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職場における「心の健康」とは。心療内科/精神科の医師に聞いた、チーム力を高めるためのコミュニケーション

職場における「心の健康」とは。心療内科/精神科の医師に聞いた、チーム力を高めるためのコミュニケーション NEW

リモートワークの普及によって、非対面でのコミュニケーションが多くなり、以前とは異なる「人間関係の悩み」を抱える人が増えている。上司に相談する際の糸口がつかめないときや同僚や部下の様子が気になったとき、どうすればよいのだろうか。山形県新庄市の「新庄こころのクリニック」院長・池谷龍一先生に、23年にわたる精神科医としての知見から、職場におけるメンタルヘルスケアとコミュニケーションについて伺った。

日頃の何気ない声かけや会話が円滑な関係をつくることに繋がる

― 直接顔を合わせない環境で、コミュニケーションをとる際に気をつけるべきことはありますか。

オンラインミーティングやチャットなどのデジタルツールは、あくまでもコミュニケーション手段のひとつに過ぎません。今後、オンラインでのやり取りがメインになっていくとしても、少なくとも一度は、相手と直接会って話しておくことが大切です。“直当たり(ぢかあたり)”の大切さともいえます。

私たち精神科医は、普段の診療において、初診では特に時間をかけて患者さんの話を聞くことを心がけています。もちろん、初対面で相手と信頼関係を築くのはとても難しいことです。しかし、時間をかけて相手の話を傾聴する、相手と対話を重ねていくという行為が、信頼関係の構築に繋がっていきます。その過程において、相手の心身に変化があったことに気づくことができれば、私たちは相手に対して適切なケアを行える可能性が出てきます。

対話が大切なんですね。会社では、どのような内容や雰囲気を大事にすればいいでしょうか。

上司であれば、日頃の声かけや会話のなかで「何かあれば、いつでも話を聞くよ」という姿勢を示すことが大切ではないでしょうか。特に気になることがなくても、食事やお茶に誘ってみるとよいかもしれません。

最近は価値観の多様化という言葉がよく聞かれるようになりました。たしかに、対人関係における感覚は人それぞれ。いずれにせよ、人と人との間には、サッカーやラグビーのように、オフサイドラインがあるんですよね。つまりは、ほど良い距離感を保つこと、長い目でみることがとても大事です。親しき仲にも礼儀あり、です。

パーソナルスペースという言葉でご説明しましょう。つまり、人はこれ以上他者から近づかれると、拒否感や不快感を抱いてしまう心理的な空間を自分の周囲に持っています。この距離感には、もちろん個人差があります。パーソナルスペースが広い、つまり個人的な空間が敏感な人は、他者との距離を遠くに置いてしまう傾向があります。こういったことは会社内でのやり取りに限ったことではありません。家族、学校、地域内、どんな人間関係においてもみられます。

よって、普段の対話においても、あまり立ち入ったことを聞く必要はありませんが、プライベートなことも相談できる間柄になれれば理想的ですね。特にコロナ禍以降、オンラインでやり取りすることが格段に増えました。でも、普段から向かい合って対話をすることは、やはり大切です。いざというときに相談しやすい関係を築けますし、ハラスメントの誤解や認識の齟齬を防ぐこともできます。

「非言語性コミュニケーション」に現れる大切なこと

チームメンバーや部下のメンタルが気になったときは、どうすればよいでしょうか。

クリニックに来院される患者さんに必ずお聞きする質問に、「食べられていますか」「寝られていますか」のふたつがあります。生活をしていく上で、極めて基本的なことなのですが、メンタルのバランスを崩したときに、変調を来たすことが多いのがこのふたつなのです。もしメンバーの元気がないと感じたり、気になる様子が見られたりしたら、それとなく(このそれとなく、がなかなか難しいのですが)タイミングを見計らって、食事と睡眠を話題に出してみてもいいかもしれません。あくまでさりげなく、がポイントです。

しかし、それらを尋ねたからといって、相手が困っていることを話してくれるとは限りません。むしろ、上司の方や同僚からいきなりそんなことを聞かれても、素直に答えてくれないことの方が多いかもしれません。

では、私たちの診療場面ではどうなのか。私たち精神科医は、診療において患者さんが「何を話したか」よりも「何を話さなかったか」という部分に心を寄せていきます。話しにくい雰囲気があった、話すべき時期ではなかったなど、話さなかった理由はいろいろあるでしょう。いずれにしろ、急かすようにはせず、あえてそこで無理して聞かず、じっと待ってみる。

