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未来の時計技術者をゼロから育てる。LVMHウォッチ・ジュエリージャパンの挑戦と、自社アカデミーに込めた想い

未来の時計技術者をゼロから育てる。LVMHウォッチ・ジュエリージャパンの挑戦と、自社アカデミーに込めた想い NEW

2025年4月、LVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社(以下、LVMH W&J)が、自社で時計修理技能士を育成する「ウォッチメイキング アカデミー」を開校した。第一期生として採用された2名の社員は、今後2年間にわたって時計の専門知識と英語を学んだ後、プロの技術者としてLVMH W&Jのメンテナンスの現場で働く。なぜ今、日本でアカデミーを立ち上げたのか。取締役COO・Julie Bourgeoisさんと、アカデミー立ち上げをリードしたカスタマーサービスディレクター・林繁さんにアカデミー設立の背景や思いについて伺った。

Julie Bourgeoisさん/LVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社 取締役 COO(写真:左)
米ボストン大学で金融の修士号を取得。LVMH W&Jでは、財務、法務、IT、サプライチェーン、アフターサービスにおける日々の業務指揮を担当、戦略と改革に注力する。シーメンス、TAG Heuer、LVMHでの職務経験を活かし、グローバル戦略と地域における実務を整合させ、長期的な財務基盤を確立するための戦略策定に深く関わる。

林 繁さん/LVMHウォッチ・ジュエリージャパン株式会社 カスタマーサービスディレクター(写真:右)
時計の販売員として働く傍ら、ヒコ・みづのジュエリーカレッジで時計修理の技術を学ぶ。その後、ブライトリング・ジャパン株式会社に入社。時計修理技能士、技術トレーナーとしても活躍。2023年7月LVMH W&Jに入社し現職に至る。

五感を使ってクラフトの素晴らしさに触れてほしい

― アカデミーの開校に至った背景について教えてください。

Julie Bourgeoisさん(以下、Julie):いくつか理由がありますが、ひとつは、時計修理技能士の採用が難しくなっていることです。スイスでは時計を作る職人が中心ですが、日本では時計を売ったあとのケアに力を入れています。そのため、日本の時計業界では、壊れた時計を正確に直せるような、特別な修理スキルを持った人材が非常に重要になります。

特に私たちの会社の場合、4つのブランド(ブルガリ/ウブロ/タグ・ホイヤー/ゼニス)があり、時計の種類も幅広く、それぞれに対応できる修理技術者が必要です。しかし、日本の人口減少や、そもそも時計の専門学校が少ないことなどから、そういった技術者が不足しています。

― 技術者不足を解決するというねらいがあったんですね。

また、いまの若い人たちには、ウォッチメーカーという仕事の魅力が伝わっていないのかもしれません。これは日本だけでなく、世界的にも同じような状況です。コンピューターに慣れ親しんだ若者にとって、クラフトは祖父や父の時代のものというイメージがあります。

しかし私は、時計産業の未来は明るいと考えています。人が介在するモノづくりは、AIにとってかわることができないもので、今後も存在し続けるでしょう。また、日本は技術を愛し、モノを長く大切に使いたいという思いが強い国だと感じています。

人材の確保は難しいけれども、確実にニーズがある。それなら自社でアカデミーを作ればどうかと考えました。

アカデミーがあるカスタマーサービス&ロジスティクス(CSL) センターには数多くの技術者が在籍している

― なぜ今、日本で立ち上げたのでしょう。

Julie:AIが社会に浸透していく中で、今やらなければ遅すぎると判断したからです。私たちはイノベーションとクラフツマンシップを非常に大切にしています。AI時代だからこそ、若い人たちには五感を使って、クラフトの素晴らしさに触れてほしいんです。

また、日本人は非常に高い技術を持っていることで有名です。アカデミーでは時計技術だけでなく、英語も学びます。今後スイスやオーストラリア、シンガポールなど、世界で活躍できるようなタレントプールを作っていきたいというねらいもあります。

― 自社でアカデミーを設立する意義を教えてください。

Julie:即戦力となる人材の育成ができることです。学費を払ってもらうのではなく、社員として採用。アカデミーで学んだ後は、プロとして当社で働くことになります。そのためアカデミーでは、私たちの仕事であるアフターサービスに特化して、LVMHのブランドの時計も実際に触りながら学んでもらいます。

アカデミーは実際に技術者が働くオフィスと同じフロアにあり、すぐ近くで技術者が働いている姿を見ることができます。自分の学んでいることが、どう仕事につながるのかを体験できるんです。

アカデミー設立に対して熱い想いを語るJulieさん

アカデミーは夢を与えると同時に、お客様への責任を果たすもの

― 林さんがアカデミーに携わることになった経緯を教えてください。

林繁さん(以下、林):私は2023年7月に、当社に入社しました。前職では20年間、時計修理技能士として働いていて、大半はトレーナー業務に携わっていました「自分で時計の学校を作れたら、夢みたいだよな」と考えていたので、入社してすぐJulieからアカデミーの構想を伝えられ、「すぐに着手してほしい」と言われた時は、すごくうれしかったですね。進捗を報告する中で、感極まって涙したこともありました。

