元商社マン、ドイツ6部リーグの経営幹部へ。挫折の先に見つけた、没入できる仕事(後編) NEW

ベルギーで職を失い、ビザ切れも迫るなか、途方に暮れていた前川友穂さん。そんな彼に突然かかってきたのが、サッカー元日本代表・岡崎慎司さんからの電話だった。そこから前川さんは、ドイツ6部リーグのFCバサラマインツで経営を担う現在のキャリアへと進んでいく。挫折を経てたどり着いた「没入できる仕事」とは。そして、海外で働き続けるために必要なものとは。
※本記事は、前編の続きです。
前川友穂さん/FCバサラマインツ マネージングディレクター
1989年、大阪府出身。関西学院大学商学部卒業。大学時代はラクロス部に所属し、関西選抜に選ばれるほか、主将を務めるなど活躍。2012年、新卒で三菱商事株式会社に入社。船舶・自動車分野で事業開発・経営管理・戦略企画に従事。2021年、同社退職。2021年、アメリカ・コロンビア大学大学院に入学、スポーツ経営学を学ぶ。2023年、同大学院修士課程修了。2024年、ドイツ・6部リーグのサッカークラブ「FCバサラマインツ」にてマネージングディレクターを務める。
突然かかってきた、サッカー元日本代表・岡崎慎司からの電話
― ベルギーでなかなか仕事が見つからず、辛い思いをされたのですね。
ビザが切れる直前で国外退去が迫っている上、経済的な不安もあり、マインドは最悪でしたね。ただ、志半ばで日本に帰ることだけはしたくなかったんです。
そんな折、突然、サッカー元日本代表・岡崎慎司から電話がかかってきたのです。実は以前、彼とベルギーで一度食事をしたことがあり、そこで連絡先を交換していました。
― 岡崎さんの電話はどのような用件だったのでしょう。
共通の知人から、私がクビになったことを聞いたようでした。そして「飯でも行きましょう」と誘ってくれて、後日会うことに。
食事をしながら、岡崎は「この先、どうするんですか?」と聞きました。私は、スポーツビジネスを志す理由、これまでのキャリアを洗いざらい話し、「今チャンスはなくても、海外でのスポーツビジネスのキャリアを今後もあきらめたくない」と伝えました。
これは2024年のことで、当時、岡崎は現役引退を発表した直後。今後はドイツのサッカークラブ・FCバサラマインツの監督をするとの話でした。バサラマインツは、岡崎が高校の先輩と共に2014年に立ち上げた6部リーグ(※)のチームです。
※ドイツのサッカーシステムは1部〜11部あり、1~3部がプロ(1部はブンデスリーガ)、4・5部がセミプロ、6部以下がアマチュアリーグという位置づけ
バサラマインツはサッカーや海外挑戦を通じて人を育てるクラブであること、岡崎自身も今後は若い世代を育成するための道をつくりたいと考えていることを知りました。
話をするうちに「目指すところは同じですね」と互いに共感。その場で岡崎が、「前川さん、ドイツに来ます?」と誘ってくれたのです。


― 絶妙なタイミングでの再会、すごいチャンスが訪れたのですね。
当時、バサラマインツでは経営マネジメント強化に向け、私のようなビジネス人材を必要としており、ラッキーでしたね。ただ、この出来事には“ある人物”が繋いでくれたご縁もあると思っています。
― ご縁を繋いだ、“ある人物“とは。
兵庫県・滝川第二高校サッカー部の元監督で、当時ヴィッセル神戸の育成事業本部長だった黒田和生先生です。
私はラクロス部の主将だったときにリーダーシップをうまく発揮できず悩んでいました。そこで知り合いを通じ、黒田先生にご相談させていただいたのです。親身になってアドバイスいただいたことは、私にとって非常に大きな支えとなり、その後もずっと感謝していました。
その黒田先生は、実は岡崎の高校時代の恩師なのです。私が先生にご相談したとき、ちょうど岡崎がドイツへ渡った頃で、「いつか岡崎選手に会ってみたいです」なんて話していて。だからこの出会いも、黒田先生が繋いでくれたご縁だと感じずにはいられませんでした。
― 人生でも稀に見る、不思議なご縁ですね……! ところで、バサラマインツは、どのような理念を掲げるクラブなのですか。
バサラマインツは、海外への挑戦を志す、成長意欲の高い若手人材を支援・育成するクラブです。
設立の背景には、日本人サッカー留学生の多くが夢半ばで挫折してしまう実態があります。十分な準備や理解がないまま安易に海外に渡ってしまうがゆえ、言語、文化、風習、プレースタイルの違いや偏見、差別など、現地で立ちはだかる様々な壁を乗り越えられないのです。
バサラマインツは、そうした若手人材の入り口や踏み台として、彼らを育成します。例えば、言語・文化・風習への理解、欧州サッカーへの適応力といった素地づくり、彼らが活躍の場を広げるためのネットワーク形成や市場で目に留めてもらうための機会創出です。

