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反復がブランドをつくる――ヴァレンティノ・カラヴァーニの戦略

反復がブランドをつくる――ヴァレンティノ・カラヴァーニの戦略 NEW

ヴァレンティノというブランドを知らない人は少ないだろう。赤いドレス、「V」のアルファベット、レッドカーペットを彩る装い。そのイメージは、まさに現代を代表するラグジュアリーそのもの。しかし、創業者であるヴァレンティノ・カラヴァーニが何を成し遂げた人物なのかを知る人は、いまでは意外と多くない。

1960年代、ファッションの指針は「若さと新しさ」を指していた。ミニスカート、街角のアイコン、路上発のストリートファッション。その流れに抗うように、ファッション伝統のエレガンスを打ち出したデザイナーがいた。それがカラヴァーニだった。彼は時代の要求に応えなかった。

それでもブランドは生き残り、半世紀を超えて今もレッドカーペットに君臨する。彼は保守的なデザイナーだったのだろうか。ヴァレンティノの歴史を振り返ることで、カラヴァーニの実態を探っていきたい。


第1章 エレガンスが時代遅れになりかけていた時代

1960年代のファッション市場で起きていたことは構造的な変化だった。ロンドンではツイッギーがミニスカートを着こなし、若者文化が街の主役となる。ビートルズやローリング・ストーンズが音楽の価値観を塗り替え、カウンターカルチャーが既存の秩序に疑問を投げかける。パリのサロンで静かに披露されるオートクチュールよりも、路上で生まれるスタイルの方が刺激的に映る時代に移行する。

当時は既製服、すなわちプレタポルテの市場が拡大し、服は限られた顧客のための一点物から、より多くの人が手にできる商品へと転換していく。また、戦後の経済成長とともに消費社会は成熟し、女性の社会進出も徐々に進み始める。動きやすさや実用性は、新しい時代の価値として歓迎された。服は夢や格式を纏うものから、日常を生きるための道具へと重心を移し始めたのだ。「特別な一着」から「買える商品」へ。多くのメゾンにとって、マーケットの重力がアトリエから店頭へ移る流れは、抵抗するより協調する方が合理的に見えた。

画像:VALENTINO 公式サイト

それまでファッションを牽引してきたパリのオートクチュールは、卓越した技術、贅沢な素材、厳格な顧客制度を有していた。オートクチュールの体系は長く権威として機能してきたが、その前提は揺らぎ始める。若さ、自由、即時性。時代は、軽やかで更新の早い価値を求めるようになった。

エレガンスという言葉もまた、曖昧な位置に置かれる。洗練や優雅さは、ときに「保守的」「階級的」と同義で語られ、過去の様式の象徴と見なされることさえあった。変わるか、衰退するか。その選択を迫られたのは、オートクチュールそのものだった。そうした転換期に登場したのが、若きヴァレンティノ・カラヴァーニである。彼が守ろうとしたエレガンスとは、この時代、更新されなければ市場から後退しかねないものだった。


第2章 ヴァレンティノは、時代と逆の選択をする

若さや反抗が注目される時代にあって、ヴァレンティノ・カラヴァーニは前衛を選ばなかった。シルエットを極端に変形させることも、身体を解体するような実験を行うこともない。彼が打ち出したのは、ウエストを自然に絞り、肩やデコルテを美しく見せる、端正なラインのドレスだった。床まで落ちるロング丈、均整の取れたバランス、過剰にならない刺繍やレース。動くたびに揺れるが、決して崩れない。身体を誇張するのではなく、整える服。動きやすさと実用性を主張する流行とは明確に距離を置いたデザインだ。

とりわけ象徴的なのが、後に「ヴァレンティノ・レッド」と呼ばれる鮮やかな赤である。情熱的でありながら、どこか静けさを含む赤。光の下で強く映えながらも、品位を失わない色。カラヴァーニが提唱した赤は、若者文化のビビッドな色彩とは異なり、祝祭や社交の場にふさわしい緊張感を纏っていた。

画像:VALENTINO 公式サイト

1960年代後半から70年代にかけて、女性のライフスタイルは大きく変わり始める。働く女性が増え、パンツスタイルや動きやすい服が支持されるようになる。ファッションは自己主張や思想の表現手段としても機能し始めた。そうした流れのなかで、ヴァレンティノのドレスは日常着ではなかった。

ここにビジネス的な読みがある。同質化が進む市場では、似たことをする競合が増えると差別化が難しくなる。カラヴァーニは意図して「出ない道」を選んだわけではないが、結果として「千人に一人」の領域にとどまり続けた。時代がプレタポルテに向かうほど、高級オートクチュールの顧客は絞り込まれ、少数化していく。その少数の顧客に深く刺さる戦略は、広く浅く刺さる戦略にはない強みを持つ。「公の場、お祝いの席、人生の節目」という明確な場面設定が、カラヴァーニの顧客の心理地図を描いていた。

1968年、ジャクリーン・ケネディが再婚の際に選んだのは、ヴァレンティノによるアイボリーレースのツーピースだった。カジュアルなツーピースは時代の象徴だった軽やかな装いは取り入れつつも、静謐で洗練されたファッションに仕上がっていた。ヴァレンティノのDNAは、あくまでもエレガンス。ケネディ夫人のエピソードは、ヴァレンティノの顧客層が何を求めていたかを如実に示す。変化の激しい時代にこそ「揺るがない軸」を求める層が存在することを、カラヴァーニは直感的に捉えていたのかもしれない。

