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国立を満員にした「東京2025世界陸上」の伝え方と時代の追い風。スポーツがカルチャーになった舞台裏とは

国立を満員にした「東京2025世界陸上」の伝え方と時代の追い風。スポーツがカルチャーになった舞台裏とは NEW

2025年9月13日から21日まで、東京・国立競技場を中心に開催された「東京2025世界陸上」。大会9日間を通じた国立競技場の総入場者数は61万9,288人を記録し、1991年開催の東京大会における58万1,462人を上回る結果となった。ほぼ連日満員となった背景には、緻密な戦略と各団体との連携、そしてスポーツがカルチャーになった時代の追い風が見えてくる。今回の成功を支えたキーパーソンである公益財団法人東京2025世界陸上財団(以下、世界陸上財団)の大内悠資さんと細倉浩司さんに、スタジアムを満員にし、スポーツを「競技」から「カルチャー」へと押し上げた大会の舞台裏を伺った。

大内 悠資さん/公益財団法人東京2025世界陸上財団 業務室広報・メディア部コミュニケーションディレクター(写真:左)
立教大学卒業後、楽天グループ株式会社に入社。同グループの野球・サッカーチームにおけるスタジアム集客業務に従事。2017年からは、ラグビーワールドカップ2019組織委員会にてチケット販売戦略の策定やチケット販売・集客を推進し、販売率99.3%という大会史上最高の成果を達成。大会終了後は、名古屋グランパスのマーケティングや広報の管理職を歴任し、独立。データドリブン×独自のノウハウでスタジアムやアリーナの満員を支援する「フルスタジアムラボ」を立ち上げる。2024年5月、公益財団法人東京2025世界陸上財団に参画し、広報やプロモーション、フルスタジアムにするためのチケッティング、集客戦略全般を担当した。

細倉 浩司さん/公益財団法人東京2025世界陸上財団 業務室 業務開発部 コマーシャルディレクター(写真:右)
上智大学卒業後、ミズノ株式会社に入社。得意先の販売促進企画等を担当後、1998年長野冬季オリンピックに向けた全社プロジェクトを立ち上げ、ゴールドスポンサー第1号契約を締結。1995年に日本オリンピック委員会(JOC)に転職し、長野1998冬季大会で学んだ知識や経験を参考に、JOCの新たなマーケティングプランを開発し推進。2014年から3年間、東京2020オリンピック・パラリンピック大会組織委員会にマーケティング局次長として出向。その後JOCの常務理事・事務局長を務める。2024年4月、公益財団法人東京2025世界陸上財団にコマーシャルディレクターとして参画し、スポンサー獲得とスポンサーサービス等のコマーシャルオペレーションを担当。

想定以上の成果を生み出す、組織を超えた連携の力

― 「東京2025世界陸上」では、チケット販売約58万枚、総入場者数61万9,288人と国内最多の観戦者数を記録しました。この結果をどのように受け止めていらっしゃいますか。

大内 悠資さん(以下、大内):一言でいえば、想定以上の成果でした。運営スタッフだけではなく、大会を指揮する東京2025世界陸上財団の尾縣 貢会長、武市 敬事務総長や陸上競技の国際競技連盟であるワールドアスレティクス(以下、WA)のセバスチャン・コー会長、公益財団法人日本陸上競技連盟(以下、日本陸連)の有森裕子会長なども「大成功」とおっしゃっていて、誰もがここまでの成果を予想していなかったのが正直なところだと思います。

細倉 浩司さん(以下、細倉):大会の1か月前まではまだ盛り上がりに欠けていましたが、大会が始まる9月に入って各メディアが話題に取り上げはじめ一気に火がつき状況が一変しましたね。私たち運営側は会場内の様子を直接見られませんでしたが、公式グッズ販売店や飲食売店などで初日から品切れが発生してしまったとなったことで予想を上回る盛り上がりとなったことを実感しました。

― 想定以上の成果につながった主な要因を教えてください。

大内:関係者全員で一丸となって「国立競技場を満員にする」という高い目標を追いかけ、着実に達成していったことが大きいと思います。大会の運営資源は限られていたため、組織内にとどまらず、東京都さんや日本陸連さん、TBSさんなど多くの関係者と協力し合いながら課題を整理し、力を合わせて乗り越えました。その努力や工夫が積み重なった結果、大会全体の気運を高めることに成功したのだと考えています。