― 現在、バサラマインツに携わって3年目。前川さんの仕事内容を教えてください。
戦略立案、意思決定、収益・予算管理といった経営全般から、事業開発、スポンサー・クライアント対応、運営、広報など、グラウンド上以外の仕事をほぼすべて任せてもらっています。
この「何でも屋」的な動き方は、商社時代の経験や私の強みが一番生きる部分。特に、現在のバサラマインツの規模感では、ひとり何役もこなせる存在がクラブの土台を作る上で欠かせません。
いまは、若手選手がプロリーグの目に留まる機会を増やすため、6部(アマチュアリーグ最上位)から3部(プロリーグ)への昇格を最優先事項として取り組んでいます。難易度は高いですが、私としても、首の皮一枚つながって、やっと得られた“没入できる仕事”。このチャンスをくれた岡崎にはとても感謝していますし、しっかりと成果を出すことで恩義に報いたいと思っています。

― “没入できる仕事”に就けたのですね。
そうですね。まさに自身が求めていた仕事だと確信しています。
サッカーは、世界中で親しまれ、多くの人が関われるスポーツ。だからこそ、単なる競技としてではなく、「世界中の人が学びを得られる教育プラットフォーム」として再定義したいとも考えています。
また、クラブを運営する上では、地域やクラブの歴史もすごく大切にしていますね。実は、私がベルギー時代に携わっていたサッカークラブは、私が離れた1年後、倒産してしまいました。創立100周年を目前にした時期でした。引き受け先がなく消滅するのは、欧州サッカー界では稀です。私が離れた後の出来事とはいえ、地元の人々が長年大切にしてきたサッカークラブを守り切れなかったことに、責任を感じているんです。
― そうだったのですね。岡崎さんは、仕事上でどのような影響を与えてくれていますか。
ひとことでいうと、岡崎は非常に優秀なアントレプレナー。ビジョナリーで、自ら最前線を走って皆を巻き込み、ドライブしていく力がある。これは彼のプレースタイルとも重なるかもしれません。加えて、人と人とを繋げて良い化学反応を起こす力もあります。サッカー以外の道に進んでいたとしても、きっと成功していたでしょう。傍にいると、学ぶことがたくさんありますね。

海外で働き続けるための条件
― 三菱商事を辞め、海外に出て約5年が経ちました。率直に、海外で働くことをどう感じていますか。
ちょっと変な言い方かもしれませんが(笑)、“海賊感”があります。未知の世界で挑戦していく感じが、まさに大海原に繰り出す海賊のようだな、と。
もちろん、日本にいながら挑戦することは十分可能だと思います。ただ、私の場合は周囲の反応やしがらみ、世間体が気になってしまうのかもしれません。一方、海外にいるとそうしたノイズを気にせず、やりたいことに100%集中できます。この閉塞感のない環境が、私には必要だと感じますね。
― 海外で働く際には、どのようなマインド、スキルが大事だと思いますか。
「なぜ自分は海外で働きたいのか」を明確にすること。海外に出たら何かが変わるわけではないですし、誰かに言われて行くでもなく、慣れ親しんだ母国を自らの意思で出て働くわけなので、相応の覚悟と理由が必要だと思います。
当然ですが、海外は日本と異なる部分が多く、自分たちはマイノリティの存在になります。予想外のことや痛い目を見ることも日常茶飯事。だから明確な理由がないと、おそらくモチベーションを保てなくなるでしょう。実際、海外で長く太く活躍される方の多くは、明確な理由があるように見受けます。
また、特に欧米諸国では自己主張をしっかりと行うこと、衝突を恐れずに自分の意見を言い切ることも大切です。そして、その国への感謝とリスペクトを忘れないこと。スキルの面では、職種にもよると思いますが、ビジネスレベルの英語力は最低限必要だと思います。
― 海外で働きたい、挑戦したい方へ向けて、メッセージをお願いします。
海外で挑戦することがすべてではないですが、日本は島国のため、欧米と異なり物理的に様々なバックグラウンドを持つ人々との交流が限定されてしまいます。そのため、国際的な感覚やスタンダードを身に着けたいのであれば、やはり海外に出ることをおすすめします。
世界とつながらない方が難しい今、個人的には、多様な価値観を受け入れ、世界基準で物事を考えられる日本人がもっと増えてほしいですし、それは日本のプレゼンスを高めることにもつながると思います。
昔に比べれば、現在はAIや便利な翻訳アプリが充実していて、言語のハードルが随分と下がりました。その意味では、今ほど海外に出やすい時代はありません。
もし迷われている方がいたら、思い切って大胆に挑戦してほしいです。私自身、この”没入できる仕事”に懸ける挑戦を、これからも続けていきます。
取材・文/鈴木里映
撮影/岸本 絢