他者実現こそ、自己実現。NTTデータのヘルスケア共創ラボ責任者が示す、企業パートナーシップのあり方 NEW
ITサービス業界の最大手であるNTTデータ。同社内に2023年、「ヘルスケア共創ラボ」が設立された。業界の垣根を越えて様々なビジネスパートナーと共に、未来につながる新しいビジネスを創造し、生活者の安心安全で幸せな暮らしを実現することを目指している。設立から約2年が経つ現在、様々な企業との共創が始まっている。あらゆる業界で共創が求められている今、企業パートナーシップを成功に導くための秘訣は何か。ラボの責任者を務める矢野高史さんに聞いた。
矢野 高史さん/株式会社NTTデータ 保険ITS事業部 戦略デザイン室長(ヘルスケア共創ラボ責任者)
郵政省(現:かんぽ生命)で10年以上勤務した後、EY、PwC、MicrosoftなどでDXプロジェクトを推進。その後、保険事業部門のコンサル組織立ち上げを依頼され、株式会社NTTデータに入社。社内にヘルスケア共創ラボを設立し、同時に責任者としてヘルスケア&ウェルビーイング領域でビジネス共創活動を開始。業界や官民の垣根を越えて、様々なビジネスパートナーと新たな未来を創造し、生活者の安心安全で豊かな人生の実現を目指している。
真の共創とは「他者実現こそ自己実現」
― ヘルスケア共創ラボが立ち上がった背景を教えてください。
当社はITの技術を活用し、お客様とともにビジネス変革や社会課題の解決に取り組んでいます。コンサルティングからシステム開発、運用に至るまで、様々なサービスを提供しています。当社の特長としては、お客様が民間企業に加え、大手金融機関や地方公共団体も多く含む点です。社会基盤を支えるような大規模な案件を担っている分、社会に与える影響も大きいです。
その中でも、ヘルスケア共創ラボは、保険事業を行う部門内に立ち上げられました。もともと私のチームはコンサルティングを行っていて、お客様先の経営層とお話しする機会が多くありました。その時、お客様が口をそろえて言っていたのが「保険の存在価値が変化している」ということでした。
これまでは、病気や事故にあったときに保障してもらえることが価値とされていました。しかし、近年は“予防”の領域が注目されていて、実際に商品・サービスも開発されています。こうした背景から、当社もヘルスケアやウェルビーイングの分野で、IT技術を活用した支援ができないかと考えました。

― 確かに、保険の価値は変化していますね。
ただ、私たちはヘルスケアの専門家ではありませんから、他社や学術機関の協力が必要です。そこで企業の規模などに関係なく、みんなで新しいモノやサービスを生み出せる場として、ヘルスケア共創ラボを設立しました。
最終的なゴールは、社会課題を解決すること。具体的には、生活者を中心として、様々な産業の人たちが包み込むような形で支える社会を目指しています。その様々な産業の人たちをうまくつなぎ合わせることが、私たちの役割です。
― ラボではどんなことをやっているのでしょうか。
ひとつは、NTT東日本の初台本社にある施設「Wellness Lounge™」です。NTTグループの代表格である東日本電信電話株式会社(NTT東日本)と、研究開発型スタートアップのストーリーライン株式会社と協力しました。この施設では、声や顔、脈などから心身の状態を可視化し、その状態に合わせた飲食メニューや香り、空間などを専用のアプリを通じておすすめします。1年間の実証期間を経て、得られたデータやユーザーの声をもとに従業員ウェルビーイングを始め、様々な生活者のウェルビーイング向上に資するサービス等の事業化を目指します。

また、いま注目しているのは“女性のエンパワーメント”です。ヘルスケアの分野では、女性の存在がキーになると考えています。2025年3月には、ヘルスケア共創ラボ主催で「FemCareTechビジネスコンテスト2025」を開催しました。最優秀賞を受賞したのが、産後女性の身体ダメージをリカバリーするためのオンラインサービス事業を提案した、株式会社CoNCaです。彼らと新しいサービスの検討を始めています。
直近だと、2025年4月13日~2025年5月10日で大阪・関西万博への出展も行いました。詳細は、現在検討中ですが、会期終盤にはメタバース推進協議会と協力して、“デジタルヒューマン”や生成AIを活用して地域創成に繋がる展示を行う予定です。


