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リアル世界では出会えなかった人々とのコミュニケーション。メタバースに見出す新しい接客の形や販売チャネルとしての可能性

リアル世界では出会えなかった人々とのコミュニケーション。メタバースに見出す新しい接客の形や販売チャネルとしての可能性

バーチャルマーケットは、来場者が会場に展示された3Dアバターや3Dモデルなどを自由に試着、鑑賞、購入できる、メタバース上で開催される世界最大のマーケットフェスティバル。2020年開催の「バーチャルマーケット4」には、アウディ・ジャパンが自動車業界から初出展。バーチャルでの試乗体験や接客を実現させ、大きな話題を集めたことは記憶に新しい。いかにこの取り組みを実現させたか、出展の効果、バーチャル接客の可能性、今後の展望について、プロジェクトのキーマンであったアウディ・ジャパン須長氏、HIKKY舟越氏のお二人に語っていただいた。

須長 佑允さん(写真左)/フォルクスワーゲン グループ ジャパン 株式会社  アウディ事業部 マーケティング コミュニケーション部 ブランドエクスペリエンス  プロジェクトリーダー
学生時代にスタートアップ企業の立ち上げに参画。その後、制作会社にてプロデューサーとしてさまざまな広告制作に携わる。大手広告代理店へ転職後、複数の輸入車ブランドの広告を担当。現在はアウディジャパンのマーケティング本部に所属し、ブランドエクスペリエンスのプロジェクトリーダーとしてアウディブランドのプロモーションなどを推進している。

舟越 靖さん(写真右)/株式会社HIKKY 代表取締役 CEO
大手通信会社退職後、⾃⾝の夢だったクリエイティブ分野へ進出。数多くのクリエイターを組織化し、ハードウェアからゲーム・アニメ・映画など様々なコンテンツ制作・開発を手掛ける会社を複数社立ち上げた。2018年、その中でもVR事業に特化した「株式会社HIKKY」を設立し、世界中から100万人以上が来場するギネス世界記録™を樹立した世界最大のVRイベント「バーチャルマーケット」を主催。イベント企画運用の他、WEBブラウザ上で動くHIKKY独自のメタバースエンジン「Vket Cloud」を開発・提供し、新時代におけるメタバースソリューションの提供、メタバース参入コンサルティングを実施している。

偶然の出会いが生んだ、アウディ初の電気自動車をバーチャル空間で販売するという発想

須長 佑允さん(以下、敬称略):舟越さんとの出会いは、私の学生時代のサークル仲間が経営するお店でしたよね。食事をしていると友人から声を掛けられ、「先輩が来ている」というので挨拶に伺うと、一緒に座っていたのが舟越さんでした。「すごく面白いことをやっている方だから」とご紹介いただき、伺ったのがバーチャルマーケットのお話でした。ただその時は、出展企業の価格帯がちょっとアウディとは違うかなという気がしたんです。

舟越 靖さん(以下、敬称略):おっしゃる通り、当時はまだファストファッションとか、ゲーム、コンビニとか、どちらかというと普段から馴染みのあるものやリーズナブルな価格帯のものが多かったのですが、そこから先の展望もありましたし、友人からの紹介ということもあってご説明させていただきました。

須長:それから1週間も経たないうちに、私からご連絡したんですよね。ちょうど、アウディ初の電気自動車e-tronの投入が決定したタイミングだったため、バーチャルマーケット、要はオンラインで電気の車を販売したらめちゃくちゃハマるなと。ピンときたというか、僕の頭の中でプロモーションのシミュレーションがぶわぁっと広がったんですよ。とはいえ、何もわからないから時間をつくっていただいて。

舟越:それがコロナ禍前、2019年の後半でしたね。

須長:正直、それまでの僕にとってバーチャルは身近な世界ではなかったんです。オフィスにお邪魔して、ヘッドマウントディスプレイをつけて体験させてもらったら、自分がやりたいこと、やろうとしていることにつながりが見えてきたので、詳しくご説明いただいて。そこから「バーチャルマーケット4」出展の実現に向けて、対社内向けに準備を始めていきました。

