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思考を巡らせ、真のニーズを探る。靴磨きで世界No.1を獲得した「Brift H」新井田 隆さんの仕事の流儀

思考を巡らせ、真のニーズを探る。靴磨きで世界No.1を獲得した「Brift H」新井田 隆さんの仕事の流儀 NEW

東京・南青山の骨董通りに本店を構えるシューラウンジ「Brift H(ブリフトアッシュ)」。約17年前に創業した世界初カウンタースタイルの靴磨き店だ。現在マネージャーを務める新井田 隆さんは、日本一の靴磨き職人を決める「靴磨き選手権大会2023・2024」で2連覇を果たし、2025年5月にロンドンで開催された世界一決定戦「World Championships of Shoe Shining 2025」で優勝するという輝かしい成績を残した。技術力だけでなく、接客においても妥協せずに最善を目指す姿勢が印象的な新井田さん。靴磨きの仕事を志した理由から、お客様との向き合い方、今後の目標について伺った。

新井田 隆さん/株式会社BOOT BLACK JAPAN 「Brift H」店舗マネージャー
1991年岩手県生まれ。「REGAL SHOES」店舗にて販売員を務めたのち、2012年「Brift H」を運営する株式会社BOOT BLACK JAPANに入社。2021年より「Brift H」青山店店長を務め、現在はマネージャーとして複数店舗を管理しながら後進育成を担当。2023、2024年の靴磨き選手権大会で2連覇。2025年、ロンドンで開催された「World championship of shoeshining」で優勝。

革靴の奥深さに魅了され、シューシャイナーの道へ

新井田さんは「Brift H」に入社される前、販売員をされていたそうですね。

そうなんです。18歳のとき、北海道・旭川にある「REGAL SHOES」に販売員として入社しました。当時は靴に特別な興味があったわけではなく、単に就職先として選んだだけです。でも、新入社員研修で「革靴はきちんと手入れをすれば10年、20年と履き続けられる」と教わり、その価値観に惹かれました。

また、研修で学んだ靴のケアや接客の基本などを実践すると売上につながり、努力が結果に結びつくことにやりがいを感じました。“知識を深めて、もっと成果を出したい”と世界中の革靴に触れるうち、革靴の奥深さに引き込まれていきましたね。

販売員は何年ほど続けたのでしょうか。

約3年間です。販売員をしながら、“革靴に対してなら一生夢中になれる”という確信が芽生えました。そのうち、さまざまなブランドの靴を見たり触ったりしたいと思うようになり、革靴のケアや修理に携わる職人に憧れるように。働き口を探していたところ「Brift H」代表・長谷川の靴磨き動画を偶然発見し、ハイエンドの革靴を磨ける仕事があることに衝撃を受けて、“いつかBrift Hで働きたい”という目標が生まれました。

とはいえ、当時の自分では通用しないだろうと、まずは独学で靴磨きを学び始めました。本や動画などを通じて靴や革に関する知識を深め、長谷川の手つきを真似して実践し、素材や道具を工夫しながら自分なりの磨き方を試すことで、少しずつノウハウを蓄えていきました。

そのご経験を経て「Brift H」に入社されたのですね。

はい。21歳のとき、靴磨き職人になりたい気持ちが高まったタイミングで、履歴書と一緒に「入社したい」という想いを書いた手紙を送ったところ、職人募集のタイミングと偶然重なり入社できました。憧れだった場所で先輩たちに技術を教わりながら、さまざまな種類の革靴を磨けることが本当に楽しかったですね。

靴と人に寄り添う、オーダーメイド感覚の靴磨き

同業他社とは違う「Brift H」ならではの特徴を教えてください。

靴のケアや修理といった、作業そのものに対するこだわりの深さです。作業する際は、靴の特性や履く人に合わせることを意識しています。例えば、かかと修理では使われている素材や塗装の風合いなど、そのブランドに合わせて再現するのが僕らのスタイルです。加えて、履く方のご職業やライフスタイルに似合う磨き方も重視していて、人前に出ることが多い経営者の革靴であれば、光沢を抑えるなどのご提案をすることもあります。

1日最大で8人のお客様の靴を磨く。お客様は、40~50代の経営者からシューズマニアまでさまざまだ

一足ずつ、その靴と履く人に合わせたご提案をされているのですね。この仕事の最大の魅力は何でしょうか。

お客様から、多くの学びを得られることです。特に青山店のお客様は人生経験が豊富な40〜50代の方や経営者の方が多く、そうした方々とカウンター越しに1対1でじっくり話せるのは貴重な機会だと感じています。

お客様から得た学びのひとつが、「継続すること」の大切さ。長くご活躍されている方に共通して見られるのが、辞めても不思議ではないタイミングが何度もあったにも関わらず、続けられて現在に至っていること。諦めずに取り組み続ける姿勢が大事なのだと気づき、改めて背筋が伸びる思いがしました。

