自身が思う「美しさ」に対する妥協を許さない。外資系企業PR職を経て独立した、Shun Koyamaさんのセルフブランディング術
国内最大手のPRエージェンシーでコンサルタントとして約4年、その後、外資系大手消費財メーカーでコーポレートコミュニケーションとして約3年の経験を積み、2024年6月からフリーランスとして独立したShun Koyamaさん。現在は会社員時代からクリエイティブディレクターを務めるアパレルブランド「Apartment Three」を運営するほか、インスタグラムやYouTubeといったSNSでの発信も注目を集めている。クリエイションや綴られる文章からも洗練された空気が漂ってくるが、いかにして“Shun Koyama”という人物を作りあげたのか。フリーランスへ転身するきっかけも交えながらクリエイティブディレクターとして大切にしていること、そしてセルフブランディング術について伺った。
Shun Koyama/クリエイティブディレクター
1992年生まれ。神奈川県出身。早稲田大学卒業後、PR代理店、外資系消費財メーカーなどを経て、2024年より独立。アパレルブランド「Apartment Three」のクリエイティブディレクターを務めるほか、コンテンツクリエイター、コミュニケーションプランナーとしても活動の幅を広げる。
Instagram:@shawnkym
自らの力量を試すために外資系広報からフリーランスへ
ー フリーランスとして働くに至るまで、どのようなキャリアを歩まれてきましたか。
大学卒業後は日系のIT企業に入社、新卒2年目でPRエージェンシーに移り、コンサルタントとして4年ほど勤務しました。そこでお世話になったクライアントにヘッドハンティングされ、消費財メーカーの中でも一領域の最大手と言われる外資系企業に転職、コーポレートコミュニケーション(企業広報)担当として約3年間働いていました。プロダクトそのものではなく主力製品カテゴリ全体の啓蒙活動やCSR活動を中心とした広報業務を行っていました。
また会社員として働きながら、2020年からはインスタグラムやYouTubeを通して自分自身を発信することを本格的にスタート、2021年秋からは自身がクリエイティブディレクターを務めるアパレルブランド「Apartment Three」を立ち上げました。
ー コーポレートコミュニケーションは花形のポジションだと思いますが、なぜ退職をしてまでフリーランスとして働くことを選んだのでしょうか。
私自身も2024年1月までは会社員を辞めるという選択肢はまったくありませんでした。しかし、身近な人を亡くしまして。自分が情熱を注ぎたいものは何か、今後どのように生きれば悔いの残らない人生を歩めるか、そんなことを考える時間が増えたんです。
コンスタントに投稿を続けていたSNSも約5ヶ月間離れて気づいたのが、心身の健康を最優先にできる環境を自分の手で整えたい、そして一日でも早く個人としてのポテンシャルを試したいという想いが大きくなっていることでした。そして、2024年6月にフリーランスへ転身しました。
ー 想定外のキャリアチェンジとなった訳ですが、現状はいかがですか。
9月で4ヶ月目になりましたが、途切れることなくお仕事をいただけている現状に感謝しながら働いています。「Apartment Three」のクリエイティブディレクションはもちろん、ムラカミカイエさん率いるブランドコンサルティング・ファーム「SIMONE」でのコミュニケーションプランニングや、クリエイターとして企業から依頼を受けてコンテンツの制作・発信なども行っています。
不安になることもありますよ。ただ、私にはPRパーソンとしてのキャリアがあり、どうしてもクリエイティブ領域で立ち行かなくなったときには、フルタイムの会社員に戻るという選択肢を持っています。とはいえ、その選択肢を保険としてではなく、あくまで新たなことに挑戦する際の追加燃料だと捉えているんです。だからこそ、コンテンツクリエイターとクリエイティブディレクターとしてのお仕事に全力を注げていますし、今を楽しめています。
ー では、フリーランスとして働くうえで大切にしていることは何ですか。
フリーランスに転身してからは一層、お互いが心地の良いコミュニケーションのもとで業務を遂行できるよう心がけています。お仕事というのは、結果や納品物がすべてではありませんよね。そこに至るまでの過程や対話というのも私自身が評価される基準のひとつになり得るので、後ろ盾となる企業に所属していない分、より重視するようになりました。
あとは柔軟さを大切にしながらも、契約内容から大幅に異なる業務を依頼された場合は一度は「NO」と言う勇気を持ち続けるようにしています。依頼主から言われたことに対してすべて「YES」と答えるのは健全なコミュニケーションではないと思いますし、誰も守ってくれないからこそ、意思を明確に示すことはフリーランスとして働くうえで大切なのではないでしょうか。
クリエイティブは“職業デザイナー”にはないバランス感覚で
ー 先ほど自身がクリエイティブディレクターを務める「Apartment Three」についてお話がありましたが、改めてブランドについて教えてください。
クラシックな紳士服を主なインスピレーションソースとしたD2Cブランドです。サイズ展開は男性向けですが、スタイリングは女性があえてマスキュリンな洋服を着たときのようなバランスを意識して提案しています。
国内のメンズアパレル領域において価格帯やデザイン、クオリティ、スタイリング提案といった点で総合的にありそうでなかったポジションを確立するために挑戦している最中です。
ー どのような点にこだわりを持ってお仕事をしていますか。
製品で言うとミニマルなものが多いからこそ、素材とディテールにこだわっています。タンクトップひとつ取ってみても、すでにファストブランドが見栄えの良いものをたくさん展開していますよね。「Apartment Three」は、そういったところでは満たされないニーズ、たとえばボクシーなネックラインだったり、下着見えしない上質な生地だったり、微々たるところに違いを詰めていくようにしています。シンプルなアイテムのなかでいかにブランドらしさを表現できるか、常に考えています。
