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ホテルから生まれたブランド― グッチオ・グッチという発明家

ホテルから生まれたブランド― グッチオ・グッチという発明家 NEW

ラグジュアリーブランドの創業者と聞き、まず思い浮かべるのは職人かデザイナーだろう。卓越した技術を持つ作り手か、強い美意識を打ち出す表現者か。ブランドの始まりには、何かを「作る」人間がいると考えられている。それが自然な前提として共有されている。

だが、グッチの創業者グッチオ・グッチは、そのどちらでもなかった。彼の出発点には、工房もアトリエもない。にもかかわらず、彼は20世紀を代表するラグジュアリーブランドの一つを生み出した。

この事実は、ラグジュアリーブランドとは何かという問いを、別の角度から照らし出す。価値はどこから生まれるのか。ブランドを成立させているのは、技術や美意識だけなのか。グッチオ・グッチの軌跡は、その問いに対する一つの答えを持っている。


第1章 ブランドはどこから生まれるのか

ラグジュアリーブランドの歴史をたどると、その多くが特定の「作り手」を起点にしていることがわかる。職人かデザイナーか、形は違っても、ブランドの核心には人間の技術や感性が刻まれている。

例えば、ルイ・ヴィトンやエルメスは前者にあたる。旅行鞄や馬具といった実用品を高い技術で作るところから始まり、その技術が信頼となり、やがて世界中で愛されるブランドへと発展していった。最初にあったのは名前ではなく、作る力だった。

一方、シャネルやクリスチャン・ディオールは後者である。両ブランドが打ち出したのは、技術そのものよりも、時代の空気を切り取る美意識やシルエットだった。人々は服そのものを買っただけではない。そこに宿る価値観や人物像に惹かれ、ブランドを受け入れていった。ココ・シャネルは「女性が働く」という、当時としては非常に稀な価値観を自ら実践した人物だった。

画像:GUCCI 公式サイト

もちろん、技術と美意識は完全に分けられるものではない。だが、多くのラグジュアリーブランドには、工房かデザインか、どちらかを出発点にした足跡がある。そこにはブランドが「何を作ったか」だけでなく、「誰が作ったか」が強く刻まれている。

その意味で、グッチの始まり方は少し異質に映る。グッチオ・グッチは卓越した職人として知られた人物ではなく、デザインの革新で時代を変えた表現者でもない。にもかかわらず、彼は世界有数のラグジュアリーブランドを生み出した。ここに、このブランドの特異さがある。

第2章 ホテルという観察装置

若き日のグッチオ・グッチは、ロンドンを代表する高級ホテル「ザ・サヴォイ(The Savoy)」でポーターとして働いていた。後に世界的なラグジュアリーブランドを生み出す人物の出発点としては、少し意外に映るかもしれない。工房で技術を磨いていたわけでもなければ、アトリエで新しい服の形を模索していたわけでもない。彼が身を置いていたのは、作る現場ではなく、使う人々が集まる場所だった。

ホテルには、貴族や富裕層、各地を旅する人々が出入りする。そこでは単に高価な品物が見られるだけではない。どのような鞄を持ち、どのような装いで現れ、どのような所作でそれを扱うのか。モノは単体で存在しているのではなく、持ち主の階級や趣味、移動の仕方と結びつきながら現れる。ラグジュアリーとは商品の属性ではなく、それが使われる文脈の中で初めて姿を現すものだった。

画像:GUCCI 公式サイト

この視点は、ラグジュアリーを作る側にいると見えにくい。素材を選び、縫製の精度を上げ、より良い品を仕上げることに集中していれば、価値とは製品の中に宿るものに映る。だがサヴォイで客を迎えるグッチオ・グッチが目にしていたのは、それとは異なる回路だった。価値は作られるのではなく、特定の人々の間で繰り返し使われることで成立していた。彼が観察していたのは、商品ではなく、その成立の条件そのものだったと言える。

グッチというブランドが少し異なる起点を持っているとすれば、ラグジュアリーを作ることより先に、価値が成立する場にいた点だろう。何が人を惹きつけ、何が権威として機能するのか。その問いはホテルという場所で、グッチオ・グッチの中に蓄積されていった。

第3章 ラグジュアリー文化の中心

では、グッチオ・グッチがホテルで目にしていたラグジュアリーとは、具体的にどのようなものだったのか。20世紀初頭のヨーロッパで上流文化の象徴とされていたのは、単に高価な服や宝飾品だけではない。乗馬、クラブ文化、狩猟、旅行といった生活様式そのものが、階級や洗練の感覚を伴いながら共有されていた。

これらは英国ジェントルマン文化と深く結びついている。馬に乗り、クラブに集い、狩猟や保養のために移動する。そうした暮らしは、日常の振る舞いから持ち物の選び方までを含めて、一つの様式を形づくっていた。どの鞄を選ぶか、どの靴を履くか、どの場にどのような装いで現れるか。それらは個人の趣味というよりも、同じ階級に属する者たちの間で共有された、無言の規範だった。

現在ではイタリアはファッション大国として知られているが、グッチが創業した1920年代には、まだそのイメージは確立されていない。ラグジュアリー文化の中心として強い存在感を持っていたのは、むしろフランスと英国だった。フランスがオートクチュールによって洗練を体系化していたとすれば、英国は上流階級の生活様式そのものを通じて、別の形でラグジュアリーを体現していたと言える。

