海外に向けての日本文化の「発信」と「受信」に着目。偏りのない発信力で現代日本のカルチャーを伝え続ける佐藤氏の想いと、「TOKYOSAI」への展望とは。
海外で人気が高い日本文化といえば、アニメや漫画を思い浮かべる方が多いのではないだろうか。しかし、もっともっと世界に知られて欲しい日本発のカルチャーはたくさんある。佐藤氏は、さまざまなジャンルのアート、アーティスト、クリエイターなどを発掘し、日本文化の発信を続けている。2024年2月には、フランスで日本の現代文化を集めて行われる一大イベント「TOKYOSAI」を開催予定。従来型の「外国人が好きそうな日本文化」ではなく、「自信を持って伝えたい現代日本のカルチャー」を発信することへの想いを伺った。
ジュリアン 佐藤さん/Sato Creative代表
1982年フランスで生まれる。10代後半に日本に移住。2007年、イベント企画・制作などを手がける「mugenkai communication」取締役に。2009年、代官山にイベントスペース&バー「M」を立ち上げる。現在はSATO GALLERYと、アーティストのマネジメントやイベントを企画するSato Creativeを運営。パリを拠点に世界中の都市を仕事場として活動中。
20代前半から、東京で現代カルチャーとともに生きる
― ジュリアンさんは、フランスで生まれ育ち、17歳のときに日本に移住されたそうですね。
日本人の母とフランス人の父のもとにフランスで生まれ育ちました。小さい頃から毎年夏休みは母の実家がある栃木の祖父母の家に滞在していたことで、日本の生活にはずっとなじみがありました。日本の文化も大好きだったので、17歳のときフランスの高校をやめて日本の高校に進みました。
卒業後は大学には進まず、東京でアルバイトをしていました。二十歳の頃は当時青山で大人気だったラスチカスというレストラン&バーでDJをしたり。ラスチカスは2018年に閉店してしまいましたが、当時はいろいろなジャンルのクリエイターたちが集まる店で、そうした出会いが今の仕事にもつながっていますね。以来ずっと、アートやイベントなどにかかわる仕事をしています。
日本文化への偏った認識。それを生み出してしまったものとは?
― 日本とフランス、どちらの文化も深く知るジュリアンさんですが、フランスでは日本の文化はどのように浸透しているのでしょう。
1980年代から日本の文化がフランスにたくさん入ってきました。1995年から大統領を務めたシラク氏は親日家として知られ、愛犬を「スモウ」と名付けたり、相撲大会をフランスで開催するなど、日本の伝統文化をフランス人に伝えています。日本のアニメや漫画も大人気で、日本の文化はフランス人の生活に根付いているといっても過言ではないでしょう。
ただ、日本の文化もよく知る私から見ると、フランスにおける日本文化はちょっと偏った解釈をされている点が気になります。たとえば人気のサッカーアニメ「キャプテン翼」のフランス語タイトルは、「オリーブとトム」なんですよ。主人公の翼くんがオリーブって、日本人からすると、ものすごく変ですよね(苦笑)。
なぜこんなことになってしまうのかというと、日本側からの発信力に原因があるのではと考えています。日本のアニメは、もともと日本のマーケットでも人気があり、ひとつのマーケットとして確立されています。そのため海外で儲ける必要がないものなら、どうぞ自由にフランスでも使ってください、というスタンスで発信してしまっているのですね。だからフランス人は、日本発信のものであることを認識せずに見ていることも多いのです。もうひとつ気になるのが、フランスで知られている日本の文化は、アニメや漫画に代表される、いわゆるオタク系と、古くからある伝統的なものの2つがメインで、現代アートなどがほとんど紹介されていないことなんです。
― 確かにそうですね。やはり、日本からの発信力が不足しているからでしょうか。
まだそれほど有名ではないけれど、世界で受け入れられる活動をしている日本人アーティストはたくさんいます。日本文化って、伝統的なものとオタク系のものだけではありません。「現代的な新しいもの」も正しく発信して、たくさんのフランス人に知ってほしいと思うんです。
世界の国々のなかでも、フランスは日本文化を受け入れる体制がもっとも整っている国です。新しくて幅広いジャンルの日本文化を正しく発信し、フランス側にも正しく受信してもらう。その架け橋になれたら、との想いをずっと抱いてきました。
「TOKYOSAI」は、知って欲しい日本を発信する一大イベント
― その想いが実現するのが、2024年2月に開催予定の「TOKYOSAI」なのですね。どのようなコンセプトで開催されるのでしょう。