― フルスタジアムを目指すうえで、まずどのようなコミュニケーション設計やターゲット設定を行ったのでしょうか。

大内:コミュニケーション設計に関しては、大会の認知拡大とは別に、チケットの販売促進についてもしっかりと設計しました。

チケット販売ではターゲットを三層に分け、最も購入の可能性が高い国内の陸上ファンを中心に、国内のスポーツファンや海外の陸上ファン、さらにはイベントを楽しみたい層まで広げています。「世界陸上」という商品をコンテンツ・観るものとして捉えた場合、スポーツ種目における陸上の競技特性とも共通しますが、性別や年齢、趣味嗜好等のボーダーを飛び越えて、どなたにでも身近な存在となり得る強みがあるため、あえて「ペルソナ」のような細かい設定はせず、幅広い層を対象にすることで、媒体選定や発信内容を柔軟に調整できるようにし、効率的に広く届ける設計にしたんです。

さらに、当初のチケット収入目標である30億円を「いつ、どのように達成するか」を計画し、販売の進捗状況に応じて、シナリオを組み直して関係各所と共有しながら進めています。その結果、国内在住者による購入が一般向け販売の9割を占め、大会期間中の売上も急伸しました。

― 若年層の来場も目立ちましたが、連携がどのように生かされたのでしょうか。

大内:日本陸連さんは陸上部員や競技者層への働きかけを、東京都さんは都内の子供と引率者を合わせて約4万人を招待する「子供観戦無料招待事業」を実施されました。中学生の陸上競技人口は、他のスポーツと比較して全体に占める割合が高いといった特徴も聞いています。

また、WAのメディアパートナーであるTBSさんは、10代の女性含めて幅広い層から人気のある9人組グローバルボーイズグループ「&TEAM」のKさんを応援サポーターに起用し、テレビ番組やイベント、SNS発信を強化するなど、みなさんが同じ目標に向かってしっかりと取り組んでくださったことで、若年層のアプローチにも成功できたのだと思っています。

国立競技場を連日満員にできたのは、各事業者や団体との連携があったからだと語る大内さん

ニーズに合わせた価値提供でスポンサーを仲間にする

― 大会の気運醸成には、大会を盛り上げ世間の関心を高めるスポンサーの存在が欠かせません。「東京2025世界陸上」では、世界陸上財団がローカルスポンサーの獲得を担当されたそうですね。

細倉:はい。スポンサーシッププログラムは、スポンサーを獲得して終わりではなく、大会を盛り上げ、成功に導くためにスポンサーを仲間として巻き込むことが重要で、最初はかなり苦労しましたね。大会の約1年前は世界陸上への世間の関心が薄い上に、財団としても「どの時期に、どのような形で盛り上げるか」という大会までのマイルストーン(道筋)を打ち出せていなかったので、各社にイベント出展等の協力を依頼しても「具体的にどんなことを求められているのかわからないので、何をすればいいのか」と反応が鈍く、協力を得づらい状況でした。

そこで、大内さんに「現状を変えるために、マイルストーンを作って、スポンサーへ一緒に盛り上げる機会を提案しよう」と相談し、財団内の各準備スケジュールを把握することから始めました。そして、限られた予算の重点配分も考慮し、その計画をしっかりと共有することでスポンサーを仲間として巻き込み、ともに大会を盛り上げていく流れをつくっていきました。

ただ、仲間になってもらうには、そのメリットを感じてもらう必要があります。ところが、今回のスポンサー募集は、広告代理店を起用せず、自分達のみで実施したため、スポンサーが日頃から何にポイントを置いて活動しているのか、どのように考え大会に協賛されたのか、どのように権利を活用しようとしているのかなど掴みきれていない状況でした。

