スポーツビジネス成長の伴走者が語る、日本のスポーツ組織が抱える共通課題と必要な人材像 NEW

集客だけでなく、グッズ、エンタメ要素、SDGsへの取り組みなど、ビジネスや社会貢献への関わりが広がっているスポーツ業界。そんななか、日本のスポーツには構造的な課題も見え隠れする。今回はサッカー、バスケットボールなどさまざまな競技団体の事業戦略をサポートする株式会社SEA Global取締役兼CSOの山下修作さんに、キャリアの原点から、横断的な立場だからこそ見える日本のスポーツ組織の課題、世界の潮流、そして未来に向けた提言までを伺った。
山下修作さん/株式会社SEA Global取締役兼CSO
1975年生まれ。北海道大学大学院農学研究科卒業。2001年リクルートに入社。2004年に株式会社SEA Globalに転職。Jリーグのファンサイト運営に携わったのち、アジア戦略、パートナーセールス、イベント運営、国際事業などを幅広く担当。現在はサッカー、バスケットボール、バドミントン、日本の伝統的スポーツなど、計5競技団体で、伴走型での事業成長支援や複数の民間企業、NPO、社団法人等の業務を行っている。
スポーツを通して地域と人を元気にしたい
― スポーツビジネスに関わるまでのいきさつを教えてください。
ずっとサッカーはやっていたのですが、大学は農学部でスポーツとは関係のない分野でした。卒業時も何をやりたいか決まっていなかったので、就職して3年間ぐらいの間にやりたいことを見つけようと思い、リクルートに入社しました。
転機となったのは、2002年の日韓ワールドカップです。カメルーンの合宿地だった大分県の中津江村をはじめ、日本中が盛り上がる様子に感動し、スポーツを通して地域の人々を元気にできる仕事がしたい、と思ったんです。ちょうどその頃、リクルートの先輩がスポーツビジネスを行う会社(SEA Global)を立ち上げることになり、2004年からスポーツの世界に飛び込みました。
― SEA Global ではどんな仕事を担当されたのですか。
最初に担当したのがJリーグの仕事でした。Jリーグメディアプロモーションに出向し、Jリーグ公認ファンサイト「J‘s GOAL」の運営を担当。毎週のように全国の試合会場に行って、ファン・サポーターの声を拾ってサイトに載せていくという役割でした。年間80〜100試合をまわっていましたね。
ところが2008年のリーマンショックを境に、スポーツ界もスポンサー離れが進み、業界全体の危機感が強まりました。さらに日本は人口減少の局面に入り、このままのビジネスモデルでは、多くのクラブの経営が苦しくなるのではと感じ、Jリーグの市場をアジアに展開してはどうかと提案。その後、2017年頃までアジア戦略をメインで担当。その後、パートナーセールスやイベント運営も任されるようになりました。
― 現在は5つのスポーツ団体のビジネスサポートなどに関わっていらっしゃいますね。
Jリーグで関わってきた仕事は、いわば「稼ぐ」ことがメインだったので、そこで得た知見や経験が、各団体との仕事でもとても役に立っています。また、私の特徴として、ノウハウを教えるだけではなく組織の中に入り込んで一緒に悩み、伴走するスタイルなので、その姿勢を求めていただいているのかなと感じています。

