“伝える”にとどまらず、“繋げる・広げる”。新たな動きを促進する雑誌「FRaU」に学ぶメディアのあり方 NEW
ここ数年で、私たちの生活に急速に浸透したサステナビリティやSDGs。一部では「サステナブル疲れ・SDGs疲れ」という声が聞こえるほど、個人・企業でさまざまな取り組みが広がり、その勢いは加速する一方だ。日本のメディアでは、2018年に講談社のワンテーママガジン「FRaU」が先進的に“一冊丸ごとSDGs特集”を組み、大きな注目を集めた。以降、同誌では継続してサステナビリティやSDGsと向き合っている。今回は、同誌編集長の関 龍彦さんに“一冊丸ごとSDGs特集”が生まれた背景、従来の女性誌にはない活動の輪、メディアとして果たしたいと考える役割などについて、お話を伺った。
関 龍彦さん/講談社「FRaU」編集長 兼 プロデューサー
早稲田大学第一文学部卒業後、1987年株式会社講談社入社。「ViVi」「FRaU」の編集者を経て、1997年、日本初のビューティー専門誌「VOCE」創刊のため新雑誌準備室へ。2004年より6年間、同誌編集長。2009年には、VOCEのTV版「BeauTV〜VOCE」(テレビ朝日)をスタート。2010年より4年間「FRaU」編集長を務める。2017年より現職。2018年12月、女性誌としては世界初の“一冊丸ごとSDGs特集号”を刊行し、話題に。以降、20冊以上のSDGs特集号を刊行。
写真やデザインへの興味から、女性誌配属を希望
― 講談社にご入社されたきっかけ、これまでの編集者としてのキャリアについてお聞かせください。
学生時代、マガジンハウスでアルバイトをしていたんです。特に、エル・ジャポン編集部(当時)には一年以上もお世話になり、編集部の皆さんにとても良くしていただきました。そんなこともあり、雑誌の編集って楽しそうな仕事だなと思ったのがこの業界を志したきっかけです。就職活動ではテレビ局なども受けましたが、最終的にはご縁のあった講談社に入社したという流れです。ちなみに、マガジンハウスは落ちました(笑)。
― そうだったのですね。関さんは早稲田大学文学部のご出身ですが、もともと本がお好きだったのですか。
大学は文学部でしたが、読書量はそれほど多くはなかったですね。バイトで「エル・ジャポン」に関わっていたこともありますが、私はどちらかというと写真やデザインに興味があったんです。そこで講談社に入った後は、写真やデザインを一番効果的に表現できる女性誌への配属を希望。それから「ViVi」、「FRaU」を経て「VOCE」の立ち上げに携わりました。2004年から「VOCE」の編集長を6年務め、2017年から再び「FRaU」へ。ずっと女性誌に携わってきました。

「FRaU」らしくサステナビリティを伝えたい
―「FRaU」はどのようなコンセプトの雑誌なのでしょう。
ライフスタイルをより充実させるための手引き、ナビゲーターという意識を大事にしています。それは昔から変わらなくて、いまはその意識の中にSDGsがあるという捉え方ですね。
― 2018年12月に刊行された“一冊丸ごとSDGs特集”は大きな話題になりました。SDGsやサステナビリティを取り上げた経緯についてお聞かせください。
2017年、私が2度目の「FRaU」編集長になった頃に、たまたま友人から「SDGsって、知ってる?」と聞かれたんです。私はそのときに初めてSDGsを知りましたが、同時に「SDGsはライフスタイルを豊かにしていくことに繋がる。『FRaU』で扱うのにふさわしいテーマかもしれない」と思いました。
その当時、まだ日本ではSDGsやサステナビリティは浸透していませんでしたから、先端で活動に取り組まれている方や専門家の方から本質的な部分を学びました。ただ、その前段階としてはもうひとつ、2011年に出した台湾特集号もきっかけになっていますね。
― 詳しく教えていただけますか。
東日本大震災が起こった年で、当時、女性誌はこぞって旅の特集を取りやめました。ただ、あるとき「FRaU」の編集部員のひとりがこう言ったのです。「台湾はあんなに義援金を贈ってくれた。それなのに、日本は正式な御礼ができていない。台湾に“ありがとう”を伝える記事をつくるべきではないか」。
実際、部員が台湾に行ってみたら、皆さん日本のことを真剣に心配してくれていることがわかりました。これは感謝の気持ちを伝えなければと実感し、特集を組むことに。そして、表紙には「感謝臺灣(ガムシャーダイワン)」と大きく入れました。「臺灣」は「台湾」の旧字体です。現地のおじいちゃんやおばあちゃんにも御礼の気持ちが伝わるように、と。
その翌年にも再び台湾特集を組んだところ、台湾から台湾観光貢献賞を頂いたんです。“ありがとう”を伝えたら、“ありがとう”が返ってきた。そのときに、「国単位でお互いの気持ちに寄り添うことができる。これもひとつのジャーナリズムのカタチだな」と気づきました。