舟越:反対に、僕らは自動車業界のことはわからないので、お客様との接点の作り方や試乗体験といったKPI的なお話や、お客様はショールームに入りにくいんだとか、そういうお話を聞くうちに、VR空間、メタバースの中でなら、あんなことができる、こういうこともできるというアイデアが湧いてきて。ディスカッションしながら、知識や情報をいただきながら、こちらも知恵を出して、というのを繰り返していったんですよね。

須長:ドイツ本社から出展の承認を得るには、アウディ ジャパンのマーケティングの責任者が本社にプレゼンする必要があるのですが、その責任者に説明をするのが私だったので。

舟越:つまり、須長さんがその社内の責任者を本気にさせなければならないという。

須長:そのために何度も出し戻しをさせていただきました。「こういうのできませんか」「具体的にどうなりますか」「どれくらいの数値が見込めますか」と、何度も何度も。担当の方は、相当面倒くさかったと思います(笑)。

舟越:そのやりとりを僕は間接的に見ていたのですが、うちのクリエイティブラインは、メタバース市場を自分たちが牽引していくんだという強い使命感を持っているメンバーばかり。出展者の要望は達成すべきだという考え方なんです。なので、実現が難しい意見や要望に対しても、「これは今はできない。でも、どうやればできる?」と知恵を絞り、周囲のクリエイターたちの知識も寄せ集めながら形にしていきました。

しかも須長さんの要望って、自動車業界として洗練された要件なわけじゃないですか。だから僕たちは迷いなくやるべき、実現したら絶対に来場客は楽しいはずだと思えたんですよ。アウディを触ったこともない、お金があっても車に興味がない、そんな人たちに触れてもらうきっかけがつくれたら最高だよねと。実現するとアウディさんのためにもなるし、業界全体のためにもなる。確かにやり取りの多さは過去いちばんだったけれど(笑)、クリエイターのモチベーションは非常に高かったですね。

自動車業界初の事例として、アウディ社の高い要望を叶えるため知を集結して考え抜いたという

出展の決め手はコミュニケーション空間であることへの評価、コロナ禍も後押しに

須長:そう言っていただけるとありがたいです。バーチャルマーケットで発表して、販売する。バーチャルでも販売しているし、リアルでも販売している。そこに販売員もいるという。これは大きな話題になるなとワクワクしました。ただ、諸事情により販売開始が遅れ、結局そのプランは叶わなかったんですけれども。

とはいえ、HIKKYさんと組むメリットというかチャレンジすべきポイントは多かった。たとえば「再現性の高いバーチャル上に自動車を置きます。さらにその車のクオリティも高いです。どうですか」という提案だったら多分出展しなかったでしょうね。それでは物足りない。僕がいちばん感動したのは、VR空間でリアル空間と同じように、自分の後ろや少しはなれた場所の会話が聞こえてくることでした。ショールームに行かなくても、ここで知れる、聞ける、見れるのだと。マーケティング本部の責任者に対して丁寧に説明したポイントでもあります。

舟越:インターネットではできないことですからね。メタバースは、VRの中でのSNSなんです。人々の交流という部分が実はもっとも価値が高くて、皆さんに注目してほしいところなんですよ。それを須長さんが早い段階で理解してくれたことが、いちばんのポイントだったと思います。

須長:今お話した部分と、来場者が日本だけでなく全世界から集まること、英語対応もできること。またアウディ初の電気自動車投入だからこそ、デジタル空間でのコミュニケーションに挑戦すべきだということは、社内でも強く主張しました。そうしているうちにコロナ禍になって…。

舟越:決定打になりましたよね。

須長:びっくりしました。ドイツ本社からも、フィジカルではないコミュケーションをやれという指示が各国に飛んできたのですが、僕らはそれ以前に提案しているから、すんなりフィットした。

舟越:ドラマチックですよね。こちらは正式決定前から出展を前提に準備を進めていたし。そうでないとそもそも難しい要件でしたから。もし仮に本社の承認が下りず実現しなかったとしても、制作しておけば上司の方に後々お見せすることもできる、という感じで。そもそもうちは誰もやっていないことをやる会社。可能性を拓いてくれる須長さんのような人がフロントだし、きっと今後もあるから、やっちゃえって言って(笑)。

