店舗以上のマーチャンダイジングマネジメントの仕事をしていました。中国を中心としたアジア全土の店舗をまわり、店舗管理だけでなく、アジア市場を把握する意味でも重要な経験でした。その後組織変更があり、日本市場のGMM(グローバルマーチャンダイズマネージャー)として、MMに指示を出し、ローカルチームと連携していきました。予算交渉や買い付けの最終決定などはGMMの責任です。予算を決める際にどう交渉するか、まず予算がきちんと取れることが仕事です。こうした予算交渉から、買い付けの戦略、本社MDチームがローカルと話し合って買い付けを決め、それを確認してOKを出していく、幅がとても広い仕事です。
MDとして活躍できる人、グローバルに活躍できる人の素養とは。
―グローバルで活躍されてきた小菅さんの考える、MDとして活躍する人の素養とは?
もっとも重要なのは問題解決能力です。ファッションは、100%すべてがロジカルでいくことはないと思うんです。そういうときに問題解決能力が求められます。問題に直面したときに「どうするべきか?」考えることができるかが大きいです。その他、ブランドへの理解、商品の理解、データ分析能力、美的感覚、コミュニケーション能力などが主に挙げられると思います。
―外国人という立場でグローバルに活躍するために必要なこととは?
そもそも人はそれぞれユニークで違いがあるものなので、一つの答えというのはありませんが、まず自分の良さを知り、それを最大限に使い、間違えてもそれをやり抜くというエネルギーではないかと思います。日本人は比較的シャイでアピールが少ない人が多い傾向ですよね。私も同じで、最初から間違えることが怖くないわけでもありません。けれど、とにかく行動して、いろいろな失敗をして、問題が起こったら解決する。その繰り返しで今に至ります。あとは、シンプルですが仕事を楽しんでやる、ということですね。
MD中心のコンサルティングでブランドの問題解決をサポート。
―そんな小菅さんが今年フリーランスになりました。貴重なキャリアを築いてこられた小菅さんが考える、次のキャリアについて教えてください。
プラダに転職をし、その後昨年末に退社しました。その理由は、長年サラリーマンとして勤めてきたなかで、自分の時間を自分でコントロールし、やりたいことにじっくりフォーカスしていきたいと思ったからです。目標は80歳まで楽しく働ける環境をつくること。定年もなく、自分のやりたいことをやり続けよう──そんな思いからミッドキャリアチェンジを決めました。
もっとも興味があるのはSelf-Empowermentです。私は今までいろいろな仕事を通じてチームを勇気づけたり、インスパイアさせたりすることで個人個人がポジティブに変化していくことを実感してきました。ブランドや経営者、従業員の人たちが内なる素質に気づき最大限に活かすことができれば、大きな成果につながると信じています。実際に、FUEGUIA 1833という高級香水ブランドの社外取締役に就任したのも、オーナー社長であるJulian Bedel氏を友人として8年間同じ考えで支えてきたのが理由です。今、商品が高品質でありながら競争激化と新型コロナウイルスの影響で多くの問題を抱えている中小規模ブランドは少なくありません。そういったブランドや経営者向けにMD中心のコンサルティングを行っていきます。イタリアと日本が拠点なので、どちらの国でも自分のスキルを活用し、貢献していきたいと考えています。
―ありがとうございました。
これから日本とミラノを拠点にますます活躍される小菅さん。まさにモードとデザインの街ミラノの中心にいる小菅さんのお話は、聞いているだけでも実に貴重な経験となりました。
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Kuniyoshi Kosuge
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