ブランド運営で言うと、知識としてマーケットトレンドはウォッチしつつ、どんなに流行しそうなものでも、自分が着たいと心から思えない服は作らないというのをポリシーとして掲げています。もちろんビジネスとして成立するのが大前提ですが、パーソナルなプロジェクトであるという側面を失いたくないのと、愛情を込めて生み出されたものとそうでないものとの差はどんなに隠しても滲み出てしまうからです。ありがたいことに、これまでリリースしたものはほぼ完売していますが、世に出した製品が想定よりも市場に受け入れられなかったときは、サイジングやディテールなどどういった点で「Apartment Three」らしさを十分に出せなかったのかを振り返り、翌シーズンに活かすようにしています。
ー 会社員を辞めてクリエイティブディレクターという仕事に専念できるようになった訳ですが、働き方の変化は自分自身にどのような変化をもたらしましたか。
会社員時代は社内外問わず、プライベートで関わる人とは異なる属性の人と接することが多かったですが、現在は趣味嗜好が近しい人に囲まれることが増えました。常にアンテナを張って情報をインプットできるという意味では恵まれた環境である一方、マス的視点が薄れかねないという懸念はあります。
チームの中では受容されうる製品やクリエイティブであっても世間から見たらニッチだと捉えられてしまう、そうなることと洗練されるということが必ずしもイコールではないと思っているので、”職業デザイナー”ではない自分だからこそ持ちうるバランス感覚をより意識するようになりました。
ー マス的視点を失わないように心がけていることはありますか。
「人と街とお店を見ること」「自分の常識を疑い続けること」「自分の感性を信じ続けること」です。後ろ2つは矛盾しているように聞こえますが、多角的な視点で物事を考え選択をしていくうえではとても大切なことだと思います。
順番的には自身の感性を持って欲求を満たそうとする直感のエンジンがまわった後、その製品を受け入れる土壌が出来ているか、世に出すタイミングはいつなのか、実際にどれくらいの人数が「自分のために作られたものだ」と感じてくれるのかなど、各ダイヤルの温度感をチューニングする感覚でバランスを取っています。
自身が手がける意味のある仕事をする
ー インスタグラムとYouTubeでも多くのフォロワーを獲得していますが、本格的にクリエイターとして活動を始めることになったきっかけを教えてください。
コロナ禍へ突入した2020年、自粛要請で外出することが憚られた時にYouTubeへVlog動画をアップしたところ、多くの方達に反響を頂けたことが始まりだと思います。以降、動画で発信する言葉や世界観に共感してくれた方がインスタグラムもフォローしてくれるようになり、クリエイターとしてSNSを活用するに至りました。とは言え、躍起になってフォロワー獲得に専念するということはなく、あくまで自身が美しいと感じた瞬間や共有したいパッションを記録していくことを優先することに変わりはありませんでしたね。
もちろん、SNSが仕事の一部となっている以上、より説得力のある数字を持ちたいという欲が無いと言えば嘘になります。ただ、自身が発信する言葉やクリエイティブに共感してくれる人がフォロワー数という形で増えたらそれに越したことはないかなと思っています。
ー 発信力や影響力が大きくなる中で、最近心がけるようになったことはありますか。
自分軸で美しいと思えるファッションやライフスタイルに関する投稿を引き続き行いつつも、付随するテキストへ込めるメッセージ性は強くなったかもしれません。要は自分が発信することで意味を成す言葉を綴れているかですね。
それは企業とのタイアップ投稿でも同様で、自らが表立って世の中に発信する以上、“Shun Koyama”というフィルターを通したからこそ形になるという確信が持てないものはお受けしないようにしています。偉そうに聞こえるかもしれませんが、それがクリエイターとしての誠意だと思っているからです。自身が手がけて意味を成すことは何なのかを常に問い続け、実践を重ねながら、自分の中の、そしてパブリックな“Shun Koyama”像の解像度を上げていくのがミッションであり、やり甲斐だと感じています。
ー 数々のラグジュアリーブランドのタイアップを手がけるShunさんならではのセルフブランディング術を教えてください。
他者が気づくか否かはさておき、自身が思う「美しさ」に対する妥協を許さないことです。プロダクトやコンテンツクリエイションにおいて最も大切にしていることで、例えば動画コンテンツの制作においては、BGMや尺の長さなど「なぜそれでないといけないのか」を理由付けできるほどこだわりを持っています。
フットワーク軽くファストなコンテンツやプロダクトを生み出し続けるというのは、時代に沿ったやり方なのかもしれませんが、それだけではいわゆる“世界観”と呼ばれるものは生まれないと思います。自分のスキルや感性を詰め込んでこだわり抜いたものをコンスタントに生み出して、初めて自分が信じる「美しさ」の輪郭や譲れないことがはっきりと見えてきます。まずは妥協しないことに慣れることが一番大切ではないでしょうか。
ー 最後に読者の方へセルフブランディングを始めるうえで、明日からできることがあれば教えてください。
自分ないしブランドをどう見せたいかを表すキーワードがパッと思い浮かぶようにすることです。キーワードを定めることで自分が発信するコンテンツや作るプロダクトがオンブランドなのか否かが判断しやすくなります。
その一方で、それに縛られてコンテンツの幅が狭まったり、本来の自分と乖離してしまったりするのは、本末転倒だしサステナブルではありません。あくまで迷ったときに立ち返る指針としてそれらを持ちながら、オンブランドとされる範囲の中でじわじわと自分のコンフォートゾーンを広げていくことが重要だと考えています。
文:芳賀たかし
撮影:船場拓真