「朝起きたらパンツが脱げていた」グンゼ・ボディワイルドが営業赤字でも残る理由(前編) NEW

「朝起きたら、パンツが脱げていたんです」。腰ゴムのないボクサーパンツをつくろうとして、最初の試作品をはいて寝た社員の話である。商品としては、ほぼ致命的な失敗だ。ただ、この話が興味深いのは失敗そのものではない。この試作品から製品化までに、グンゼは7年をかけている。2011年に着手し、発売は2018年。50を超えるプロトタイプをつくり、300人に試着させ、ようやく世に出した。それが累計280万枚を超えるヒット商品「AIRZ(エアーズ)」になった。
一枚の下着に、7年--。現在までの28年で、この会社は何を積んだのか。それは、いま何の役に立っているのか。前編ではブランドの開発史や開発姿勢を中心に、後編ではブランド刷新の意義、決算資料に表れるブランドの資産価値に迫る。
グンゼが1998年に立ち上げた国産ボクサーパンツ、ボディワイルド

ボディワイルドは、グンゼのアンダーウェアブランドである。1998年に日本初のボクサーパンツを展開して以降、この市場を牽引してきたパイオニアと位置づけられている。
デビュー時のコンセプトは「カッコ良くて。それでいて抜群に心地よい。」。2024年にブランド初の刷新を行い、コンセプトを「身体(BODY)を自然(WILD)に回帰する」へアップデートした。現在はアウター、レッグ、ルームウェアまで扱うトータルアパレルブランドになっている。
展開するのは1896年創業のグンゼ
グンゼは、2026年8月に創業130周年を迎える。
意外に思うかもしれないが、グンゼは創業時から、下着メーカーだったのではない。京都府何鹿郡(現・綾部市)で生糸をつくる会社だった。生糸から靴下へ、靴下から肌着へと事業を移し、1946年に宮津工場(京都府宮津市)でメリヤス肌着の生産を開始する。ここが肌着メーカーとしてのスタート地点で、2026年はその80周年にも当たる。
現在の事業は4本柱で、インナーウェアや靴下の「アパレル」、プラスチックフィルムなどの「機能ソリューション」、人工皮膚や癒着防止材の「メディカル」、商業施設やスポーツクラブの「ライフクリエイト」からなる。
想定年齢層は20〜50代
ブランドとして特定の年齢層を公表しているわけではない。ただしデビューから28年が経ち、1998年当時に20代だった層はいま40代後半にあたる。実質的に20代から50代までの幅を持つと考えられる。2024年の刷新では次世代のファン層との接点づくりが狙いとして挙げられており、若年層の獲得が課題として置かれていることが読み取れる。
輸入品が日本人の体型に合わない。だから自社でつくった
1990年代の日本のメンズ下着は、ブリーフかトランクスの二択だった。そこに海外ブランドのボクサーパンツが上陸し、下着が「機能品」から「ファッション」へと変わり始める。
ただ、輸入品には明確な弱点があった。欧米人の体型を前提に設計されているため、日本人がはくと収まりが悪い。見た目は洒落ているのに、フィットしない。
ここでグンゼが選んだのは、輸入品を仕入れて売ることではなく、自社で日本人向けにつくることだった。
1999年の立体成型は、イタリア製編機の自社改造で実現
デビュー翌年、グンゼは「立体成型ボクサーパンツ」を開発。裁断して縫い合わせるのではなく、多数の糸を筒状に編み上げて身体の形に沿わせる製法だ。
当時、紳士向けの立体成型ボクサーパンツは市場になく、前例となる技術やノウハウもほとんど存在しなかった。開発チームは世界中の情報を集める過程でイタリア製の最新編機に着目し、これを日本へ導入する。
ここから先が、この会社の性格が出る部分だ。
現地で限られた研修を受けて機械を導入したあと、開発チームは自らプログラムを書き換え、機械そのものに改良を加えていった。当時は「素材がしっかり伸縮するなら、わざわざ立体的な形状にする必要はない」という考え方が一般的だったが、グンゼはそれを採らず、編地の密度や構造まで踏み込んで独自の立体成型技術を確立している。
この改良の蓄積から、身体の凹凸に沿って着用圧を均一に近づける独自技術「3D-MADE」が生まれた。2006年には裾を切りっぱなしにしてもほつれにくい「CUT OFF®」を採用し、2020年には立体成型ボクサーを3D設計で刷新した「3D-Boxer」を投入している。
いずれもパッと見では伝わらない改良で、カタログスペックとして訴求しづらく、価格にも乗せにくい。それでも投じ続けたコストが、このブランドの見えない資産になっている。
そして、この方向に振り切ると当然の副作用が出る。滑らかな光沢とカッコよさを求めて合繊ストレッチ素材に初挑戦したとき、生地の伸びを制御できず、「小さすぎて誰もはくことができないボクサーパンツ」をつくってしまったと同社が明かしている。カッコよさを追えば、はき心地が犠牲になる。肌着の難題そのものに、正面から突っ込んだ結果である。
腰ゴムをなくすのに7年。最初の試作品は朝には脱げていた
冒頭の話に戻る。
AIRZの構想が始まったのは2011年頃。世の中では「ラクさ」「ストレスフリー」への関心が高まり、着用調査でも腰ゴムの締め付けを気にする声が多く寄せられていた。そこで出てきたのが、腰ゴムがなくてもズレないボクサーパンツをつくれないかという発想である。
ただし、物理的な難易度が高い。女性用では腰ゴムのないパンツが既に展開されていたが、男性は女性に比べて腰のくびれがない。ゴムを外せば、当然ズレ落ちる。冒頭の試作品がまさにそれだった。
開発チームは、柔らかい生地で身体に沿わせながら生地全体でフィットさせる構造を研究し、50を超えるプロトタイプを重ねた。
難所は技術ではなく社内の機運づくり
このプロジェクトで注目すべきは、開発チームが「技術以外」に時間を割いていた点だ。
3代目・6代目MDを務めた武安秀俊氏(グンゼ株式会社 アパレルカンパニー MD戦略部 部長)は、AIRZ開発で最も苦労したのは「技術開発そのものよりも、新しい価値を信じてもらうための機運づくりだった」と振り返っている。腰ゴムはボクサーパンツの象徴でもあり、本当に受け入れられるのかという不安の声が社内にあった。
そこで発売前に、社員・一般モニター・得意先バイヤーの計300名に試着を実施している。実際に体感してもらいながら、不安を共感に変えていったという流れだ。
これは開発工程の話に見えて、実際にはマネジメントの話ではないだろうか。前例のないプロダクトは、技術が完成した時点ではまだ通らない。社内と取引先の納得をどう積み上げるかまでを開発計画に織り込んでいたからこそ、7年かけて発売にこぎつけられた。
AIRZは、2025年にもリニューアルされている。従来生地から約8%軽量化し、伸縮性と裾丈の細部を調整。累計280万枚を超えたヒット商品だが、それでも直し続けている。
ゴム3km分の試作と5,000回の引張試験

