【連載⑥「大名古屋展2025」の裏側】コメ兵・石原卓児会長とビームス・佐野明政さんが描く、リユースの未来 NEW

今年で6回目の開催を盛況に終えた「大名古屋展」。主催者のビームス ジャパンが、企業や団体、スポーツチームとコラボして、名古屋・愛知の魅力を発信、シビックプライドの醸成、名古屋・愛知に足を運んでもらう機会創出を目指すプロジェクト。それだけでなく、地域をつなぐコミュニティの役割も担っている。本連載では「大名古屋展」プロジェクトリーダーの佐野明政さんがコラボ企業や団体の方々をゲストに迎え、名古屋・愛知のコミュニティが目指す未来について語り合う。
今回のゲストは、コメ兵の4代目社長で現会長の石原卓児さん。今年「大名古屋展」へ初参画した経緯、名古屋に根づくリユース文化、日本の着物文化を残すための新たな取り組みを聞いた。ビームスとも重なる、未来への思いや流通のあり方とは。
石原卓児さん/株式会社コメ兵 代表取締役会長(写真:右)
1972年名古屋市生まれ。1998年コメ兵に入社。有楽町店店長、新宿店店長、営業企画、WEB事業、店舗開発、販売促進、マーケティング業務に従事。2013年6月に株式会社コメ兵の代表取締役社長(4代目)へ就任。2020年10月ホールディングス体制への移行と同時に、株式会社コメ兵ホールディングス代表取締役社長 執行役員を兼任。2023年4月より一般社団法人リユース業協会 会長へ就任(現在は理事)。2025年6月から、株式会社コメ兵ホールディングス 代表取締役社長も務める。
佐野 明政さん/株式会社ビームス クリエイティブ ビジネスプロデュース部 プロデューサー(写真:左)
愛知県名古屋市出身。2000年ビームスに入社。2010年に修士号取得。ショップスタッフを経験したのち、アウトレット事業、ライフスタイル業態であるビーミングライフストアの立ち上げを手掛ける。2015年よりビームス ジャパンのプロジェクトリーダーを務め、立ち上げから現在まで、「日本の魅力的なモノ・コト・ヒト」を国内外に発信する数々の企画を主導。2019年、名古屋・愛知を盛り上げるイベント「鯱の大祭典」の象徴となる名古屋グランパスの選手ユニフォームのデザインオファーをきっかけに、「大名古屋展」を立ち上げた。2021年より現職。
「想い」で繋がった、コメ兵とビームス ジャパン
ー 今回、「大名古屋展」へ参画を決めた理由は何だったのですか。
石原卓児さん(以下:石原):最初に「大名古屋展」のことを知ったのは、新宿のビームス ジャパンの店舗を目にした時でした。私が新宿店の店長をしていた頃も、ビームスさんにはよく行っていたんです。「こういう内装がうちにも必要かな」「こういう接客だからこそ、東京のど真ん中で商売ができているんだな」と、休憩時間や休みの日に見に行っていました。何年か経ったある日、「名古屋」と書いてあるサインが目に入ってきて、「なんだろう?」と思ったことがきっかけです。
すぐに、「大名古屋展って、何やっとるんですか?」と参画企業である中日新聞社の知人に連絡をとりました。「どうやったら出られるんですか?」と(笑)。きっと難しいだろうと思っていたのですが、しばらくしたら、お声がけいただいて。ビームスさんとは販売している商品は違いますが、お客様への思いや店づくりのノウハウなど、学ぶべき点は多いと思っていましたので、ご一緒できることは嬉しかったです。うちの社員にとって、一歩前に進める機会になるとも思いました。
個人的にも、高校生の頃から栄のビームスには本当によく通っていて、あのオレンジ色のバッグに憧れていました(笑)。ショッパーひとつで人をワクワクさせられるブランド力ってすごい。そのビームスさんと組めることは、とても光栄なことでしたね。

佐野 明政さん(以下:佐野):実はコメ兵さんには結構前からアタックしていたんです。 なので、今回念願叶ってご一緒できて、こちらこそ嬉しかったです。僕も名古屋出身なので、学生の頃はコメ兵さんの運営していたアメカジショップによく行っていました。「グレゴリーの旧タグがあるな」とか、ワクワクしながら。
それに、コメ兵さんの「リユース」という商売は、まさに名古屋のカルチャーだとずっと思っていました。この「大名古屋展」はカルチャーの醸成も目的としているので、その辺りのスタンスを共有できることは大きかったです。
ビームスにも、「つづく服」というサステナビリティを軸にしたプロジェクトがあります。僕たちは洋服を「売る」立場ではありますが、売って終わりではなく、いかに長く大切に着ていただくかを考えています。それは、コメ兵さんの「リユース」と通ずるものがあると思うんです。コメ兵さんと一緒なら、名古屋が誇る「リユース」カルチャーを伝えられると確信していました。