日本中のあらゆる最新の文化やいいものが集まる東京(TOKYO)は、ものすごく大きなブランド力を持つ都市です。そのTOKYOをキーワードに、アート、デザイン、デジタルアート、写真、音楽、フード、パフォーマンスなど、さまざまな現代の日本カルチャーを2024年1月31日のプライベートオープニングを含め、本番の2月1日~4日の5日間で一気に紹介し、体感してもらうのが、「TOKYOSAI」です。
SAIは「祭り」で、芸術祭のようなイメージですね。「TOKYOSAI」には、フランス語で「現代の日本に出会いましょう」というサブタイトルがついています。ポイントは、さまざまなジャンルが集まること。フランスでもよくアートフェアは開催されていますが、限られた分野のプロが集まるものがほとんどなんです。その点日本では、いろいろなジャンルが混ざり合った芸術祭などがよく開催されていますよね。それもコンセプトづくりのヒントになりました。
日本文化を海外に紹介するイベントといえば、2000年から継続して開催されているJAPAN EXPOが有名ですが、元はこれは日本人ではなく、フランス人が発案して開催されているものなんです。つまり、フランス人が発信したい日本文化が集まっているんです。私たちが企画したのは、フランス側からの視点ではなく、日本もフランスもよく知る側からの発信。これも「TOKYOSAI」の特徴であり強みだと思います。
― どんな方々が参加されるのでしょう。
第一回にはアートディレクター・アーティストのユニ吉田、ニューヨークで活躍しているクリエイターのファンタジスタ歌麿呂、アーティストの天野タケル、ファッション系美術家の谷敷謙、東京の山手線各駅のイメージをデザインするプロジェクト「YamanoteYamanote」を発表した東京在住の2人のスイス人アーティストなどなど、知る人ぞ知るアーティストがたくさん参加してくれます。また、音楽部門ではcabaret recordings のショーケース、コンセプトストアなども設置する予定です。
― おもしろそうですね。場所はパリで開催するのですか?
パリ郊外のパンタンという街で開催されます。日本の方にはまだなじみがない街かもしれませんが、パリではとても注目されている「グランパリ」のエリアなんですよ。パリ19区に接していて、パリからも近いのですが、アーティストなども多く、古さと新しさとアートが混同する街。エルメスの社屋もパンタンにあります。ここで開催することも、さまざまな文化を発信するうえでプラスになると思います。
挑戦しながら、次の発信力につなげてゆく
― いよいよ来年早々、TOKYOSAIの第一回目が開催されるわけですが、将来のビジョンをどのように思い描いていますか。
将来の可能性につながる初回になればと思っています。できれば2年に1度は開催できるようにしたいですし、パリだけでなく、将来的にはベルリンやニューヨークなどでも開催したいですね。また、周囲からはOSAKASAIやKYOTOSAIもおもしろいんじゃない?と言われています。東京でも同様のイベントを行って、そこで評価が高かったアーティストがパリに集う、というのも新しいアイディアかな、とも思っているところです。
― 資金面や、サポートなどは順調に進んでいらっしゃいますか。
アシックスフランスや、東京都の観光部門からのサポートが決まっています。第一回目の挑戦なので、大変なことは多々ありますが、サポートしてくださる企業などはまだまだ募集中です。財団などももっと興味を持っていただけるとありがたいですし、日本のマーケットではうまくいっているけれど、海外進出のための宣伝がまだできていない企業などが参加してくれると、ますます面白いイベントになるのでは、と期待しています。とにかく今は、チャレンジャーとして第一回目を成功させることが私たちのミッションです。実績を作ることができれば安心感が生まれ、継続に向けてのアピールにもつながります。
今、そしてこれから必要とされる日本発の発信力とは
― 今回、お話を伺って「発信と受信」というジュリアンさんの言葉がとても印象に残りました。確かに日本人は、発信が苦手なのかもしれないですね。それを克服するためのアドバイスをぜひいただきたいです。
発信が苦手と言うよりも、今まで必要じゃなかった。意識することと自信を持つことが何より大切だと思います。例えば日本食などは、自信を持って発信しているからこそ世界中に広がっていますよね。サッカー選手だって少し前までは数名の選手しか世界で知られていませんでしたが、今はたくさんの選手が海外で活躍しています。文化もそれと同じで、自信を持ってどんどん発信して欲しいと思っています。
アドバイスするとしたら、自信を持って、グローバルスタンダードに基づいた言葉、又はクリエイティブで発信をすることでしょうか。日本向けの発信ではないのですから、グローバルな発信力は必須。それがあれば、日本の現代文化はもっともっと世界に広がります。なかでもフランスは、日本の文化を受け入れる気が満々なので、チャンスはいくらでもありますよ。そうした発信のお手伝いができれば、私たちもすごく嬉しいです。
文:伊藤郁世