急速に変化する価値観のなかで、人々は常に「新しさ」を求める。昨日までの正解が、今日には古くなる。そうした環境において、ヴァレンティノのエレガンスは逆説的な安心感を与えた。流行に合わせて自分を変えるのではなく、変わらない軸を持つという提案。それは保守ではなく、加速する時代に対する一つの応答だったのである。


第3章 記号化された「ヴァレンティノらしさ」

ブランドという概念を考えるとき、「反復」の持つ力は見落とされがちだ。カラヴァーニのケースは、その点について鮮明な教訓を提供する。

1968年、サイケデリックな柄やビビッドカラーが注目を集めていた時代に、カラヴァーニは色彩ではなく形と布地で勝負する姿勢を鮮明に示した。「ホワイトコレクション」は白一色という大胆な構成を選び、色彩の調和ではなくカッティングで勝負した。その姿勢は、市場におけるブランドの存在感を一気に高めた。繰り返し用いられたヴァレンティノ・レッドもまた、単なるトレンドカラーを超え、ブランドの視覚的記号へと昇華していく。

画像:VALENTINO 公式サイト

これらの反復こそが核心である。毎シーズン同じトーンの赤、同じバランスのシルエット。流行が変われば変わるほど、その背景の中で変わらないヴァレンティノの赤と形は、ブランドの価値を高める。視覚的記憶はこうして積み上げられるのだった。

1970年代に入っても、彼のコレクションは急激な方向転換を見せなかった。フォークロアやヒッピーの自由な装いが広がるなかでも、民族的装飾やラフなシルエットへ全面的に傾くことはない。1980年代のパワードレッシングの時代においても、誇張された肩や攻撃的なラインを前面に押し出すことは控えられた。変化がなかったわけではない。だがそれは、ブランドの骨格を揺るがさない範囲での調整にとどまる。

時代の様式に一致させないことは、すなわち視覚的な一貫性を顧客に約束することでもあった。高額なドレスを購入する層は、年を追って「これがヴァレンティノだ」と識別できる一貫性を求める傾向がある。その期待に応え続けたことが、カラヴァーニの長期的な強みになったと考えられる。


第4章 ブランドに必要なのは言語と、それを読める者

1980年代、カラヴァーニは香水、アクセサリー、プレタポルテへとラインを広げ、アメリカ市場での存在感を強化していく。かつてメゾンで積み上げた記号が、一点物ではなくなった商品の上に刻印される構図である。メディア展開とセレブ着用への注目も効いた。多くのセレブリティがレッドカーペットに立つ度に赤いドレスが写真に収まり、「赤=ヴァレンティノ」の図式はさらに大きな規模で強化されていった。

画像:VALENTINO 公式サイト

しかし2007年、カラヴァーニが引退すると状況は一変した。ブランドの世界観は揺らぎ、売上は低下する。核を持つブランドでも、その言語を理解して舵を取らなければ崩れる。それがヴァレンティノの示した現実だった。

転機は2008年、マリア・グラツィア・キウリとピエールパオロ・ピッチョーリが共同クリエイティブ・ディレクターに就任したことだった。ふたりは1999年からヴァレンティノのアクセサリー部門を率いてきた、いわばブランドの言語を内側から習得していた人物である。キウリとピッチョーリはエレガンスという核を守りながら現代の感覚を注入し、ブランドを再建させた。

ここに重要な示唆がある。核があれば資本移動に自動的に耐えられるわけではない。核の意味を理解し、その言語で語れる人物が必要だった。反復によって積み上げられた視覚的言語は、再建の設計図になりえる。しかしその設計図を読める者がいなければ、意味をなさない。カラヴァーニが半世紀かけて築いたエレガンスの構造は、それを継承できる人物を得て初めて、資産として機能したのである。


変わらないことの戦略的意味

ヴァレンティノ・カラヴァーニの示唆は、ファッションの外にも届く。私たちが生きる時代もまた、情報の更新速度が増し、「昨日の正解が今日には古くなる」という圧力はさらに強まっている。ブランドも個人も、トレンドに追随し続けることを求められる。そうした環境のなかで、カラヴァーニのケースはブランド論に深い問いを投げかける。

「革新し続けることは本当に強みなのか?」

カラヴァーニは範囲を絞った。全層ではなく一層を深く。「公の席で着る服」という明確な場面設定。流行が変われば変わるほど際立つ色と形の繰り返し。創業者が退いた後も継承できる共有言語。それぞれは個別に実行するのではなく、統合されてはじめて機能する。

ブランド戦略の観点で言えば、彼が成し遂げたのは「選択と集中」の一形態だ。多くの顧客に浅く刺さるのではなく、選んだ顧客に徹底的に刺さること。そしてその刺さり方を忘れられない色と形に結晶化すること。彼はそれを半世紀かけて実行した。革新しなかったことが、カラヴァーニの最大の差別化になったのである。

著者プロフィール:新井茂晃 /ファッションライター
2016年に「ファッションを読む」をコンセプトにした「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。自身のウェブサイトやSNSを中心にファッションテキスト、展示会やショーの取材レポートを発表。「STUDIO VOICE」、「TOKION」、「流行通信」、「装苑」、「QUI」、「FASHONSNAP」、「WWDJAPAN」、「SSENSE」などでも執筆する。

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