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なぜルイ・ヴィトンはファレル・ウィリアムスを選んだのか

なぜルイ・ヴィトンはファレル・ウィリアムスを選んだのか NEW

2023年、ルイ・ヴィトンはメンズラインを率いていたヴァージル・アブローの後任として、ファレル・ウィリアムスをクリエイティブ・ディレクターに指名した。この人事は大きな話題を呼んだ。なぜなら、ファレルは一般的な意味でのファッションデザイナーではなかったからだ。

ファレルは音楽プロデューサーとして成功を収める一方で、ブランド運営、商品開発、コラボレーションなど、多様な活動を続けてきた。活動領域は音楽に留まらず、ファッションやアート、ストリートカルチャーへと広がっている。

ただし、ここで注目すべきなのは、ルイ・ヴィトンという巨大ブランドが、なぜファッションデザイナーではなく彼を選んだのかという点である。

企業は人材の何を評価して抜擢するのか。専門性はどのように別領域へ拡張されるのか。ファレル・ウィリアムスのキャリアをたどりながら、「企業から選ばれる人材」とは何かを考えてみたい。


ヴァージル・アブローの後任は予想外の人物

2021年11月、ルイ・ヴィトン メンズのクリエイティブ・ディレクターを務めていたヴァージル・アブローが亡くなった。ストリートカルチャーとラグジュアリーを結びつけ、新しい時代のメンズファッションを切り拓いた彼の存在は、ブランドにとって極めて大きなものだった。当然、その後任人事にも大きな注目が集まることになる。

次は誰が、ルイ・ヴィトンのメンズラインを率いるのか。当時、業界内では様々なデザイナーの名前が取り沙汰されていた。その予想は、ディレクター=デザイナーという従来のファッション業界の枠組みの中で行われていた。

しかし2023年、ルイ・ヴィトンが発表した後任は、多くの予想を覆すものだった。

選ばれたのは、音楽プロデューサーのファレル・ウィリアムスである。

もちろん、彼はファッション業界と無縁の人物ではなかった。しかし、ファレルのキャリアは従来のラグジュアリーブランドのクリエイティブ・ディレクターとは大きく異なっていた。専門的なファッション教育を受け、メゾンで経験を積みながらトップへ上り詰める。そういったファッション界のエリートデザイナーとは、異なるキャリアを歩んできた人物だった。

だからこそ、この人事は大きな驚きをもって受け止められた。

ルイ・ヴィトンほどの巨大ブランドであれば、経験豊富なデザイナーを起用するという選択肢はいくらでもあったはずだ。実際、業界内には十分な実績を持つ候補者たちも存在していた。それにもかかわらず、最終的に選ばれたのはファレルだった。

画像:LOUIS VUITTON公式サイト

興味深いのは、この事実である。

この人事を「著名ミュージシャンの抜擢」として捉えることもできるだろう。しかし、それだけでは十分な説明にならない。

企業は人材を選ぶ時、何を見ているのだろうか。

肩書きなのか。

専門知識なのか。

それとも別の能力なのか。

ルイ・ヴィトンは、単に優れたデザイナーを探していたわけではなかったのかもしれない。ファレル起用は、クリエイティブ・ディレクターという役職に対する期待の変化を象徴する人事だったようにも見える。

その背景を理解するためには、まずファレルが何をしてきた人物なのかを振り返る必要がある。

音楽家を超えた「カルチャープロデューサー」 

ファレル・ウィリアムスを「音楽家」として認識している人は多いだろう。実際、彼は音楽プロデューサーとして世界的な成功を収めてきた人物だ。チャド・ヒューゴと組んだ「ザ・ネプチューンズ」では数々のヒット曲を世に送り出し、自身がフロントマンを務めるバンド「N.E.R.D.」でも、ジャンルをクロスオーバーした新しいサウンドを確立した。

しかし、彼のキャリアを振り返ると、その活動が音楽の枠内だけに留まっていたわけではないことがよくわかる。

2000年代初頭、ファレルはア ベイシング エイプの創業者であるNIGOと共に、ビリオネア・ボーイズ・クラブやアイスクリームといったブランドの立ち上げに関わった。ここで注目したいのは、彼が「ファッションデザイナー」として服づくりを始めたわけではないという点だ。

当時、ファレルは服のデザインや生産に関する専門知識を持っていたわけではなかった。一方でパートナーのNIGOは、すでに自身のブランドを世界的な規模へと成長させていた人物である。この協業は、後のファレルのキャリアを考える上で興味深い。彼は一つの分野に閉じこもるのではなく、異なる才能と協業しながら活動領域を広げていった。

さらに興味深いのは、ファレルとルイ・ヴィトンとの関係が、2023年のクリエイティブ・ディレクター就任から始まったわけではない点である。今から20年以上も前の2004年、ファレルはマーク・ジェイコブスが率いていた当時のルイ・ヴィトンと、サングラスを共同制作している。