バーチャル空間において、人とのコミュニケーションができる点を高く評価したと共に、コロナ禍が追い風となりバーチャルマーケットへの出展を決めた

ブースには世界中から来場者が、SNSもバズる

須長:時間がない中、時間をかけてもできないようなことを、たくさんのクリエイターを集めて「とにかくやろう」と旗を振っていただきました。東京タワーや歌舞伎座、伊勢丹ほか、全ての空間にe-tronを置いて、e-tronにタッチするとアウディブースにワープするという仕組みをつくってくださった。

ドイツ本社がミュンヘン空港で行った特別展示の再現や、試乗体験に呼び込むためのアバター用のレーシングスーツ制作、他にアバター用Tシャツも作りましたね。当社は当社でHPやインスタグラム、YouTubeなども連動させて、多岐にわたる展開となりました。

舟越:海外の人々のSNSのバズりがすごかったですよ。メディア露出も多かったけど。

須長:日本からのアクセスが47%、USAが21%、サウスコリアが7%。他にもチャイナ、カナダ、イングランド、ドイツ、オーストラリア、タイ、香港。うちのブースにグローバルなアクセスがありましたからね。インストラクターも英語で接客したりしましたし。

まだ発売前のイベントでしたし、私はマーケティングの人間です。ですから出展目的は、正しいブランド価値を広めたり、ブランド価値を上げること、そしてAudi初の電気自動車のPRが一番の目的でした。その意味では、チャレンジングであったけれど、理にかなったおもしろい取り組みになったとドイツ本社にも報告しているし、そう理解もしてもらっています。

舟越:須長さんは、実際にブースに顔を出したりしたんですか?

須長:朝とか夜とか、けっこういろんな時間帯に入って、クルマの説明をしたり、説明しているインストラクターを近くで見たり聞いたりしましたよ。

舟越:そうなんだ。すごい!

須長:経験豊富なインストラクターが接客していて、そのフィードバックは毎日受けていましたが、やはり自分も現場を知らなければと思いまして。バーチャル空間でコミュケーションするのが初めてだったので、ものすごく緊張しましたね(笑)。たとえば六本木でプレスメントした時にお越しになるお客様って、車のうんちくを傾ける方も少なくないのですが、ここでは、そういうタイプの方もいれば、ショールームに来たこともない方もいらっしゃって、とても新鮮でした。そういう方がどんなポイントでアウディを見るのかを知れたのもおもしろかったです。何より「この世界にアウディがよく来てくれた」という反響が大きく、うれしかったですね。

アウディが出展した「バーチャルマーケット4」では、Audi e-tron Sportback(車の3Dモデル)がバーチャル空間上に数か所に置かれており、来場者はそれをタッチすることによって、巨大なアウディ特設ブースにワープする仕組みを取り入れた

最初の「体験」や「きっかけ」としてメタバースは有効

舟越:僕がアウディのブースで出会ったお客様で印象に残っているのは、地方の富裕層の方。「地方は新車の試乗体験の時期が遅かったり、忙しいから実施時間中に行けなかったりすることもある。だからここで試乗体験できるのはうれしいし、本当はこの場で購入したいくらいだ」とおっしゃっていました。他にも、「バイク好きなんだけどここに来て車に興味を持った」という方もいましたね。

ただインストラクターが来場者全員に接客できるわけではないじゃないですか。だからそこの動線をしっかりつくれば、もっとすごい流れができたなと。いろいろな気づきがありました。

須長:確かに、アウディのブースに100万人が来場しても、インストラクターがその全員に会えるわけじゃない。同じ空間にいられるのは20人程度でしたよね、確か。車はあるので、試乗体験には自由にどんどん入ってもらえるんですけど。

舟越:1つの空間のキャパは20人前後で設定します。それを超えると新しい空間がつくられる。空間はいくらでも増やせるけれど、でもそこには接客する人はいないという状態になる。ただ、最近その課題を解消し得る技術として、AI搭載キャラクターが登場しています。まだ実験的な段階ですが、これによって新しいコミュニケーション、新しい接客の形が生まれる可能性は大いにあると思います。

須長:販売チャネルとして、メタバースはおもしろいと思っています。今回はあくまでも認知度やブランド価値の向上が主たる目的だったわけですが、今後販売強化を目的として、ディーラーと直接つながるような仕組みができれば、実現できることがさらに広がるのではないかと思います。

