ジェンダーレスファッションの現在と未来。ユニセックスブランドが示す、新しい服とは NEW

今年も6月に、世界的に多様性を祝福するプライド月間を迎えた。既存の性別二元論にとらわれない生き方への注目が高まるなか、ジェンダーレスファッション、いわゆるユニセックスな服づくりは単なるトレンドを超え、極限までデザインを削ぎ落とすことで着る人の本質を浮かび上がらせる領域へと進化している。実はこの進化は、アパレルビジネスの根幹である「市場性」や「在庫設計」にも変革をもたらしている。クリエイションと経済合理性が美しく融合する、モダンで持続可能なアパレルビジネスの未来を探る。
ジェンダーレスファッションが持つ経済合理性
そもそもジェンダーレスファッションとは、性別の枠に縛られず誰もが自由に着られる服のこと。かつて私たちを強く縛り付けていた衣服の性別記号は、今、徐々に薄れつつある 。「男性がウィメンズを着る」「女性がメンズのオーバーサイズを羽織る」といった境界線を一時的にまたぐだけの初期のブームは過去のものとなり、いまやジェンダーレスファッションは、服から過度な装飾や性的な役割を強調するデザインを極力削ぎ落とすことで、着る人自身の生き方や内面、佇まいまで美しく浮かび上がらせる服となった。いわば「着る人の本質が炙り出される服」への進化のプロセスにあるのだ。
これまで一部のファッショニスタや先進的なコミュニティのためのものと捉えられがちだったこの領域は、現在、強固な経済合理性を備えた巨大な定番市場へとその地平を広げている。
ワードローブを共有する、新しいライフスタイル
この市場拡大を根底で支えているのは、現代を生きる私たちの自由でスマートなライフスタイルにある。パートナーや家族とクローゼットをシームレスに共有し、互いのワードローブを行き来するシェアリングの心地よさ。属性の誇示よりも、自分自身の心身がどう快適であるかというウェルネスの選択。社会的な鎧を脱ぎ捨て、本質的なものだけを愛そうとするミニマリズム的な消費行動が、ジェンダーレス市場の新しいインフラへと押し上げた 。
そして、この属性に縛られない服は、アパレル企業のマーチャンダイジング戦略と在庫設計に、これまでになかった効率化をもたらしている。従来の性別ごとに最適化された服づくりは、メンズのいくつかのサイズ、ウィメンズのいくつかのサイズといった形で、ターゲットごとに膨大な最小管理単位、いわゆるSKUを生み出してきた。この構造は、常にどちらかの性別の売れ残りと欠品リスクを同時に抱える原因となる。
衣服の大量生産・大量廃棄の解決が叫ばれる昨今、環境省によるサステナブルファッションの調査報告などでも、こうしたサプライチェーンにおける過剰な供給や在庫のあり方が課題として指摘されている。男女×多サイズ展開を含む複雑な商品構成が、期末残品や在庫ロスの発生につながる要因のひとつと考えられているのだ。
過剰なSKUを圧縮する「ミニマル設計」の重要性
だからこそ、男女の枠を外し、サイズ設計を兼用品へと一本化する試みが今、大きな意味を持つ。分母となる対象顧客層を一気に拡大しながら、将来の在庫廃棄リスクを最小限に抑え込むという、極めて合理的でサステナブルな経営への転換が可能になるからだ。ひとつのサイズでふたつの体型をカバーするシェアサイズや、骨格の差を包み込むユニセックスなパターン。これらを採用することで、企業は総SKU数を劇的に圧縮できる。
先述の調査報告が示す課題を踏まえると、あえて扱う商品の種類を絞り込むアプローチは、サプライチェーンの不確実性を抑える有効な戦略のひとつになり得る。ジェンダーレス化によって商品ごとの生産ロットがまとまれば、工場への発注効率の向上や調達コストの最適化が期待できる。また、性別による需要の偏りに左右されにくくなることで、在庫リスクや値引きロスの抑制にもつながる可能性がある。
売り場の壁を取り払う、リテール空間の洗練
さらに、この変革はリテール空間のあり方も変えていく。メンズとウィメンズという物理的な売り場の壁を取り払うことができれば、店舗の空間表現はより贅沢に、余白を持たせた洗練されたものへとシフトできる。什器の配置や動線設計の制約が減り、ブランドの世界観をストレートに表現できるようになる。ジェンダーレスは、多様性への配慮というクリエイティブな思想であると同時に、極めてスマートで高効率なビジネスモデルなのだ。
巨大サプライチェーンを進化させるユニセックスブランド「MUJI Labo」
このジェンダーレスな商品設計をマスボリュームの市場で成功させたのが、良品計画の「MUJI Labo」だ。
シェアサイズで支持を集めたユニセックスな設計
