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ブロークコアが変えるW杯ユニフォームビジネス。1.5万円が生む強大アパレル経済圏

ブロークコアが変えるW杯ユニフォームビジネス。1.5万円が生む強大アパレル経済圏 NEW

4年に一度、世界を熱狂させるサッカーワールドカップ(以下、W杯)。そのピッチの裏側では、スポーツブランドによる数十億ドル規模の戦いが起きている。今、このビジネスの構造を大きく変えているのが、Z世代を中心に爆発的なトレンドとなった“ブロークコア”だ。サッカーシャツにルーズなデニムやスウェット、クラシックスニーカーなどを合わせるフットボールシャツコーデは、ユニフォームをスタジアムの応援グッズから渋谷や原宿の主役級アパレルへと進化させた。スポーツビジネスの枠を飛び越え、グローバルなアパレル市場を揺るがすユニフォームビジネスのリアルを紐解こう。

広告ゼロでも儲かるW杯ユニフォームの仕組み 

普段の欧州ビッグクラブのユニフォームには、数々の巨大な企業ロゴが躍る。クラブはここを一等地の広告看板として切り売りし、年間数十億~数百億円のスポンサー収入を得ており、これがフットボールビジネスの王道といわれている。

しかし、W杯の舞台となるとそのルールは一変。国際サッカー連盟(FIFA)の厳格な規定により、大会中のユニフォームへの商業広告掲出は一切禁止とされ、表示できるのは国のエンブレムと製造メーカー(サプライヤー)のロゴのみ。つまり、ユニフォーム単体での広告枠ビジネスはゼロになる。

W杯ユニフォームの収益はサプライヤー契約で決まる

では、各国協会(日本サッカー協会など)はどうマネタイズしているのか。その答えは、メーカーと結ぶ巨額のオフィシャルサプライヤー契約にある。協会側のメリットとしては、メーカーから億単位の固定契約金を得ると同時に、全代表チームのウェアを無償提供してもらうことで運営コストを大幅に浮かせ、確実な黒字を担保できる点にある。対するメーカー側のメリットは、ユニフォームの世界独占販売権を買い取り、大会を通じた自社ブランドの露出と、その後の物販(リテール)での一発逆転を狙うことにある。

広告が排除されたクリーンなユニフォームは、メーカー側の物販力のみに命運が託されるが、それは極めてスリリングな商業プロダクトだ。スター選手が劇的なゴールを決めるたび、世界中のショップから在庫が消える。しかし、強豪国がグループステージで早期敗退すれば、メーカーは大量の不良在庫の山に泣くことになる。W杯という舞台は、チームの戦績やスター選手の活躍によって需要が乱高下する“一発逆転型”のハイリスク・ハイリターン型商材 なのだ。

このリスクを織り込みながらも、各国協会とメーカーは4年に一度の巨大な経済圏を回すために、綿密な契約交渉を重ねていく。大会前の親善試合から本大会、そして大会終了後の数カ月間にわたる販売ライフサイクルを想定し、緻密なサプライチェーンの構築とプロモーションの計画が同時並行で進められる。

メガブランドの勢力図と“勝負の賭け金”

スポーツビジネス専門メディア「Footy Headlines」の調査によると、出場国数が48カ国に拡大した2026年W杯において、この市場は「アディダス」「ナイキ」「プーマ」の3大巨頭によって約75%のシェアが独占されている。現在の勢力図は、まさにブランド間の覇権争いの真っただ中にある。

長年「ナイキ」とパートナーシップを組んでいた、クリスティアーノ・ロナウド選手を擁するポルトガル代表が2025年から「プーマ」へと契約移行し、事実上の3強時代へと持ち込まれた。対する「アディダス」は、メッシ選手率いるアルゼンチンや、海外でのグッズ評価が高い日本代表との契約をキープし、最多の14カ国を抱えてシェア首位に返り咲いた。さらに、70年以上にわたって「アディダス」と協力関係を築いてきたドイツ代表が、2027年から年間1億ユーロ(約160億円)規模の契約で「ナイキ」へ移行するというサッカー界最大のニュースも起きている。