「バーチャルマーケット4」への出展から2年経ち、ますます電動化へのシフトという流れが強まっています。今年4月、当社とポルシェジャパンは、日本国内に最大150kW出力の急速充電インフラを拡充する「プレミアム チャージング アライアンス」を締結したのですが、たとえばどれだけ早くチャージングできるのかをメタバース上で体験してもらうなど、いろいろなきっかけづくりができるのではないかと思いますね

舟越:まさに「体験」ですよね。車がある実店舗や施設に行かずとも体験できる素晴らしさ。いくらメディアを通して情報を発信しても、それがどこまで届いているかは不透明です。メタバースなら、興味がある人には体験できるメリットは大きいし、興味がなかった人が車が好きになるきっかけとしてのチャネルにもなるのではないか。PR的な広告アプローチでは難しい「わかった感」が出るじゃないですか。そういう意味では非常に効果的なんじゃないかと思いますね。

「バーチャルマーケット」のアウディブースでは、本社のインストラクター(アバター)が実際の会話を通して車両の解説をしたり、ユーザーに試乗をしてもらい先進的なe-tronのインテリア空間を楽しんでもらう「体験」を提供した

VRから実店舗に誘導するという動線設計も

須長:実は、電気自動車になったことで、インフラ等の懸念から購入を躊躇するお客様もいるんです。でもメタバースで気軽にインストラクターと会話することで、不安や疑問をクリアにすることができるかもしれません。そうやってリードを獲得して、全国のディーラーへ情報提供し、ディーラーと連携して実際の試乗予約も取ってしまう。するとディーラーはお客様の初期情報を持ったうえでアプローチできる。アウディに限らず、さまざまな企業でそういう活用ができるんじゃないかと感じています。

舟越:確かに、VRを使って工程をクリアにしておき、あとはお客様が店舗に行くだけという流れは有効だと思いますね。最初の体験やきっかけづくりをバーチャル上で行って、その先へつなげていく。メタバースやVRはマーケティング革命とも言われているんですよ。今までは商売や遊びに直結させようとして失敗したケースも多かった。でもメタバースやVRの価値のベースはコミュニケーションです。マーケティング視点でいうと、購入に至る途中の工程を踏ませるのがいちばん大変なわけで、そこをVR空間上で体験してもらい、お客様が理解した状態で、工程をスキップしたアプローチをすれば購入につながりやすい。そのアプローチは販売側に任せるという。

須長:中にはメタバース上で車を買いたいというお客様もいると思うんですけど、リアルな試乗をしないまま購入する方はかなり少数派でしょう。ショールームに行かない、興味のない人がメタバースをきっかけに、ショールームに行って実際に試乗してみて購入するというような動線設計はできるんじゃないかという気はしますね。

舟越:むしろ向いていると思います。メタバース上で接客する人をしっかり育成するというのもありじゃないでしょうか。今回はアバターで接客しましたが、デジタル上でならリアル世界では無理な表現もできるわけですよ。たとえばその場でいきなりパッと何か魅せたい商品や材料を手の平の上に出すといったSF映画のようなことも可能なので、いろいろ実験してみるのもおもしろいと思います。

須長:そうですね。より多くの方々にアウディの車を理解していただいて、乗っていただきたいので、そこにつながるきっかけになるようなことができたらと思います。

舟越:実際に、当社と組んでVR接客を導入している企業が増えてきています。そうした企業の担当者の方々が社内で高い評価を受けているんですよ。なぜなら新しすぎて自社内にわかる人が他にいないなか実施することで、一気に会社全体のメタバースリテラシーが上がるからです。その経験が今ある会社はとても有利です。またバーチャルは、介護や自身の病気などさまざまな理由から、普通に出勤するのが難しい人たちが働ける環境をつくっていたりします。そういう意味では、雇用の形が新しくなるし、雇用を増やすことにもつながっていくはずです。

急成長するメタバース需要に対応するためには、僕らがやっているようなバーチャルマーケットを誰でもつくれるようにしていく必要があります。そこで当社は、メタバースの開発キッド「Vket Cloud」の個人や学校、地方自治体への無償配布の実施を決めました。最初は自分の部屋とアバターコミュニケーション。次にお店、場合によっては街をつくる。そんなことが個人でもできるツールです。このツールを普及させ、一般の人たちやクリエイター、企業、地方自治体、学校などを巻き込んでいくことで、メタバースをサスティナブルな産業へと発展させていきたいですね。

撮影:Takuma Funaba

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