― なるほど。
実はSDGsの特集も、私の中ではその感じに近いなという思いがありました。「FRaU」だからこそこうしたテーマも強訴求にならず、マイルドかつおしゃれ感を伴いながら社会に伝えていけるはずだ、と。加えて、雑誌というパッケージメディアには“一冊の流れを通して伝えられる”という良さがあります。その点はWEB記事と違うところですね。
― SDGsが浸透していない時代、雑誌で取り上げること自体にも大きな意義があったと思います。最初に企画された際、社内の反応はいかがでしたか。
最初は大反対されました。その頃、日本でのSDGsの認知率はたった14.8%。社内の人間もほとんどがまだ知らない状況でした。「関が、変なアルファベットを唱えている」「『FRaU』に広告が入らなくなってしまう」なんて言われましたね。
しかし、いざ発売したら、これまで世の中になかった特集、それも女性誌では世界で初めてかもしれないということで大きな反響がありました。重版も2度かかり、いまではamazonでも入手困難な伝説の号となってしまったようです。以降「FRaU」ではSDGs特集号を毎年6月と12月に、SDGs MOOKやS-TRIPを不定期に出しています。
従来の女性誌には見られなかった広がり
― 読者の方からの反応で、印象的だったものはありますか。
最初にSDGs号を発売して半年後に、読者40~50人に集まってもらってイベントを開催したんです。そのなかに、「FRaU」のその号を読んだことを機に会社を辞めてサステナブル関係の仕事に就いた方が2名もいらっしゃいました。人の人生に影響を与える重みを感じた瞬間でもありましたね。

― 「FRaU」という雑誌の威力を感じます。SDGs特集号の場合、広告クライアントや広告内容は他の号と異なりますか。
大きく違いますね。一般的に、女性誌だとコスメや洋服といった商品の広告がほとんどですが、SDGs号の場合はあまり商品自体が前面に出てきません。我々からすると、商品を売るお手伝いというよりも、循環の仕組みや会社のサステナブルな取り組みを広めるお手伝いをするというイメージに近いです。
サステナビリティは、企業同士がシェアし合うことも大事です。そんな流れから、毎年12月にSDGs号に関わってくださったパートナー企業(広告クライアント企業)の皆さまをお招きするパーティーを開催しています。パートナー企業は、物流から宇宙系開発機構、自治体、NPO・NGO団体までとさまざま。普段はなかなか顔を合わせることのない方たちが繋がる好機会となり、そこから新たな動きやビジネスが生まれたりすることも。その意味では、我々もこれまでとは違った輪の中に入れていただいていますね。
私自身、こうした場づくりが好きですし、これも仕事のひとつだと思っています。メディアという言葉には“媒介”という意味もあるんですよ。メディアに携わる人間として、“媒体”を使って発信するだけでなく、人と人との関係をとりもつ役割ができたら、それはとてもうれしいこと。そうやってサステナブルの活動の輪を広げていくことにもやりがいを感じています。
― 従来の女性誌ではあまり見られないない動きで興味深いです。
前向きなパワーが生まれているように感じますね。もちろん、企業がサステナビリティをビジネスに落とし込むのは、収益面などでなかなか難しいことも多いでしょう。うまく経営に統合したり、新たなビジネスモデルに落とし込んだりすることを、皆で考えていかなくてはいけない時代なのだと思います。
― トランプ大統領の再選により、今後は“反サステナブル”なムードの懸念もありますね。
確かにその脅威は感じますが、その一方で“それではいけない”というカウンターのパワーもきっと沸き起こってくるのでしょう。前回、トランプ大統領がパリ協定を脱退した際も米国内の自治体や企業、民間団体による共同キャンペーン「We Are Still In(我々はまだ批准している)」という運動が立ち上がりましたよね。
― 最後に、今後の「FRaU」の展望や果たしていきたい役割についてお聞かせください。
直近5月に発売する号では「多様性」をテーマにする予定です。生物多様性やダイバーシティ&インクルージョンなど捉え方はいろいろありますが、いずれにせよ多様性のある世界はレジリエンスが生まれて強い。多様性の意義や重要性を理屈っぽくならず、また押しつけにならずに、一冊を通した流れや読後感にもこだわって、皆さまへお届けしたいと考えています。
今後も「FRaU」では、サステナビリティや多様性などをテーマに取り上げていくと思います。でも本来はこうした言葉を聞かなくなるくらい、当たり前になるのが望ましいですよね。かっこつけた言い方かもしれませんが、サステナビリティ=当たり前の社会がはやく実現してほしいし、その一助になれればと思っています。
撮影:加藤千雅