バナナの繊維で布づくり!?商社から見たサステナブルの実状と次世代を見据えたデジタル技術導入の狙い|MNインターファッション/企画開発部 部長 米﨑尊路氏インタビュー
ビジネス界のトップランナーのキャリアを「丸ハダカ」にする、新感覚対談「Career Naked」。今回は、株式会社MNインターファッション/企画開発部部長 兼 マーケティング課課長の米﨑尊路氏をゲストに迎えた。大学卒業から一貫してアパレル畑で、海外ブランドとのやりとりも経験豊富な米﨑氏。現在勤務するMNインターファッションは、今年1月に合併を行い、新たな一歩を踏み出したばかりだ。アパレル、および繊維業界の生産の実情や、これからの目標についてNESTBOWL ブランドディレクターの堀 弘人氏が話を聞いた。
米﨑 尊路さん/株式会社MNインターファッション 企画開発部部長 兼 マーケティング課課長
大学を卒業後、三陽商会に入社。大阪支店で営業として4年間活躍後、企画部門(東京)にて、ニットの企画生産を担当。三陽商会退職後、フリーランスの企画生産として独立。その後、オールドイングランド、バロックジャパンリミテッドを経て、三井物産アイ・ファッション(MNインターファッションの前身)に入社。
堀 弘人さん/H-7HOUSE合同会社 CEO ブランドコンサルタント、NESTBOWL ブランドディレクター
米系広告代理店でキャリアをスタートさせ、アディダス、リーバイス、ナイキ、LVMHなど世界的に業界をリードする数々の外資系ブランドでマーケティングディレクターを含む要職を歴任したのちに、大手日系企業 楽天にグローバルビジネスディレクターとして入社。また、国際部門にて戦略プロジェクトをプロジェクトリーダーとして率いてきた。2021年、自身の経験を国内外企業の活性に役立てたいとブランドコンサルティング会社H-7HOUSEを設立。ブランドコンサルタントとしての業務のかたわら、自身もグリーンテックベンチャー企業・PEEL Lab株式会社にてサステナブル事業も推進している。
三陽商会時代、バーバリーでブランド価値の維持の大変さを学んだ
―長年アパレルのお仕事をなさっているとのことですが、キャリアからおうかがいできますか?
新卒で三陽商会に入社し大阪支店に配属され、阪急百貨店の担当に配属されました。バーバリーをはじめ、いくつかのブランドを担当したのち、企画部門に進むため上京することに。配属先はニットの企画生産でした。
いま思い返すとニットでよかったなと。普通のデザイン、企画だと原料に触れる機会が少ない。しかも、原料といっても生地の状態です。でも、ニットは糸から生まれるので、糸を触って、糸からどう編み地(生地)にするかを学び、仕事を進めていかなくてはいけません。そこで5年間、ニットだけではありましたが、バーバリーをはじめ、社外のディレクターと様々なブランドを担当させてもらいました。
―バーバリーとのお仕事で、学んだことを教えてください。
私が在職中に、本国のディレクターがロベルト・メニケッティに変わりました。そのときのリブランディングが私には衝撃でした。お客様とともに高齢化していたブランドを継続させるために、若返りへの刷新をしなくてはいけない。失礼な言い方ですが、最悪の場合、既存の顧客は諦めるという決断をしたわけです。
当時、阪急百貨店のバーバリーは、年間5~6億円くらい売上がありましたが、リブランディングしたとたん売り上げが7~8割まで下がってしまったんです。でもその翌年には、かつての売り上げをはるかに上回る結果がでた。これにはびっくりしました。こうしてブランドはリブランディングしながら、地位を保たなければいけないと学んだのです。
その一方で、旧体制の在庫を販売できなくなるので、それをどうするのかといった問題もありました。在庫を処分したときは税務上、処分した証拠を用意する必要があります。商品を焼き、焼いた場面を写真に撮って提出しないと、証拠にならない。15年くらい前は、それが当たり前に行われていて、衝撃でした。
―なるほど、私も同じような業界にいて事情を知っているので、お気持ちはわかります。その後独立なさっていますが、その経緯は?
バーバリーと三陽商会の契約解消が取りざたされ始めたタイミングで、社外の方から「ブランドの立ち上げを手伝ってもらえませんか?」と誘いを受けました。その後、他からも2、3件のオファーがあって退職を決意し、最終的には会社に入らずフリーランスで企画生産を続けました。その後、オールドイングランドのMDの依頼があって、7年ほど在籍し、最後はブランドディレクターのポジションに。1年に3~4回はパリに渡航しながら、同時に百貨店向けブランドの商品構成のプランニング、生地の開発などもしていました。
合併により、業界トップレベルの繊維商社が誕生。その強みは?
