「共感」をキーワードに進める、企業風土変革と表裏一体のブランディングとは NEW
株式会社みずほ銀行、みずほ信託銀行株式会社、みずほ証券株式会社など、178の子会社、26社の関連会社を擁する株式会社みずほフィナンシャルグループ。社会インフラとして国民生活を支える反面、度重なるシステム障害も記憶に新しい。そんな同グループのブランディングを担うのが、コーポレートブランドディレクターの祖谷考克さんだ。外資系企業での経験を活かし、ブランドの視点から「企業風土変革」に取り組んでいる祖谷さんに、これまでの歩みや、企業が信頼を回復するために必要なものを聞いた。
祖谷考克さん/株式会社みずほフィナンシャルグループ コーポレートブランドディレクター
1999年、株式会社博報堂に入社。2006年よりTBWA\HAKUHODOに出向し、グローバルカンパニーを中心に、ブランドマーケティング、コミュニケーションデザインに従事。2013年よりアドビ システムズ株式会社に参画し、ビジネスコンサルタントとして顧客のデジタルビジネス推進を支援した後、DX事業のマーケティングとインサイドセールスを統括。2023年10月より現職。〈みずほ〉のコーポレートブランド確立と「企業風土変革」に取り組む。
グローバル企業、外資ベンダーでブランディングを経験
― 祖谷さんはこれまで外資系企業を中心にキャリアを積まれていると思います。最初に入社されたのは博報堂でしたね。
博報堂に入社後暫くしてTBWA\HAKUHODOに出向し、グローバルブランドのコーポレートブランディングを担当しました。プロフェッショナルな経営陣やデザイン部門のトップの近くで、ブランドとしての店舗のあり方やパーシブドクオリティ(知覚品質)はどうあるべきかを考える、貴重な経験をさせてもらいました。
同社のデジタルチームに出向してからは、グローバルのリーダーシップによって変革が進む中で企業が生まれ変わる過程を内部の人間として経験し、社員のマインドの変化も目の当たりにしました。また出向していたTBWA\HAKUHODOのディスラプションというメソッドにも大変影響を受けたと思います。これまでの当たり前や因習を打破し、目指すべき方向にもっていくためのアイディアを探るアプローチで、これは現在の私を形成する基礎となっています。
― アドビではどのような業務を担当されていたのでしょうか。
クライアント企業のマーケティングにおけるデジタル化(DX)戦略や組織、プロセス、人材育成をお手伝いしていたのですが、翻って自社のマーケティングDXはどうなんだという課題が持ち上がり、アドビのデジタルエクスペリエンス事業(BtoB)のマーケティングとインサイドセールスを率いる執行役員 本部長の任に就くことになりました。
当時の日本のB2B業界ではいわゆる「引き合いビジネス」に寄った旧来型のマーケティングに頼る企業が多かったように思いますが、アドビ社は最先端のテクノロジーを持っていましたし、Creative Cloud を扱うBtoC側ではデータに基づき、サブスクリプションの導入や解約リスクを減らすためのアクションも行っていました。そうしたオンラインビジネスの知見をBtoBマーケティングにコンバートしていくという、非常に刺激的なプロジェクトでした。
― 外資系企業ならではの学びもありましたらお聞かせください。
外資系企業だからどうかは分かりませんが、風土としては役職者と社員の距離が近く非常に風通しの良い環境でした。またマネジメントや人事評価も国内企業とは全く異なりました。国内企業では業務で成果を上げると昇進する、つまり「名プレイヤーがマネジメントになる」というのが一般的かもしれませんが、アドビでは「プレイヤーとマネジメントは別物」とされ、プロフェッショナルとしてのマネジメントスキルが当たり前のように求められます。そして、当然ながらマネージャーには達成すべき大きな目標・責任があるのですが、その執行に必要な権限と裁量もしっかりと与えられていると感じました。また経営におけるブランドの重要性についての理解が非常に高く、どうやってブランド価値を高めていくのか、そこへのこだわりを強く感じることが多々あり学びも多くありました。一方でブランド戦略に関する重要な意思決定はどうしても本社主導で進められ、少なからず物足りなく感じるシーンもありました。
そういったこともあり、いずれは国内に本社を構える企業のブランドマネジメントに携わりたいと考えるようになりました。〈みずほ〉へのご縁をいただいたのはその頃です。

インナーブランディングで社内の意識と風土を刷新
― システム障害が続いた時期もありましたが、そんな中でブランドマネジメントに携わるのはハードルが高いように思いますが、入社の決め手は何だったのでしょうか。
当時、〈みずほ〉では企業風土を変革するプロジェクトが立ち上がっていました。社員自らが経営陣に企業理念の見直しを提言し、企業風土や社内のカルチャーを刷新するという姿勢に惹かれるものがあり、〈みずほ〉のブランド価値回復のミッションにチャレンジすべく入社しました。
― 企業風土を変革するために、社内ではまずどのような取り組みを行っていたのでしょうか。
2021年のシステム障害を受け、金融庁からは「言うべきことを言わない。言われたことしかしない」という指摘がありました。それを受けて社員のワーキンググループが立ち上がり、そこで企業風土を変えるための部門の設立が提案されました。これが現在のコーポレートカルチャー室です。