「MUJI Labo」は「無印良品」の未来のベーシックを生む実験室として位置づけられている。同ラインは、男女のカテゴライズはありながらも、早い段階から性別や年齢、体型に関わらず着られるシェアサイズを展開してきた。2017年のブランド刷新時には、そのユニセックスなサイズ感やクリーンな世界観によって若年層から支持を集めたことでも知られている。
2024-25年秋冬からは、和紙を原料とした独自素材や、ループウィール編み機で空気を多く含ませて編んだコットンなどの上質な素材にこだわり、機能性とデザイン性を両立した試みを次々と投入している。ウィメンズとメンズを分けて男女それぞれの身体構造という差を埋めながらも、着る人自身の個性に寄り添うシンプルなデザインと素材使いは、ジェンダーレスの進化形だ。
無印良品全体を進化させる循環システム
さらに注目すべきは、「MUJI Labo」が持つビジネスの循環システムだ。衣服そのものの主張や装飾を排し型数を絞り込むミニマルな手法をとりながら、どのサイズやシルエットが支持されるかを高精度に検証する。その蓄積された知見や商品開発の成果は「無印良品」全体の商品開発にも生かされているという。
つまり、「MUJI Labo」は単独のスタイリッシュなレーベルにとどまらず、巨大なマスサプライチェーン全体をモダンにアップデートするための実験的な役割を担っているのだ。
モードと機能を融合するジェンダーレスブランド「AUREME」
マスボリュームにおける成功に対し、より高付加価値なモードと機能の融合という領域からジェンダーレスの未来を切り拓こうとしているのが、三陽商会が2026年秋冬シーズンより展開を開始するブランド「AUREME(オーレム)」だ。同社のプレスリリースによると、「AUREME」は“空気をまとい素肌に寄り添う未来のための日常着”をコンセプトに掲げ、デザインやサイズ設計において性別による境界線を設けないクリエイションを行っている。数々のヒットを生み出してきた櫛部 美佐子氏をクリエイティブ・ディレクターに起用したことでも、業界内で大きな話題を呼んだ。
仕立ての技術とハイスペック機能のモードウェア
「AUREME」の最大の特徴は、同社が長年培ってきた高度な仕立ての技術に、現代の都市における気候変動やアクティブな移動に対応するハイスペックな機能性を融合させている点にある。この挑戦は、これまでのジェンダーレス服に多かったスウェットやTシャツといったカジュアルウェアの固定観念を打ち破り、抑制の効いた大人のための高品位なモードウェアへと昇華させる試みでもあり、業界内で注目を集めている。
長く着続けるためのリペアプログラム
さらにブランドの仕組みとして注目すべきは、服を売って終わりにするのではなく、長く愛用してもらうことを前提としたリペアプログラムの存在だ。お気に入りの一着をメンテナンスしながら着続けるサステナブルな仕組みが、ブランドの基本設計としてあらかじめ組み込まれている。
性別という社会的な属性を超え、成熟した大人の肉体や洗練された精神にどこまでも寄り添う。これからの不確実な時代を生きる大人たちの日常着となるであろう「AUREME」の服は、まさに着る人の本質を引き立てる上質な土台。新しい感性と価値観を持つ社会に自らを解き放つ、エポックメイキングな服なのだ。
衣服がもたらす内面の調和とアパレルの未来
男らしく、女らしくという言葉が、衣服の選択基準や企業の企画書から消去された先にある未来。アパレル企業はどのような戦略を築き、生活者と向き合うべきなのだろうか。ここで求められるのは、単に男女兼用の当たり障りのないルーズシルエットの服を作ることではない。衣服というプロダクトを通じて、生活者にどのような生き方の余白を提案できるかという、思想の解像度を極限まで上げることだ。
人間がデザインや社会的な性別記号から自由になったとき、その眼前に残されるのは、その人自身の生き方や美意識という剥き出しの本質だけである。服が主役になるのではなく裏方となり、着る人のアイデンティティを主役に押し上げる。それこそが、これからのジェンダーレスファッションが目指すべき究極のクリエイションなのであろう。
これからのアパレル企業に必要なのは、ビジネスの合理性をバックボーンに持ちながら、生活者に対して、本当の自分自身と調和する心地よさを提示し続けることだ。単にトレンドを消費させ、次のシーズンには廃棄されるようなサイクルを繰り返す時代は終わった。ジェンダーレスファッションが連れてくる未来は、着る人のアイデンティティに静かに寄り添い、共に時を重ねていける人生のパートナーとなること。それこそが、これからの時代における最もモダンで持続可能なアパレルビジネスの勝算であり、私たちが目指すべき美しい未来の姿なのかもしれない。
文:橋田理恵