サッカーユニフォームの原価は1,500円という現実

なぜこれほどまでに、メーカーは巨費を投じて国を奪い合うのか。その理由は、タイトルにある“1.5万円”の裏に隠された利益構造にある。スポーツビジネスのデータ分析で知られるドイツのピーター・ロールマンらのコスト試算によると、店頭価格15,000円前後が主流であるユニフォームの製造原価は、販売価格のわずか10%~12%(約1,500円)に過ぎない。この圧倒的な原価の低さが、巨額投資を支える大前提となっている。

ブランド直営店や公式ECによる直販ルートであれば、小売店への卸売マージンを完全に排除できるため、メーカーの手元に残る粗利益率は極めて高い。1枚売れるごとに1万円以上の莫大なキャッシュを生み出すこのポテンシャルがあるからこそ、年間160億円もの巨費を投じてでも強豪国のパートナーシップを奪取するビジネス的価値が生まれるのだ。

 “ブロークコア”が変えた、サッカーユニフォームの私服化

このメガブランドたちの高投資・高リターンの構造を、さらに盤石なものへと変えたのが、アパレル業界を席巻したトレンド“ブロークコア”である。“ブロークコア”とは、イギリスのサッカー文化を背景に生まれ、古着やユニフォーム、スポーツブランドを中心に構築されたファッショントレンドだ。

最大の功績は、顧客ターゲットをサッカーファンから「サッカーに関心のなかった街の若者や女性」へと拡張し、市場のパイを大きく拡張した点にある。

特にアパレルビジネスの観点で注目すべきなのは、アウェイやサードユニフォーム、そして復刻リミテッドモデルの爆発的なヒットだ。伝統的なファースト(ホーム)ユニフォームは、国やクラブの歴史、伝統色などに縛られ、デザインの自由度が極めて低い。

一方で、ある種の“実験場”となるアウェイユニフォームでは、国のアイデンティティを保ちつつも、ストリートブランドとのコラボやストリートに映えるグラフィックを大胆に採用。さらにファッション性を優先できるサードユニフォームにいたっては、黒やピンク、ゴールド、あるいはヴィンテージ風のタイポグラフィなど、エッジの効いたデザインを仕掛けられる。

若者たちが「普段着として可愛いから」という文脈で、1万5,000円前後のサッカーユニフォームを買い求めるため、メーカーはW杯の勝敗に関係なく、最も利益率の高いバリエーション商品を安定して消化できるようになった。この現象は、これまでのスポーツ物販の常識を覆すほどのことだ。

かつては予選敗退と同時にデッドストック化していたサッカーユニフォームが、今や純粋なファッションアイテムとして消費されていく。スタジアムの熱狂を共有するためのツールだったものが、インスタグラムやTikTokで自身のスタイルを表現するための素材へと昇華されていく。これにより、メーカーはスポーツの勝敗というコントロール不可能な変数から解放され、純粋なアパレルマーケティングの手法で市場をコントロールする術を手に入れたのだ。

“ブロークコア”を一過性のブームで終わらせない戦略

 このブームをさらに強固なビジネス基盤にするために、今後企業側に求められる未来志向の展開は2つある。1つ目は、FIFAや各国協会が保有する知的財産を活用したライフスタイル専用ラインの常設だ。規制の厳しい試合用とは完全に切り離し、最初からストリートでの着用を想定したシルエットの街着コレクションを展開する。具体的には、オーバーサイズやクロップド丈といったトレンド感のあるデザイン、日常使いしやすい上質なコットンブレンド素材などを採用したアパレルとしての提供だ。「アディダス」が「サンバ」や「ガゼル」といったクラシックスニーカーとサッカーユニフォームを合わせるフットボールシャツコーデを提案し、若者の制服と化した手法はその優れた先行例といえよう。

2つ目は、カルチャーの掛け合わせである。すでに「バレンシアガ」や「グッチ」がサッカーシャツを再解釈してランウェイに登場させているが、今後はストリートブランド、音楽アーティスト、さらには気鋭のテキスタイルデザイナーとのコラボも主流になるかもしれない。単にロゴを並べるだけでなく、その街のスケートカルチャーや音楽シーンのストーリーを落とし込むことで、収集価値のあるアートピース(コレクターズアイテム)へと昇華させる。

こうした多層的なアプローチにより、サッカーシャツコーデは一時的なトレンドから、永続的なライフスタイルカテゴリーへと定着していく。ユニフォームは、もはやアスリートのためだけではない。それは、ピッチの熱狂をストリートのエネルギーへと変換する、パワフルなアパレルプラットフォームなのだ。

文:橋田理恵

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