―その後、バロックジャパンリミテッドを経て現職ですね。今年、社名を変更なさっていますが、現職について細かくお聞きかせください。
※編集部注:米﨑氏の勤務していた三井物産アイ・ファッションと日鉄物産の繊維部門の合併により、2022年1月にMNインターファッションが誕生。
OEMも手掛ける繊維商社は、弱体化しているといわれています。大きなアパレル企業は、商社に頼らず自社で資材などを調達することができるようになってきたんです。昔のアパレルは商社を頼って業務を展開していましたが、いまはデジタル化が進んでいます。商社の役割を問われる場面が増え、商社の不要論にもつながっていきました。
ただ、実際にはアパレル企業がすべてを自社でまかなえるのかというと、そうではない。そこはやはり、商社ならではの強みがあります。旧日鉄物産と、旧三井物産アイ・ファッションは、体制が大きく違います。我々はブランド、つまり顧客軸。日鉄は商品軸なんです。軸の異なる2社が融合することで、よりいいパフォーマンスが生みだせるでしょう。合併したことで繊維商社としては業界トップになるので、そのメリットも生かせます。
私たちは川下(※)で顧客(アパレル企業)に近いところにいるので企画力に強く、日鉄は工場があり川上に強くて、アイテムに特化した商品が作れます。2社がタッグを組むことで、新しいものが生まれるのです。
※繊維・ファッション業界では、繊維の原料→糸→生地→製品の生産の仕組みを、川の流れに例えて、分野に応じて川上、川下と呼ぶ。
―そのなかで、自社のブランドをご担当されています。ご自身の部署と、米﨑さんの役割について教えてください。
私は企画開発部にいます。そのなかにマーケティング、商品開発、DX(デジタルトランスフォーメーション)、グローバルビジネスの4課があります。横串の通った組織であり、会社の新しいアセット(資産、財産)を生み出さなくてはいけない部署です。
成果を披露する舞台は展示会。企画開発として商品展示もあればDXも展示しますし、海外に商品展開したいお客様には、そのフォローもします。私はマーケティング課の課長も兼任しており、企画開発部の提案をいかに多くの方に広く知っていただくかがミッションです。
―新しい取り組みとしてD2Cに力を入れていると聞いています。
合併前からD2C(メーカー直販)のブランドを立ち上げたのが大きな実績といえます。商社の作ったものは、どこかのアパレル企業を介して市場に出ていくものなので、直接消費者にわたることはありません。しっかり理由を考えて商品開発をしても、それがアパレル企業に渡ると私たちの主張が重要視されないこともあります。せっかくいいものを作っても、それが訴求できない。だったら自分たちで作ったものは、自分の努力でマーケティングしようとの考えから、D2Cの商品開発が始まりました。素材の良さ、製品のよさを理解してもらうために始めたのが大きな理由です。
―D2Cブランドを持つ意義についてお聞かせください。
いくつもの要素が絡み合っています。アパレル企業は自社で、商社の役割がこなせるようにもなってきた。そうなれば、商社の利益が減ってきますよね。その手立てとしてD2Cブランドが必要となったわけですが、当社の顧客は基本的にはアパレル企業です。そのアパレル企業がやり取りしている消費者と取引先を私たちがわからないままでいるのはいかがなものかと。
私たちが直接、消費者と接点を持つことによって、消費者の思いをより理解できるだろうと考えたわけです。もうひとつはBtoBだけでは、大きな広告を打つわけでもないから、認知を広げるのが難しい。お客様に素材の良さをアプローチするためにも、自身でブランドを持って出ていきましょう、と。
―いまD2Cのブランド数は?
会社が合併して増えまして、開発中のものも含めると12、13ブランドあります。
―年に2回東京ビッグサイトで開催される、ファッションEXPOに行くと、御社のブースのプレゼンテーションの質の高さ、ビジュアルの美しさが目を引きます。特に今回は、社名変更直後だったこともあって、ブースが巨大だったのがとても印象に残っています。展示会の際の困難や生みの苦しみはありますか?