― そういった企業パートナーシップがうまくいく秘訣は何ですか。
私は、“他者実現こそ自己実現”だと思っています。パートナーシップの目的には、当社のビジネス成長やチームメンバーのスキルアップなど、自分たちのメリットもあります。しかし、最初からそれだけを目的にして活動していたら、誰も振り向いてくれません。
何のために自分たちは成長するのか、何のために自分たちは存在しているのかと問われたら、当社の場合はITの力で社会課題を解決するためです。自分が少しでも手を加えてあげることによって、社会自体が良くなるお手伝いができたらいい。つまり、他者が実現したいことをお手伝いすることが、自分のやりたいことだと思っているんです。
また、パートナーと一緒に活動する時に心がけているのは、“相手がやりたいこと”かどうか。もちろん、お互いが目指すゴールがあまりにもかけ離れている場合、無理に一緒にやる必要はないと思います。ただ、同じゴールを目指す時には、相手が成功するために自分は何ができるのかを考える。それが重要だと思います。
唯一無二のスキルセットが切り拓いたキャリア
― 矢野さんの最初のキャリアは、郵政省(現:かんぽ生命)です。保険の分野に興味を持った背景を教えてください。
私が中学生の頃、父が心臓の病気で倒れてしまいました。母が発見した時には、心臓が5分の2しか動いていない危険な状態。たまたま近所に循環器専門の病院があり、なんとか一命を取り留めました。
もともと父親は生命保険会社勤務、母親は看護師をしていたのですが、仕事を辞めて2人で定食屋をやっていました。父が倒れてからは母が1人で定食屋を切り盛りしながら、父の看病もしていました。定食屋を始める時に銀行から借り入れをしていたので、辞めるわけにはいかなかったんですね。その時に助けられたのが、父がかけていた生命保険でした。
当時は亡くなってから保障が下りることが一般的でしたが、ちょうど特約ができたタイミングで、父が保障の対象になったんです。その保険金のおかげで生活を立て直すことができました。この原体験があったので、将来は保険や生活保障に関係する仕事をしたいと考えていました。
― その中でも郵政省を選んだのはなぜですか。
地域の人の役に立てる仕事がしたかったからです。父が倒れた時、心配して最初に駆けつけてくれたのが町会長さんでした。母がひとりで定食屋をやっていた時も、手伝ってくれる人を紹介してくれて、地域の人たちに支えてもらいました。だからお返しがしたかったんです。国がやっている事業であれば、広く国民の役に立てると考えて、郵政省の道に進みました。
入省後は、主計部門に配属となりました。そこは、保険料率の算定など専門的な数理業務を行うアクチュアリー(保険数理士)が集まっている部門でした。私は文系でしたが、子どもの頃からパソコンオタクで、プログラミングが得意でした。そのスキルを上司が評価してくれて、システムの中枢部分の開発に参加させてもらいました。
私自身、ものづくりが好きでしたし、数学のプロフェッショナルが考えた複雑な数式を、プログラミングで起こして実際に動かすのは楽しかったです。私がかんぽ生命時代に新たに産み出したスプレッドシートを簡単に分散計算するシステムは世間でも話題になりましたし、コンサル時代に同システムのコンセプトを基に新サービスを創成し、保険会社向けに提供しました。
― その後のキャリアも独自性がありますよね。
保険業界とITの知見を活かし、外資系コンサルティングファームでアクチュアリー領域やFinTech分野に携わりながら、RPA導入支援などを担当しました。その後、大手損保会社の業務変革プロジェクトに特別職として参画し、同時期にMicrosoftのグローバルRPA製品の開発にテストユーザーとして携わっていて、そのご縁でMicrosoftへ転職しました。
その後、NTTデータから、保険事業部門の中で新たにコンサルチームを立ち上げたいと相談されました。保険×コンサル×ITのスキルを持つ人材として、ぜひ来てくれないかと声をかけてもらったんです。非常に悩みましたが、そのチームにはかんぽ生命時代に一緒に仕事をした人たちもいて、みんなで共に社会を良くしたいという想いから、最終的に入社を決めました。
現在、私が持っているチームは大きく3つあります。1つは、ヘルスケア共創ラボに取り組んでいるチーム、2つ目は保険業界の業務効率化を支援するITソリューションの開発を行うチーム、3つ目はXRを活用して地方創生を支援するチームです。保険、IT、地域など、これまでやってきたことが、今の仕事につながっています。

数年後につながる活動をパートナーと共に今始める
― 現在、ヘルスケア共創ラボの目標達成率はどれぐらいですか。
実際に社会課題が解決できた状態が100%だとすると、今は20%。ようやく準備ができたような段階です。次に目指す50%では、パートナーのみなさんと一緒に新しいことに取り組み始めるところまでいきたいと思っています。
― この先が楽しみですね。未来に向けて仕掛けていきたいことは何ですか。
最終的に私たちが実現したい姿は、業界・官民を問わずすべての産業の人たちが生活者を中心としたウェルビーイングの実現に力を注ぎ、皆が共に安心安全で幸せな暮らしができる社会です。それを実現するための第1歩としてやっているのが今のこの活動です。
ただ、私たちだけでは絶対に実現できません。一緒にやってくれるパートナーをもっとたくさん見つけて、同じゴールに向かって歩み始める。そのためには、つながっているだけではなく、実際にプロジェクトをスタートさせなければいけません。今年度中には、パートナーと一緒に新しい活動をスタートさせたいと思っています。それが数年後、形になることを期待しています。
文:渋谷唯子
撮影:船場拓真