― 林さん自身が時計修理技能士を目指したきっかけは何でしたか。

林:漠然と手に職をつけたいとは思っていました。そのなかでも機械ものが好きだったこともあり、時計に興味を持ちました。時計修理技能士という仕事を知ったのは、ある時計雑誌がきっかけです。時計修理用の作業机に、たくさんのツールが置いてあって、小さな部品がいくつも並んでいて。それを見て「めちゃかっこいい」「自分もなりたい」と思いました。

当時、時計の専門学校はまだありませんでしたし、技術者として採用されるのは経験者ばかり。それでも諦めきれなくて、電話帳で片っ端から時計メーカーに電話しましたが、全部断られてしまって。まずは販売員として時計業界に入りました。

販売の仕事をしている間に時計の専門学校ができたので、そこに通い、晴れて修理技能士に。その後はブライトリング・ジャパンに転職しました。トレーナーになったのは、入社して3、4年目の頃です。会社がトレーニングを充実させるため、それまで本国にしかいなかったトレーナーをローカルで持つことになったんです。今回、アカデミーを担当するにあたっても、当時の経験はすごく意味があったと思います。

― 時計修理技能士の面白さはどんなところにありますか。

林:お客様の時計と真摯に向き合いながら、故障がどこにあるのかを探っていくことです。手先の器用さとはまた違うスキルが求められます。

時計は多種多様なパーツが組み合わさってできています。例えば私がいま身に着けている時計には、部品が300個近く入っているんですよ。また、基本構造は同じですが、人によって使い方が違うと一つひとつ状態が変わってきます。それを分解して、丁寧に調整して組み立てていくのがこの仕事です。製造や組み立てとは全く違う種類の面白さが味わえます。

とても小さな部品の数々を取り扱う時計修理技能士には熟練の技術が必要になる

― アカデミーのカリキュラムの特徴を教えてください。

林:専門学校では、時計技術を幅広く学びます。そのため、実際に技術者として働く時には使わない技術や、逆に実務では必要だけれども学校では教わらない技術も出てきます。当アカデミーのカリキュラムを作成する際は、2年間で当社で働くにあたって必要なことをバランスよく学べるということにこだわりました。

― まさに実践で使えるスキルであることがポイントですね。

林:若い人たちの中には、手に職をつけたいという人や、技術に興味がある人がいると思うんです。そういう人たちにとってこのアカデミーは、たった2人の枠だとしても、夢を与えられる存在になるんじゃないかと、Julieはよく言っています。時計業界全体に対しても、夢を与えることになると思います。

一方で、ブランドの視点で考えると、私たちは販売したものの責任を負います。例えば、今まで約1カ月で修理できていたのに、「人手不足のため半年かかります」とはお客様に言えません。自分たちで人材を育成することは、お客様への責任の示し方のひとつでもあると考えています。

長年にわたり時計修理技能士やトレーナーとして活躍してきた林さん。時計の魅力やこの仕事の面白さをもっと多くの若い世代に伝えていきたいと語る

必要なのはオープンマインドとパッション

― 時計技術者の地位向上や業界全体の人材の育成に向けて、LVMH W&Jとして取り組んでいきたいことや、今後の展望を教えてください。

Julie:現在、活躍している技術者は40〜60代が多いので、若い人たちを採用し、技術を引き継いでいくこともアカデミー設立の意義です。また、私たちの強みであり、大切にしているのが働く設備や環境です。自然光が入る明るいオフィスで、ツールも整っていて、1人ひとりにスペースがありますし、リーダーやディレクターも非常に優秀です。こうした環境はウェルビーイングの向上にも重要だと考えています。

時計技術者を目指す若い人に求めるのは、オープンマインドとパッションです。スキルは入社後に学ぶので、柔軟性があり、新しい知識を学ぶことを楽しめる心構えさえあればいいと思います。そして、時計業界への愛や情熱も、仕事をしていくうえで必要だと考えています。

林:当面の目標は、まずは今年入社した2人を、仲間と一緒にプロの技術者に育てていくことですね。あとは、若い人たちに技術を身に着けて仕事にすることの魅力を少しでも広めていきたいです。時計に興味を持つ人が増えれば、その中から仕事にしようと思う人も増えるでしょうし、さらにその中から技術者を志す人が出てくると思います。そういう人たちを少しでも増やしたいんです。

それは私自身、30年近くこの業界で技術者として過ごし、本当に面白かったから。時計修理技能士は、やれば着実にスキルが伸びていく仕事です。時計ファンは世界にたくさんいて、まだまだ時計技術者として生きていくことができる時代です。新しい仲間と一緒に未来をつくっていけたらと思っています。

文:渋谷唯子
撮影:船場拓真

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LVMH Watch & Jewelry

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市場でも最もダイナミックなブランドに数えられる、LVMHウォッチ & ジュエリー事業のメゾンは、
高級時計およびジュエリー & ハイジュエリーの2つのセグメントで事業を展開しています。
卓越と創造、革新の追求こそ、この事業分野におけるメゾンの原動力です。