たくさんありますよ(笑)。サステナブルなものを展示したり、取り組みを紹介したりすると、他業界からお問い合わせをいただくことがあるんです。私たちはデジタル上でサンプルを作る子会社、デジタルクロージング(株)を運営しています。そことソフトバンクとの協業の展示物をきっかけに、別のデジタル関連企業など他業界との接点が生まれています。目先のビジネスではありませんが、将来につながるきっかけは作れています。企画開発としては、そうした取り組みを進めていかなくてはいけない。
アパレルのデジタル化が生み出す恩恵はどこにある
―いま、お話に合ったデジタルクロージングでは、取締役を兼任されていますね。そちらの事業についてお聞かせください。
2019年にデジタルクロージングを設立しました。それ以前から、パターンをデジタルで取り込み、デジタル上で洋服を作っています。商社の展示会の場合、サンプルはあくまで来場者の参考資料です。そのため、プロトサンプルとして一回作ったら、それで完成とします。そのサンプルが、多いときは年間に2000点ほどあった。商品として販売はできないけれど、かなりの資産になってしまう。毎年トレンドや新しい素材があるから、サンプルは作り続けなくてはいけないので、これをデジタル化できないかと。また、当社が作っていったサンプルをデータで残していかなくてはいけないとの思いもあったんです。
―いままでのサンプルのデジタルアーカイブですね。デジタルなら場所も取らないですもんね。
廃棄するサンプルの焼却も少なく済みます。実物とコストはあまり変わらないものの、ずっと残るし、現物と違ってデータは複製できるから、営業担当全員が、そのデジタルサンプルをもって出かけられます。大きな荷物を持たずとも、iPadやパソコン一つで、さまざまな商品が提案できる。とはいえ、精度など、まだまだ改善の余地もあります。
―ファッション業界のトレンドで、20年前のスタイルが、また注目されるなんてこともありますから、そういうときに使えますよね!
20年前のパターンが残っているのは将来的に価値になります。パタンナーは昔の仕事を残している人が多いから、昔のシルエットを現代風にアレンジする作業はしている。ただ、その場合、パタンナーの頭の中でイメージはできあがっていても、伝えるのが難しかった。それが、デジタルでアーカイブ化することによって可能になってきたわけです。デジタル上で企業が過去のデータを操作して、簡単におおまかなイメージを作れるようになれば、アレンジがいくらでもできます。次は、その企業側のデータをパタンナーに渡すことで、縫製用の正式なデータが出来上がる。
海外は非常に進んでいます。海外のデザイナーはパターンを非常に深く理解してモノづくりをしている方が多く、昔のパターンを見て、「ここをこうして」とデジタルで操作したデータを、私たちのような企業に渡して、量産用のパターンにしたりしています。デジタルでパターンを作る時代になってきている。海外の素材メーカーも、デジタルの素材データがないと、売れないといいます。
私たちはパーテックス®️、という素材を販売していますが、その素材はすべて3Dでデジタルデータ化してあります。そのデータは、会員ならウェブ上でダウンロード可能。海外は、サステナブル、エコ、エシカルの考え方が非常に進んでおり、パーテックス®️の営業は、いち早くその点に取り組んで実践しています。
急速に日本でも変化がみられるサステナブルへの意識
―諸外国と比べて、日本のサステナブルの意識は変わっていますか?
海外の場合、数年前は「サステナブルな素材で作られているか?」「環境負荷は?」と聞かれていましたが、最近では「最終的に、この生地はどうなるのか?」とよく聞かれます。素材の始まりではなく、「生分解するのか?」「洗濯によってマイクロプラスチックが発生しないのか?」といった、商品を購入後の環境への影響にフォーカスされています。
日本では、サステナブル ファッション エキスポに3回出展して、昨年と今年で、質問が変わってきたことに衝撃を受けました。いままでなら「サステナブルとはなんですか?」と聞かれていたのが、「これはマイクロプラスチックが発生しますか?」とか「生分解しますか? それはどんな状態で? 堆肥原料は必要ですか?」、「C-zero撥水(※)に、撥油がないけれど大丈夫? 洗濯耐久性は?」という質問に変わり、この1年で日本のアパレル関係者にもずいぶん理解が進んでいると感じました。
※シーゼロ撥水/フッ素を含まない環境に配慮した撥水剤
―パラダイムシフトとまで言わないまでも、大きな意識の変化ですね。他社に先駆けて、サステナブルに取り組んできた強みを発揮できるのでは?