画像:GUCCI 公式サイト

一方のイタリアは、まだ国全体として強いファッション権威を持つ段階にはなかった。むしろ高級な素材や皮革製品、職人技術といった生産の土壌に強みを持つ国だった。「メイド・イン・イタリア」が世界的な価値を持つようになるのは、まだ先のことだった。グッチが登場した時点では、イタリアはラグジュアリー文化の中心というより、それを形にする技術の側にいた。

ここで重要なのは、グッチがゼロから価値を作り出したのではないということだ。彼が向き合っていたのは、すでに社会の中で権威を持っていた文化だった。乗馬や旅行にまつわる持ち物、クラブや社交の場にふさわしい装い。そうしたものは、単なる趣味ではなく、上流であることを可視化する記号でもあった。

グッチというブランドの出発点に英国文化の影が見えるのは、このためである。それは英国の服をそのまま作ったという意味ではない。ラグジュアリーとして何が機能しているのかを考えたとき、彼が参照した対象の一つが、英国上流社会の生活様式だったということだ。ホテルという場所で彼が見ていたのは、まさにその権威が実際に使われている場面だった。

第4章 文化がブランドになるとき

だが、文化はそのままではブランドにならない。乗馬や旅行、クラブ文化といった生活様式がどれほど権威を持っていたとしても、それだけでは商品として流通しない。ブランドになるためには、文化が目に見える記号へと置き換えられる必要がある。

グッチの面白さは、まさにそこにある。グッチオ・グッチが参照したのは英国上流社会の生活様式だったが、それを英国ブランドのように再現したわけではない。生活の全体を移植するのではなく、その中にある象徴的な要素をすくい上げ、商品へと変えていった。

その象徴的な例が、ホースビットやローファーである。ホースビットが示しているのは、単なる装飾ではない。馬具という具体的な道具に由来しながら、それを日常の装いに持ち込むことで、乗馬という生活様式の断片を切り出している。一方でローファーは、上流階級の装いと結びつきながらも、フォーマルとカジュアルの境界を横断する靴として機能する。いずれも、特定の文化に属していた価値を、別の文脈でも機能するように再配置している。

画像:GUCCI 公式サイト

この変換を通じて、文化はモチーフになり、モチーフは商品になり、商品はブランドの記号になる。グッチにおいて重要だったのは、最初から新しい文化を発明することではなかった。すでに人々を惹きつけていた生活様式を観察し、その魅力がどこに宿っているのかを見極め、それを別の文脈で再構成することだった。

ここで効いてくるのが、イタリアの職人技術である。もし英国文化を英国的なまま再現していたなら、それは英国ブランドの模倣に近づいていたかもしれない。だが、グッチはそれをイタリアの素材や技術、製品としての仕上げによって別のものへと変えた。参照元は英国文化にあっても、出来上がったものはグッチという独自のブランドとして受け取られる。その距離の取り方が重要だった。技術は単なる生産手段ではなく、差異化の道具として機能した。

ブランドとは、文化をそのまま売るものではない。文化のどこに価値が宿っているのかを見極め、それを記号として流通させる装置でもある。観察された生活様式は、モチーフへと変換され、商品として持ち運ばれ、やがてブランドらしさとして蓄積していく。グッチが作ったのはバッグや靴だけではない。文化を商品へ、商品をブランドへと変えていく回路だった。

グッチオ・グッチが示したもの

グッチオ・グッチは、卓越した技術でブランドを築いた職人でも、強い美意識で時代を塗り替えたデザイナーでもなかった。彼が行ったのは、すでに人々を惹きつけていた生活様式を観察し、そこに宿る価値を別の形へと変えることだった。英国上流社会の文化をそのまま持ち込んだのではなく、イタリアの技術によって商品へと置き換え、ブランドとして流通させた。その意味で、グッチオ・グッチが残したのは製品のラインナップではなく、文化をブランドへと読み替える視点だった。

画像:GUCCI 公式サイト

この方法は、過去のラグジュアリー史の中だけに閉じていない。現代のブランドにも、よく似た構造を見ることができる。たとえばNIGOやヴァージル・アブロー、藤原ヒロシといった人物たちも、自ら文化をゼロから作り出したというより、既存のカルチャーを観察し、編集し、別の文脈へと運び直すことでブランドを成立させてきた。彼らの仕事が示しているのもまた、ブランドとは単にモノを作ることではなく、価値が宿る場所を見つけ、それを別の形で提示する行為だということである。

ブランドは工房から生まれることもある。デザインから生まれることもある。だが、それだけではない。観察から生まれるブランドもある。グッチという存在が今も面白いのは、その始まりが単なる創業史としてではなく、ブランドがどのように成立するのかを考えるための、一つのモデルとして読めるところにある。

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Brand Information

GUCCI

GUCCI

1921年イタリア・フィレンツェに高級皮革製品専門店として創設したグッチ。
イタリアの卓越したクラフツマンシップとファッションが融合したラグジュアリーブランドとして、約1世紀にわたり世界中の人々に愛され、2021年には100周年を迎えました。