常に、お客様には情熱を持って働くスイッチを押してもらっていますね。特に、気合が入ったのは30歳くらいの頃でしょうか。自分を指名してくださる方が増え、それまでやってきたことが認められた気がしましたし、もっと期待に応えたいと思うようになりました。

技術とニーズの把握で掴んだ日本人初の国内・世界二冠

今年5月、ロンドンで開催された靴磨きの世界大会に初出場。出場されてみていかがでしたか。

世界大会では、技術だけではなく芸術性も強く求められることを実感しました。日本の大会では「靴をいかに美しく磨くか」が重視されます。一方、紳士靴の本場である英国だと、ものづくりは芸術性と深く結びつき、そこで開かれる世界大会もまた「靴磨きを通じて一足の芸術品を生み出すこと」がテーマなのだと気づきました。

だからこそ、大会の応募(書類審査)に必要な「磨き上げた靴の写真」は、それを審査する現地の人々の感性に寄り添うことにしたんです。靴そのものも審査対象になると考え、約100年前にフルオーダーで作られた「ビスポーク」と呼ばれる一足を借り、そこに現代的な磨きを施すというアプローチで仕上げました。のちに、現地の審査員の方がその意図を汲み取ってくれていたことがわかり、うれしかったですね。

「World Championships of Shoe Shining 2025」の競技ルールは、制限時間内(20分間)で、新品の靴の片足を磨き上げるというもの。評価基準には靴の光沢感やグラデーションから、磨く所作なども含まれる

見事に優勝されましたが、主な勝因は何だったのでしょうか。

綺麗に磨き上げるだけでは、他の出場者たちとの明確な差を出せないと思い、「誰もやっていないことをしよう」と考えた末、ソールまで磨くというアイデアを思いつきました。ものづくりで芸術性が重視されることから、英国の靴屋ではソールまで美しく磨かれた革靴がディスプレイされていることがあり、そのことを思い出したんです。結果、これが思惑通りに差をつける要素となったようで、審査員の方からは「ソールまで磨くなんてクレイジーすぎる」「まさに真のチャンピオンだ」といった褒め言葉をかけてもらいました。

世界大会で磨き上げた靴。ほかの出場者と明確に差をつけるために考え抜いてひらめいたのがソールまで磨くというアイデアだった

高い技術力に加え、書類審査~大会本番まで、新井田さんの思慮深さや考え抜く姿勢、独自のアプローチが大きく奏功した印象です。

私は普段の仕事でも、一人ひとりのお客様と向きあう中で「相手の求めているもの、本当に望んでいることは何か」を深く考えるようにしているんです。

例えば、お客様にとって理想の仕上がりにするためには、“お客様の好み”を把握することが不可欠です。当店は、靴好きのお客様にも多くご利用いただいているのですが、靴好きとひと口に言ってもその理由や度合いは人それぞれ。共感できる部分もあれば、自分の知識や感覚では理解が及ばない部分もあり、その人ならではの好みを理解するのは簡単ではありません。

そこで私が行うのが、会話や雰囲気、ご職業などからさまざまな情報を引き出し、真のニーズや好みを理解すること。お話が好きな方もいれば、あまり多くを語らない方もいらっしゃいますが、どのようなお客様でも言葉の奥にある真意を汲み取り、好みを的確に捉えられるようにしたいと考えているんです。

そうした、日頃から行っている相手の真のニーズや潜在的な部分まで自分なりに探る姿勢や思考法を、大会にのぞむ際にも活かすことができたのではと思います。

靴磨きの技術・文化を絶やさずに繋いでいきたい

日本人初の「国内・世界二冠」は、新井田さんの努力と探求心の賜物です。新井田さんのモチベーションは何でしょうか。

ひと言で言えば、“業界愛”に尽きます。僕は目の前で靴を輝かせることでお客様に喜んでいただけることや靴磨きに携わる人たちが好きなので、”この業界を守りたい”と思っています。だからこそ、そのために必要な苦労ならば、まったく苦になりません。

たとえ思うような結果が出なくても、自分の行動が業界の礎に少しでもなればいいなという気持ちでいます。それほどまでに靴磨きの文化を絶やしたくないし、もっと多くの人に広めていきたい。その先で、僕自身も靴磨きをずっと続けていきたいです。

靴磨き業界を守るために、どのような取り組みを考えておられますか。

靴磨きをひとつの文化として広める活動に、さらに力を入れていきたいですね。特に次世代を担う若い世代にも興味を持ってもらえるよう、靴磨きをよりファッショナブルで魅力的に見せていきたいと考えています。

また、ここ数年は後進の育成にも力を注いでいます。お客様の好みを汲み取る力や接客のあり方など、伝えるべきことはたくさんありますが、なかでも重要なのは技術の継承です。そこで、社内では共通言語をつくる取り組みも進めています。これまで僕らが感覚的に身につけてきた技術を言語化することで、「なぜその磨き方をするのか」がより明確になり、教える側の成長にもつながります。こうした取り組みを通じて日々研鑽を重ねながら、これからも高い技術とサービスを世界に届けていきたいです。

文:流石香織
撮影:船場拓真

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