ー 「大名古屋展」を終え、率直な感想を教えてください。
石原:まず、「大名古屋展」の参画企業として名前を並べていただいたことが、私たちにとって大きな誇りになりました。それはお客様の信頼に繋がって、新しい顧客へリーチすることにも繋がっていくと思います。
今回、とても印象に残っていることがあるんです。うちは、「宝探し」気分を楽しんでいただきたいという意図もあり、商品をとにかくたくさん展示するクセがあるのですが、それを見たビームスさんのスタッフに、こう言われたそうなんです。「洋服が呼吸できておらず、苦しそうです」。たくさん展示することが顧客メリットだと思っていたコメ兵のスタッフにとっては、とても衝撃的だったようで、以来、「それじゃ、服が窒息するぞ」とみんなが気にするようになりました(笑)。ビームスのみなさんにいただいた刺激は、コメ兵のメンバーにとって大きなプラスになりました。
佐野:コメ兵さんって、本当に熱い想いを持っていらっしゃるスタッフが多いですよね。今回、陳列の仕方や接客、商品のセレクト方法などの勉強会をこちら主導で開催したのですが、みなさん非常に熱心に聞いてくださる。勉強会の内容を社内で共有して、店舗に活かしてくださっていた。お役に立てて良かったと感じています。それから改めて感じたことですが、コメ兵さんには魅力的な商品が多く、この魅力がもっとたくさんの人に伝わるといいなと思いました。

大須商店街で培った「おかげさま」の精神がコメ兵の原点
佐野:ところで、 石原社長は生まれも育ちも名古屋の大須ですよね。 コメ兵の歴史をずっと間近で見てこられたのでしょうか。
石原:コメ兵は、戦後間もない頃、大須の商店街の5坪の古着屋から始まったのですが、私が小さい頃住んでいた家は大須にあり、1階が倉庫で2階が住まい。従業員の食堂としても使われていました。私も25歳まではそこに住んでいましたね。創業者である祖父は、僕にとっては一緒に住んでいる“じいちゃん”で、社長業をやっている姿はあまり記憶にありません。でも「いつか年間1億円売れるような古着屋になりたい」と言っていたことはよく覚えています。2代目の社長である父も「年間50億円売る会社にしたい」と言っていて、3代目は「年間500億にしたい」と。そうやって、それぞれの想いを繋ぎながらここまできたんだなと、しみじみ思います。
-大須からリユース文化が生まれた背景についてどうお考えですか。
石原:大須に店を構えたのは、偶然でした。祖父は今の半田市の米屋の四男として生まれ、戦後、復員してから不要品を売ってお金に変える商売を始めたそうです。その商売がうまくいったので、親戚が駄菓子屋をやっていた大須に店を構えました。親戚の店を間借りした5坪の店舗。そこがコメ兵の原点です。
私は大須の商店街がスタートで良かったと思っています。大須という「街」に人が集まらなければ、当然コメ兵にもお客様はいらっしゃらない。逆にコメ兵が人を呼べれば、その周りのお店のお客様も増えて、大須の街全体が潤う。自分の店が成長することはもちろん大事だけど、やっぱり周りの人に対して「おかげさま」「お互いさま」の気持ちをもつことが事業の成長には大事。そのことを、私は大須の商店街で教えてもらいました。

一次流通と二次流通が融合した、新しい小売の形へ
ー 創業当初からブランド品をお取り扱いされていたのですか。
石原:当初は「要らんものはコメ兵に売ろう」というCMのインパクトもあって、「なんでも買います」という店でしたが、1990年に入ったくらいから、ブランドショップが増え、その流れの中で「数年後、ブランド品の買取が増えるんじゃないか」と思ったんです。それが、コメ兵でブランド品を扱うようになったきっかけです。
ブランド品への知見がまるでなかったので、はじめは会社をあげて、みんなで目と知識を養うことから始めました。長年かけてノウハウを溜め、「ブランド品のコメ兵」と言われるまでに成長しました。同時に、大須の街にリユースのお店がすごく増えましたね。「大須の顔」が変わってきた時期です。名古屋には「モノを丁寧に扱い、長く使う」文化があると思います。その意味で、リユースは名古屋に向いているのでしょうね。
ー 今後の両社の展望について教えてください。
石原:現場の社員たちには具体的な展望は任せていますが、例えば和と洋の良質、時代を超えた良質がリミックスされるような企画があってもいいですよね。そういえば以前、博多織の着物を扱う企業の社長に、コメ兵で着物を売れないかと相談されたことがあります。いまは、着物が実際の価値よりも安く販売されてしまう時代です。きちんと販売される場所をお探しされていたのです。そこで、「コメ兵のスペースを期間限定で使ってください」と提案しました。着物は日本の文化です。リユース業をやっているコメ兵としては、新品の価値あるモノがみすみす捨てられてしまう現実も、見逃すことはできません。新品とリユースのミックスという新しい取り組みにも、挑戦する価値を感じました。つまり、一次流通と二次流通の枠を超えた、新しい小売の形です。サステナビリティの推進にも繋がりますし、それこそが名古屋のカルチャーであるとも思います。
佐野:非常に面白く、ワクワクするお話ですね。僕たちが販売する洋服は、当然シーズン毎に新しいデザインが生まれますが、「ヴィンテージ」に対する価値は根強くあります。最新ファッションに昔のものをミックスするスタイルは、本当に洋服が好きな人ができること。コメ兵さんとご一緒することが、ファッションをもっと楽しむためのご提案に繋がるのではないかとも感じています。
それから、「大名古屋展」で名古屋・愛知のカルチャーを発信しているように、これから先は「海外」を視野に入れて、日本のカルチャーを一緒に発信していくこともできるはず。ビームスにも「CATHRI/カスリ」という、久留米絣を洋服にしているブランドがあり、これらも含めて日本のカルチャー世界に発信していきたい。このままだと着物文化が廃れていってしまう危惧は、僕たちにもあります。コメ兵さんは着物の新しい取り組みを始めているので、そういうプロジェクトもご一緒させていただき、共に魅力を発信していけるのかもしれません。ぜひビームスがハブとなり、企業の枠を超えた挑戦のお手伝いをしていきたいです。
文:林 知佐
撮影:Wataru Sato