もう一つ、グンゼの性格が出ている数字がある。
極限の軽さを目指した「EZX」の開発では、理想の軽くて薄いウエストゴムに到達するために、合計3km分のゴムを試作したという。さらに宮津のラボでは、ウエストゴムを元の長さの2倍に伸ばす試験を5,000回以上繰り返し、10年分の使用に相当する耐久性を想定して品質を確認している。
グンゼの商品は、腰ゴムの開発段階でこの社内基準を超えないと商品化できない。ロゴやデザイン、素材によって異なる伸縮性を、それぞれ細かく検証する。
冷静に見れば、これは相当なコストである。1枚のパンツを10年はく消費者はほとんどいない。着脱時にゴムを2倍まで伸ばすことも、通常はない。それでも試験する。
だからこそ、この姿勢がリピートと信頼をつくっている。同社の顧客アンケートでは「はき心地」や品質そのものへの信頼がリピート理由として挙がっており、1日で683件の回答が集まったという。ブランド資産としては明確に効いている。
(後編に続く)
参考・出典
本記事の前編・後編における事実関係はすべてグンゼ株式会社の開示資料・公式発表に基づいています。評価・分析はNESTBOWL編集部の見解です。
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- グンゼ創業130周年キャッチコピーおよびロゴの決定について(2025年9月24日)
- 沿革・歴史
- History of GUNZE – グンゼのあゆみ
- BODY WILD(ボディワイルド)公式ブランドサイト
- 2026年3月期(130期)決算説明資料(2026年5月14日)/IR資料室