― そのような状況のなかで、どのように対応されたのですか。

細倉:まずは企業ごとの目的を丁寧に聞き取るようにしました。すると、「この大会で何を実現したいのか」が見えてくるので、それに合わせた提案をしていきました。

大会までの時間が限られていたため、“担当者の心に、いかに火をつけるか”がポイントでした。仲間になるメリットは、「知名度・イメージアップ」「売り上げ拡大」「顧客へのホスピタリティサービス」「社員のモティベーションアップ」「地域・社会貢献」「ノウハウや受注の獲得」など大体6つで、東京2020大会の実例等を提示すると相手の関心が見えてきます。そこを中心に説明したり、広報や会場運営、サステナビリティ担当などの力も借りながら「こうした取り組みはいかがでしょうか」と提案したりすると、心に火をつけられることが多かったですね。

― 印象的だったスポンサー企業の活用事例を教えてください。

細倉:WAスポンサーは、スタジアムアクティベーション(契約で得た権利を実際に競技会場内で活用して行うマーケティング活動全般)として会場でイベントを実施できるのですが、あるWAスポンサーは競技の合間の時間を活かし、翌年入社予定者の内定式を行いました。ほかにも、顧客を招いたバックヤードツアーや公募した子供たちや社員の家族を対象にした日本選手によるトレーニングや競技体験等が行われ、社員のロイヤリティ向上やブランド価値の強化など目的に合わせて活用し、大会を一緒に盛り上げてくださいました。

スポンサー獲得をするためにはいかに「担当者の心に火をつけられるか」がポイントだと語る細倉さん

観戦をカルチャーとして楽しむ時代の大会運営

― 大会当日は、大勢の観客が会場全体の一体感や熱気を楽しむ姿も印象的でした。盛り上がりの背景には「連携の力」はもちろん、大会をカルチャーイベントとして位置づけることで、観客が大会をともに盛り上げる存在となったことも影響していたように感じます。

細倉:そうですね。日本で開催された「ラグビーワールドカップ2019」や「FIBAバスケットボール ワールドカップ2023」あたりから、観客の楽しみ方が観戦するだけでなく、大会を一緒に盛り上げたり、何かに参加したりする方向へ変わった印象があります。

こうした時代背景のなかで、本大会では陸上競技を体感できる場や選手とファンが交流できるスペースを設置するなど、観客との接点を増やす取り組みも行いました。選手との距離が近くなることで、「また明日も来てみよう」と感じる人が増え、大会期間中に9万枚という記録的なチケット販売数を達成するほど盛り上がったのだと考えています。

― 国際大会では滅多に体験できない企画を実施され、観客のエンゲージメントを高めることに成功されたのですね。こうした取り組みは、今後もさらに進化しそうですね。

大内:スポーツには「する」「みる」「ささえる」という多様な関わり方があり、運動することは健康維持につながりますし、観戦や応援は気持ちを明るくする力もあります。今後もいろいろなところで、こうした“スポーツが人を動かす力”がさらに広がるといいなと思います。

― 次回の国際大会や国内イベントで活かしたい、今回の学びや手応えを教えてください。

大内:個人としては「ラグビーワールドカップ2019」での経験を生かし、「世界陸上」でも観客を集める仕組みを再現できたことに加え、集客のノウハウをさらに深めることができました。今後もその経験やノウハウを言語化して関係者と共有しながら、満員のスタジアムやアリーナを少しでも増やしていきたいです。満員にすることは「言うは易く行うは難し」なので、難しい目標に向かって挑戦を続けていきたいですね。

細倉:運営側には、まず全体の大きな目標に向けて青写真を描く視点を持ってほしいと思います。自分の担当分野だけでなく、全体を俯瞰することでより横の連携も進むはずです。その一方で施設面では、「する」「みる」「ささえる」という視点を踏まえ、スポーツに関わるすべての人たちが使いやすいスタジアムづくりを期待しています。

スポーツイベントの楽しみ方が観戦するだけではなく、観客と一緒にイベントを盛り上げていく活動などにも幅を広げている

― 最後に、今回の世界陸上を通じて感じた“スポーツが人を動かす力”を一言で表すとすれば、どんな言葉になりますか。

大内:東京2025世界陸上の「スペシャルアンバサダー」を務めてくださった織田裕二さんの言葉を借りてしまって恐縮ですが、“脚本のない人間ドラマ”ですね。

細倉:私は単純にもう“見えない努力と感動”です。選手の陰の努力が成果として現れて、観る人に感動を与え、活力につながるのがスポーツの力だと思っています。

文:流石香織
撮影:加藤千雅

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