上司側だとすれば、相談しやすい雰囲気を漂わせておくことが大切です。頼りがいと同時にほどほどのフランクさ、気さくな感じですね。

また、コミュニケーションは言葉のやり取りだけによるものではありません。表情や動作はもちろん、顔色や服装、髪などの身だしなみにも精神状態が反映されます。こうした言語化されない要素を拾い上げていく、つまりはノンバーバル(非言語的な、動作性)なコミュニケーションも意識していく必要があります。

コミュニケーションには、バーバル(言語性)とノンバーバル(非言語性、動作性)の要素があります。人間は、相手の表情や動作などからも相手や周囲に関する情報を得ているのです。つまり、コミュニケーションは五感総動員で行われます。

かつ、ニュアンスや細部にこそ、本質が存在することが少なくない。そして、もちろん、コミュニケーションは相手がいて初めて成立するものですから、相手側の要素(知識、知性、経験、センスなど)も考慮していく必要も出てきます。

ところで、自分で心の不調を感じても、心療内科に相談するのは少しハードルがあるようにも思います。受診した方がよいという症状の目安はありますか。

「食べられない」、「眠れない」、「お酒の量が増えた」などが受診のきっかけの目安になるでしょうね。心療内科では、精神療法(カウンセリング)だけではなく、必要に応じて、患者さんの症状に合わせた薬物療法も行っていきます。また、自宅での療養が必要そうでしたら、診断書を速やかに作成し、仕事をお休みしていただくことも検討していきます。

寄り添う、助け合う、いわば、“風通しの良い雰囲気”が心のバランスを整える

ストレスを抱えるビジネスパーソンができそうな、メンタルケアを教えてください。

難しい質問ですね(苦笑)。残業が多い場合は、まずは残業を減らすことでしょうか。真面目で、いわゆる“いい人”、自分ひとりで物事を背負いがちな人、強すぎる責任感がその人の心に、強すぎるプレッシャーをかけてしまう場面をよく見かけます。上司がさりげなく退勤を促したり、自ら定時で退勤したり、帰りやすい雰囲気を作ってあげるとよいでしょう。

お客様からのクレームに冷静に対応するための方法があれば教えてください。

クレームを受けたとき、無理に冷静さを保つ必要はありません。こちらも人間なのですから。自分の中で生じた感情をお客様から見えないところで同僚や上司に吐き出す、あるいは起こったことを報告する。会社とはそのためのチームでもあるわけです。日頃からお互いに寄り添うことができる、助け合うことができる“風通しの良い雰囲気”をつくり、心の負担のシェアを行えるようにしておくことが大切です。

どうすれば、社内でのコミュニケーションスキルを磨けるのでしょうか。

これも、また難しい質問ですね。まず前提として、コミュニケーションスキルとは、長時間話し続けられることではありません。噺家さんとは違うわけですから、もちろんオチをつける必要もないわけです。また、仕事を遂行するという意味で考えれば、期日までに業務を終わらせることができれば充分だと思います。そして会社のメンバー全員と完璧にかみ合う必要はないと思います。それぞれがそれぞれを、少し許し合いながら受け止めつつ、こちらもボールを投げていくイメージです。

心の健康のために今日から試せる5つの方法

(1)自分なりのコミュニケーション

いつでも、誰とでも、話を弾ませる必要はありません。自分なりの方法でよいので周囲とコミュニケーションを取ること、周囲と関わりを持つことから始めてみましょう。

(2)残業について

「そうは言っても仕事が……」というご意見があるのはわかります。しかし、疲れや辛さを感じたらまずは残業を減らすことを、自分だけではなく、会社のメンバーみんなで考えていきましょう。私たちはロボットでもなければ、AIでもないのですから。

(3)愚痴や弱音を吐きだせる関係、とはいえ…

上司や同僚と、日頃から本音を言い合える関係をつくれればいいですが本音と建て前が日本的なコミュニケーションにおける潤滑油になっていることも否定できません。臨機応変なコミュニケーションを取っていきましょう。

(4)ノンバーバル(非言語的)コミュニケーション

言葉だけなく、相手の表情や服装、普段の行動などに現れる変化を見逃さないようにしましょう。そのためには、“普段の相手”を把握しておくことが大切です。

(5)心療内科/精神科への受診

心療内科/精神科を受診することは恥ずかしいことではありません。心の不調も、体の不調も早期介入が望ましい。私たち精神科医も、心療内科/精神科を受診することの敷居を低くするためには、どうしたらいいか考えていきたいと思います。少し一歩、引いたところで観ていて(診ていて)、何かあれば駆けつけられる体制を目指しています。

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