変化は強く感じます。日本でもアパレルの方々が、コロナ禍を機に、自分たちの製品に対する責任を考え出したのかなと好意的にとらえています。消費者との接点も持てるようになってきたので、自社のイメージが少しづつ伝わっていくことを期待しています。
まずは「サステナブルのことなら、MNインターファッションに聞け」というところまでいきたい。旧日鉄は広域認定、古物商も取得し、SAC(サステナブルアパレル連合)に加入しているので、非常に進歩的です。タッグを組むことで、サステナブルの背景が一気に加速しています。
―さきほど、数えられないほどブランドがあるとのお話でしたが、そのなかで、サステナブルなアパレルブランドをご紹介ください。
まず、「WA.CLOTH(わくろす)」。生分解する素材で、高機能で軽く、強度が高い天然素材である紙糸からできています。海外の展示会では、日本の素材は機能性を求められることがあるので、紙に着目しました。障子紙や半紙の原料に使われているアバカ(マニラ麻)を使っています。アバカは2~3年で収穫可能。樹木と違って、育成に何十年もかかりません。
ゴールドウインで、紙糸の靴下を作ってもらったら、耐摩耗試験で1万回こすっても穴が開きませんでした。いま、足袋風のシューズがありますよね。あれを履くとき、みんな普通の靴下を履くから、すぐに破れるそうです。それが紙糸の靴下は破れない。耐久性は一番のサステナビリティだと思います。
トレイルランナーからは、ソックスはザラついた質感があるから靴の中で滑らなくて、靴擦れしにくいと好評です。UTMF(ウルトラトレイル・マウントフジ)に協賛していて、ブースを出したところ、愛用者が大勢いらしたと聞いています。ほかに、裁断くずから作る「アンノウト」、動物愛護意識の高いニュージーランド産のメリノウールを主原料とするブランド「アニュアル」、海洋廃棄ペットボトルから原料を作る「マリブシャツ」などがあります。
―サステナブル ファッション エキスポのブースで、壁面沿いにバナナ繊維を使った製品のブースを出展されていて、そこにものすごい数の人が訪れていたのが印象的でした。
「バナナクロス」は、3日間で2000人くらい来場者がありました。製品としてはまだ開発中なので、生地のみ供給しています。非常にサステナブルなブランドの一つですね。バナナの木だと思っているのは大きな茎で一度実がなると、もう二度と実ができないため、一度収穫したら茎の根元から切らなくてはいけません。切った茎は捨てるしかなく、切って生えての繰り返しなので、切った部分を繊維化する事業に取り組んでいます。そのまま捨てていたら土壌汚染にもなり、燃やすとCO2が発生します。
―いまは渋谷109とZ世代に向けた、教育プロジェクトを進めていらっしゃるそうですね。
109ラボという、Z世代のマーケティングをしている活動があり、彼らとサステナブルな取り組みを広げたいと「SHIBUYA109 lab. EYEZ」を始めました。Z世代は、小学校から学校でサステナブル教育が始まっているから知識としては知っていても、どうアクションしていいかがわからないから、どうやってみんなで広げていくかを考えるための活動です。
毎回2、30人くらいの大学生がサステナビリティについて学び、働きかけを考え、なにかを制作します。最初の学生たちは、バナナ素材を使ってエコバッグを制作。みんなでデザインから縫製まですべて考えて、当社の通販サイトで販売しました。前回は古着のリバイバルを掲げているWEGOの取り組もうとしている活動に対して、EYZがなにかできないかとアクションを起こしました。古着に抵抗を感じる若者も多いので、古着を選ぶことがサステナブルな行動だと伝える方法を考えたんです。協力してもらっているリーバイス501®️の輸入クリーニングをしている会社にも訪問しました。
―米﨑氏自身のサステナブルな行動があれば教えてください。
私は結構、古いものを持っていて、それを長く愛用するのが一番かなと思っています。買うときも長く着られるかどうか、価値の下がらないものかどうかを考えます。私たちのD2Cブランドは、基本的に値段を下げません。価格が下がると着る人にとっても価値が下がり、捨てる対象になるので、その点は重要です。そこを一番気にしているし、一番実践しなくてはいけないことでしょうね。商社なのでジレンマもありますが(笑)。今着ているジャケットも、20年以上前から着ています。
―体形が変わらないのもすごいですが、古臭さを感じさせませんね。
トレンドを追ってしまう時期ってありますよね。でも、追ったものは、そのうち着られなくなります。時計でも靴でも、ビンテージってやっぱりいい。WEGOの古着の担当の方が「ビンテージとして価値が出るものしか買わない」と。いまの若い子はそういう買い方をしている。中古の流通も多くて、価値のあるもの、価値が摩耗しないものを買うという若い子は増えている。日本人ならではの、もったいない精神ってあるでしょう。「なぜ、もったいないのか」を考えることが大事。もったいないから長く着られるものを買うというのはすごく大事なことだと思います。
―今後、チャレンジしたいことは?
バーチャルでもリアルと同じ価値のある商品開発ができないかなと考えています。イメージとしては、ショールームにある洋服をデータ化して、そのデータに価値が生まれ、メタバース空間で売買するといったビジネスです。たとえば、初音ミクにリアルな洋服を作ってみたい、着せてみたい。リアルな服をVチューバ―に着せるのって、実はすごく大変で、デジタルで作ったいかにも衣装風のデザインの方が簡単。リアルなものを着せると、なぜか間が抜けて見えてしまうんです。現状はそこが難しいけれど、きっと変わってくると思います。
取材=T.Kawata
撮影=Takuma Funaba
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SHIBUYA109 lab.
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