画像:LOUIS VUITTON公式サイト

現在でこそ、伝統的なラグジュアリーブランドとストリートカルチャーが手を組むことは珍しくない。しかし当時は、まだ両者の間に明確な境界線があり、今ほど距離が近くなかった時代である。その中でルイ・ヴィトンは、音楽やストリートの文脈を持つファレルとの協業を選んだ。後に彼がメンズラインのトップへ就任したことを考えると、この関係は決して偶然のものではなかったようにも見える。

ファレルの活動領域は広がり続けた。アディダスやシャネル、モンクレール、ティファニーなど、国境や業種を超えた様々なブランドとプロジェクトを展開していった。

こうした足跡をたどると、彼の仕事にはある一つの共通点が見えてくる。

音楽ではアーティストや楽曲の魅力を引き出して世に送り出し、ブランド運営では新しい価値観を提案し、コラボレーションでは異なる分野を掛け合わせる。対象が音からモノへと変わっても、彼は一貫して「新しい価値を成立させる仕事」を続けてきたのである。

その意味で、ファレルの歩みは「音楽からファッションへ転身した物語」として捉えるべきではない。むしろ彼は、音楽、ブランド、商品、コミュニティを横断しながら、人々が熱狂する文化を形にしてきた人物だった。

求められるのは服づくりだけではない 

では、なぜルイ・ヴィトンはファレルのような人物を必要としたのだろうか。

その理由を考える上で重要なのは、クリエイティブ・ディレクターという役職そのものが変化してきたことである。

かつてラグジュアリーブランドにおいて、クリエイティブ・ディレクターの最も重要な仕事はコレクションを作ることだった。優れた服を生み出し、ブランドの美学と世界観を提示することが求められていたのである。

しかし現在、巨大ブランドを取り巻く環境は大きく変わった。

ラグジュアリーブランドは世界中に店舗を持ち、SNSを通じて日々情報を発信している。顧客との接点も、ランウェイや広告だけではない。音楽やアート、スポーツ、エンターテインメントなど、様々な文化との関係性がブランド価値を左右するようになった。

実際、近年のラグジュアリーブランドは、他ブランドのデザイナーだけでなく、アーティストやミュージシャン、スポーツ選手などとの協業を積極的に行っている。ブランドは服を販売するだけではなく、人々が参加したくなるコミュニティや文化を形成する存在へと変化しているのである。

こうした変化の中で、クリエイティブ・ディレクターに求められる役割も広がった。

画像:LOUIS VUITTON公式サイト

もちろん、優れたコレクションを作る能力は依然として重要である。しかし、それだけでは十分ではない。ブランドをどの文化と結びつけるのか。どの人物と協業するのか。どのような物語を発信するのか。そうした判断もまた、ブランドの成長を左右する重要な要素になっている。

ヴァージル・アブローの存在は、ディレクターの役割の変化を象徴していた。アブローはファッションデザイナーであると同時に、DJや建築、アートなど様々な領域を横断しながら活動した人物だった。人々が彼に期待していたのは、服づくりだけではない。異なる文化を結びつけ、新しい文脈を生み出す力でもあった。

そう考えると、ファレルの起用は決して突飛な人事ではない。

ファレルは音楽、ブランド、商品、コミュニティを横断しながら活動してきた。彼が長年培ってきたのは、異なる分野や人々を結びつけ、新しい価値観を形にする力だったと言えるだろう。

ルイ・ヴィトンが求めていたのは、服をデザインする能力だけではなかった。巨大化した現代のメゾンには、ブランドを社会や文化の中で位置づけ、新しい接点を生み出す能力が求められている。そして、その条件に最も近い場所にいた人物の一人が、ファレル・ウィリアムスだったのである。

肩書きの外側にある能力

ファレルはファッションデザイナーではなかった。しかし、ルイ・ヴィトンはその事実を問題にしなかった。メゾンが評価したのは、キャリアの中で培われた能力だったのではないだろうか。

ここで重要なのは、「音楽家がファッション業界へ転職した」という単純な話ではないことである。

もしルイ・ヴィトンが評価したのが肩書きだけだったなら、音楽プロデューサーをメンズラインのトップに起用する理由はない。実際に見られていたのは、その肩書きの背後で何を積み上げてきたのかだったはずだ。

画像:LOUIS VUITTON公式サイト

キャリアを考える時、人は職種名に縛られやすい。 

編集者は編集者。
マーケターはマーケター。
デザイナーはデザイナー。

企業が評価するのは、必ずしも職種そのものではない。その仕事を通して何を身につけてきたのか。その人が持つ能力が、別の環境でも機能すると判断されることがある。

ファレルのキャリアが示しているのは、専門性を捨てることの重要性ではない。むしろ、一つの領域で培った能力を、どこまで別の環境へ拡張できるかである。

ルイ・ヴィトンが評価したのは、「音楽家」という肩書きではなかった。その背後にある経験と能力、そして異なる領域へ価値を広げる力だったのである。

著者プロフィール:新井茂晃 /ファッションライター
2016年に「ファッションを読む」をコンセプトにした「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。自身のウェブサイトやSNSを中心にファッションテキスト、展示会やショーの取材レポートを発表。「STUDIO VOICE」、「TOKION」、「流行通信」、「装苑」、「QUI」、「FASHONSNAP」、「WWDJAPAN」、「SSENSE」などでも執筆する。

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