カルチャーとブランドを両軸にして、ボトムアップとトップダウンを繰り返し、対外発信する。そしてその中で得られた社会からの評価を社員に還流させ、企業風土変革のエネルギーに変えていく。この循環構造が非常に好ましいと感じました。
― カルチャーの再構築や社員の意識改革のために、実際に取り組んだ具体的な事例を教えていただけますか。
例えば、みずほ銀行の行員向けに毎週10分ほどのビデオニュースを配信し、日常的に情報共有しています。撮影スタジオには企業理念から生まれたデザイン要素を取り込み、視覚的に企業理念やブランドを身近に感じてもらえるよう工夫しています。
また、中期経営計画で目標として掲げたエンゲージメントスコアとインクルージョンスコアを向上するために、社内コミュニティプラットフォームを導入しました。役員と社員が互いの投稿にリアクションできるようになっています。金融機関特有の縦社会文化に切り込み、「雲の上の人」ではなく同じ行員として役員とフランクに関われる環境をつくることを意識しています。
社内の表彰制度もである「みずほアウォード」も刷新しました。所謂社長賞のようなものですが、以前のみずほアウォードは大口案件を獲得したチームを表彰し、賞状を授与するお堅い雰囲気のものだったのですが、昨年からはパーパスやバリューを体現した行員やチームを表彰するように評価の視点を見直し、さらに授賞を誇れるような表彰式を開催しました。みずほアウォードを目にした社員たちが、自分たちが目指すべき姿とはどういったものなのか、その先にどんな世界があるのかを形にして見せるねらいがあります。
― インナーブランディングに力を入れて進められている印象があります。
キーワードは「ミラー効果」です。外部に発信したものがまわりまわって社内に返ってくる、という考え方で施策の価値を判断しています。使いやすいウェブサイトやモバイルアプリの開発自体も当然重要なのですが、それらを開発する社員であったり、お客さまと接する社員一人ひとりがブランド体験を生み出す一番のコアとなるので、まずは社員が自社の企業理念を理解し共感することが大前提となります。そのためにはインナーブランディングが必要不可欠だと考えています。
「共感してもらえるブランド」へ、社員とともに
― 金融業界ならではのブランディングの考え方や、難しさはあるのでしょうか。
無形商材であり、公定歩合に大きく左右されるビジネスなので、業界内でそこまで大きな差はつけられない、という指摘もあります。ブランドを形づくるのは、お客様にどんな体験をもたらせるかなんです。社員一人ひとりが自分たちのブランドに誇りを持ち、パーパスや企業理念を体現できるかということが、コーポレートブランディングと密接に結びついていると思います。
難しさとしては、企業規模が大きいため一定のタイミングで人事異動があり、社内で専門人材が育ちにくい点があります。そのため私のチームには広告制作の現場でクリエイティブディレクターとして活躍してきたメンバーや、アメリカでデザインを学んだアートディレクター、報道記者・番組ディレクターとしてキャリアを積んできたメンバーを採用し、専門性を発揮してもらっています。
ただ、総合人材として育成することにも意味はあり、部署異動によって社内の様々な業務についての理解が広がり、人的ネットワーク構築ができる分、組織を動かすために必要な業務連携がとりやすくなるのは間違いないとは思います。私たちのような外部からのエキスパートと、会社をよく知るジェネラリストのコラボレーションは大切だと思います。
― ブランドが失った信頼を取り戻すために必要なことは何だと思いますか。
特効薬はないと思いますが、社員が下を向いていたら絶対にブランド再生はできません。一人ひとりがブランドに誇りをもって、ブランドの再生に向けて歩き出す意思を持てるかということに尽きるのではないでしょうか。
一度不祥事が起きると、考え方はどんどん保守的になってしまいます。そうなると少しチャレンジングな企画を提案しても社内で承認されず、なかなか実現に至りません。ですが、だからといって無難なアイデアばかりに手を出していては社員の顔を上げるきっかけを生むことはできないと思っています。少しずつでもクリエイティブな企画を提案し続けることで、徐々にその必要性を理解してくれる社内ステークホルダーが増え、実施ハードルが低くなると信じて企画しています。
― 祖谷さんが考える、〈みずほ〉における理想のブランディングとは何でしょうか。
端的に言うと、共感してもらえるブランドの構築、です。金融機関という社会インフラだからこそ、企業理念の実現に向けて取り組む姿勢を知っていただきたいし、共感していただけたらと思います。
幸い、志を同じくする仲間が増えていて、例えばリテールビジネスにおける顧客体験やサービスクオリティの改善についても相談を受けることが多くなりました。同じ方向を向いてカスタマーエクスペリエンスを作っていく組織作りは、徐々に前進しているという実感があります。
〈みずほ〉には「ともに挑む。ともに実る。」というパーパスがありますが、挑み続けていれば、同じように考えて問題意識を持っている誰かが手を差し伸べてくれます。一緒に境界を広げてくれる仲間が多くなれば理想のブランドの構築に近づけると思っています。
文:大貫翔子
撮影:船場拓真