スポーツに関わる人が稼げる環境づくり
― スポーツビジネスに関わることで見えた、日本のスポーツ組織の共通課題はありますか。
個人的に感じているのは、“スポーツに関わる人がもっと稼げるようにならなければ”ということです。ビジネス面を支えるスタッフもスポーツビジネスへの憧れからこの業界に入ってくるケースがありますが、入ってみると転職前よりもなかなか稼げないことも多い。最近は待遇面が改善されてきてはいますが、もっとキャリアアップを実現できる環境にしていきたいんです。そうすれば優秀な人材もより多く入ってきて、よりスポーツを通じたビジネスが大きくなっていき、そうすれば多く人を幸せにすることができると思っています。
― これからのスポーツ業界に求められる人材像を教えてください。
スポーツ業界にはさまざまな職種があり、個々の得意分野や能力を活かしながら、皆さん仕事をしていると思います。私が必要だと感じるのは、進歩を優先する意識や行動力を持つ人材です。スポーツ業界は小さな業界なので、もっと大きくしていくには、枠を飛び越えるような挑戦や好奇心が求められると思っています。
先日、海外サッカークラブのサステナビリティ事例を学びにイギリスに行ったのですが、どのクラブも「まず挑戦して次の改善に活かそう」という話をするんですね。プレミアリーグのクラブですらそうなんだから、事業規模の小さい我々は、よりその精神を持って挑戦しなければ、と実感しました。
スポーツとサステナビリティとのかかわり
― サステナビリティの話題が出ましたが、山下さんは、もともとサステナビリティに関心をお持ちだったのですか。
2017年にドイツのボンで開催されたCOP23(国連気候変動枠組条約締約国会議)に呼ばれたことが大きな転機でした。世界中から約40のスポーツ団体が集まり、スポーツ界として気候変動にどう向き合うかを議論する場だったのですが、アジアから呼ばれたのはJリーグだけ。みんな気候変動対策やサステナビリティ関連の肩書を持った方たちが参加しているのですが、Jリーグは気候変動対策関連の部署はなく、完全にアウェイな感じでした。
そんななか、2日間皆で議論した結果、「スポーツはファンへの影響力が大きいからこそ、それを活用して世界中のスポーツ団体が気候変動対策に取り組んでいこう」という結論に至り、それを国連に出したんです。そしてこの考えが翌年、国連から正式に世界へ発信されました。
ちなみに気候変動対策に取り組んでいなかったJリーグがなぜこの会合に呼ばれたのかと国連の職員に尋ねたら、「Jリーグが気候変動対策に関して、出来ていないことは調べて知っているが、Jリーグは国内でも他のスポーツ団体へもノウハウを提供をしていたり、東南アジアのリーグと提携して、自分たちが成長をしながら得てきたノウハウを伝えてきたり、スポーツ業界全体の成長をサポートしている。なので、今回学んだことを日本国内の他のスポーツ団体やアジアの各国へ、是非広げてほしいから呼んだ」と言われたんです。それならもうやるしかない、と意識が変わりました。
― サステナビリティへの取り組みは、欧州では今どのような感じなのでしょう。
サステナビリティに取り組んでいかなければスポーツができなくなるという認識を持つほど、環境に対する危機意識が高かったです。スポーツは多くの人が注目しているだけに、スポーツ団体自らが実践し発信していき多く人々へ知ってもらい行動してもらわなくては、という感じでした。サステナビリティの活動に関してスポーツが果たす役割は、これからますます重要になってくると思います。
スポーツ団体が実践している取り組みとして、電気を再生可能エネルギーに切り替えることは多くなってきているのですが、ただ、そうした対策ってファンにはなかなか見えづらいですし、スタジアムの照明が再生可能エネルギーだったとしてもファンは実感しづらいと思います。なので、ファンへの影響力を発揮して多く人の意識変革や行動変容を促していくためには、ファンと一緒にやることも大事だという認識があり、色々なクラブがファンと一緒に実践できるアクションを行っていたりします。
例えばプレミアリーグのあるクラブでは、アプリでスタジアムまでの移動手段や距離を登録してもらい、CO2排出量を算出し、より排出量が少ない手段を選んだ場合はインセンティブが得られるような取り組みをしていました。楽しみながら実践することで、意識が変わり、行動も変わり、試合の日だけではなく普段の生活でもサステナビリティを意識するようになれば、というのが狙いですね。
一人の行動から何かが始まる
― 日本ではどうなのでしょう。
例えばセレッソ大阪は、2011年から全試合のCO₂排出量を算定し、オフセットを続けています。調べてみると、各クラブで実はいろいろやっているんですよ。Jクラブのパートナー企業にはヤンマーやヤマハやトヨタ、パナソニックなど、サステナビリティに熱心な企業が多いので、欧州と比べても実はけっこう取り組みが行われていると思っています。だからそうした活動をもっとファン・サポーターの人にも知ってもらって、一緒に取り組んでいけたらいいな、と。スポーツがきっかけで意識が変わり、日常の行動が変わり、環境に対して良い結果に繋がる。そんな循環をつくっていきたいです。
なお、これはとあるサポーターの人から聞いたのですが、休日や試合前などに、サポーターがクラブのユニフォームを着て自発的に集まって、あちこちの街でゴミ拾いをしていると。他クラブのサポーターと合同でやることもあるそうです。そのあとみんなでご飯を食べたり、試合を観たりするから、楽しみながらできる。すごくいいなと思いました。
― そうやって個人でできることって実はけっこうありそうですよね。
自分ひとりがやっても何も変わらないと思うかもしれないけれど、やる人が一人でも増えると、大きな力になると思うんです。私も夜、近所の公園で息子とサッカーをするときにゴミ袋を持参して、帰りにゴミ拾いをしています。行くたびにゴミ袋がいっぱいになるぐらいゴミがあるんですが、大谷翔平の「ゴミ拾いは運拾い」という言葉を思い出して、ひたすら黙々とごみを拾っています(笑)。

― 最後に、山下さんがスポーツを通じて実現したい未来を教えてください。
原点は変わっていません。日韓ワールドカップで見た、人々が笑顔でつながる光景です。スポーツを通じて「応援していてよかった」「自分の街が好きになった」と思える人を、ひとりでも増やしたい。そのために、自分の知見や経験を少しでも役に立てたいと思っています。スポーツには、地域や社会を前向きに動かす力があります。そのためのサポートに、これからも力を注いでいきたいと思っています。
文:伊藤郁世
撮影:船場拓真