1. HOME
  2. 最新ニュース&インタビュー
  3. 作り手とお客様で織りなす「セルフクチュール」で世界を目指す「ポップアップドレス」の挑戦

JOURNAL

作り手とお客様で織りなす「セルフクチュール」で世界を目指す「ポップアップドレス」の挑戦

作り手とお客様で織りなす「セルフクチュール」で世界を目指す「ポップアップドレス」の挑戦 NEW

服飾専門学校での放課後課題がきっかけで誕生した「ポップアップドレス」。着物が持つ美意識と機能性をひとつの「輪」に凝縮した、新しい装いを提案するブランドだ。2013年に講師と共にブランドを立ち上げ、2023年から代表を務めるデザイナーの室井健さんに、ブランドの誕生ストーリーやものづくりに込める思い、今後の展望について聞いた。

室井 健さん/pop up dress株式会社 代表取締役CEO・クリエイティブディレクター
1990年生まれ。名古屋工業大学工学部建築・デザイン工学科卒業後、エスモード東京校に入学。在学中の2013年に担任の岩瀬惠理先生が立ち上げた放課後課題「ポップアップドレス」に携わり、二人三脚でブランド事業化。ポータブルかつ纏うだけで服に新しい表情を与えられる商品として話題に。2019年にはブランドの一部製品がグッドデザイン賞を受賞。2023年からは代表として事業継承し現在に至る。

専門学校の放課後課題からスタートしたブランド

― 室井さんご自身のキャリアとブランド誕生の背景について教えてください。

ファッションには以前から興味がありました。ただ、高校はいわゆる進学校に在籍していたので大学へ進学しなければという思いがあり、建築学科へ進みました。その後、やはりファッションへの道を諦めきれず、大学卒業後はエスモードへ入学。そのとき担任だったのが、その後一緒にブランドを立ち上げることになった岩瀬惠理先生です。当時、岩瀬先生が、ある生徒のスケッチを見て“ポータブルに運べるスカート”というコンセプトをひらめいたんです。そこでそのコンセプトをテーマに放課後課題がスタート。当初から「せっかくやるなら」とブランド化することを想定していました。

― 当初の「ポータブルなスカート」というテーマから、現在の「首にまとう」デザインに転換した理由は何だったのですか。

試作をする中で、首に巻いてみたら「あれ?スカーフとしてもいける?」と発見がありました。商品開発と同時に、当初の予定通り展示会・受注会に向けて急ピッチで岩瀬先生と二人三脚で進んでいきました。おかげさまで無事に展示会は開催でき、さまざまな方の参加のもと、受注も多くいただき、好評を博す結果となりました。

― エスモードを中退、岩瀬先生との“二人三脚”でブランドを続けた当時の想いについて教えてください。

展示会を終え、このブランドの意義と商品が良いものだという直感に動かされ、生意気にも岩瀬先生に「教師よりもブランドデザインをメインに据えた方が良いではないか?」と進言しました。そして先生は退職を決断。私自身も中途半端な気持ちではやっていけないと思い、専門学校を辞める決断をしました。まさに、二人で大きな一歩を踏み出した結果となったのです。

― 2023年に代表に就任されてから、ものづくりに対する視点はどう変化されましたか。

立ち上げ後からどこかのタイミングで代表を引き継いでもらいたいという思いが岩瀬先生の念頭にあったようですが、コロナ禍で打撃を受けたことも引き金となりました。師である岩瀬先生の評価軸とクリエイティビティを追求していたものづくりをさらにアップデートさせるべく、作り手・売り手・そしてお客様の立場も考えた広い視点でものづくりを考え始めました。

また、コロナ禍に時間ができたことで新たな表現にチャレンジしようと、苦手意識のあった絵や3DCGや3Dプリンタなどのデジタルツールなどを学びました。

学校の放課後課題から誕生した「ポップアップドレス」。先生と共に退路を断ち、事業化を推し進めてきたと語る室井さん

未完だからこそ可能性がある。ブランドとものづくりの哲学

― 「ポップアップドレス」の哲学と、ブランドへ込める思いを教えてください。

代表就任時、自分自身を棚卸しして出てきた言葉に「Less is more」という建築で有名な哲学がありました。その言葉をヒントに「Less to More」をブランドフィロソフィーが生まれました。「最小で最大の要素を生み出す」という岩瀬先生から学んだ哲学でもあります。それはまさに、「ポップアップドレス」そのもので、ひとつのアイテムで色々な着こなしが広がる可能性を感じさせ、お客様の工夫で完成するという服づくりの考え方です。この考え方は「セルフクチュール」という考え方へと昇華していきました。

また、現在の「ワンアクションで洋服の印象を変える」という商品コンセプトは、「ポータブルなスカート」というコンセプトから発展したものであり、作っていく中で見出され、変化した結果とも言えます。また、ポータブルなスカートが「首に纏うもの」に変わっていったという成り立ちにも表れる通り、手仕事から見出された発見の積み重ねで現在の姿になっています。

― 日本製に至った経緯と職人と協働する魅力は何でしょう。

学生時代から日本でものづくりがしたいと思っていました。岩瀬先生がこだわって選んだシルクタフタの生地を、オリジナルで小ロットで多色展開できる工場さんと知り合えたのはブランドにとって大きな転換点になりました。また、縫製は仕事のクオリティが非常に高い専門学校の卒業生や講師の方が担当してくださり、生地から縫製まで品質の高い製品を提供できるようになりました。この2つの出会いがなければ、ブランド存続は難しかったと思います。

僕自身もひとりの職人です。だからこそ作り手への思いやリスペクトは強いのかもしれません。ものづくりの現場が疲弊してしまっている現実があるからこそ、一つひとつ縫製をする労力への対価が正当であることを目指したいのです。「人」がいないとものづくりは叶いません。工賃や労働環境、そして作る楽しさを追求し、相互コミュニケーションを対面で取りながら長く協働していきたいと思っています。

― 従来の「コレクション発表型」にしなかった理由を教えてください。

春夏、秋冬で年間2回新作をリリースする「コレクション発表型」は大量生産でグローバルに流通させるブランドにはメリットが大きいと考えます。ただ、市場に流通させる数も少ない我々のようなプロダクトは、音楽のように、シングルをいくつか発表してまとまったらアルバムを出すような、そんなものづくりをした方が良いのではと思いました。定番商品を長く愛用していただくことで、職人さんの負担減や本来のサスティナブルな活動に繋がるのではないでしょうか。

自社で作成した工場や製法をまとめたパンフレット。全国の工場を自分の足でまわり、生産現場の方々とも頻繁にコミュニケーションをとっている

お客様の手が入り完成させるものづくり

― お客様から長く愛される理由は何でしょうか。

定番商品のひとつ「パレット」が長く愛されるのはシンプルゆえに着方をクリエイトできる点にあります。基本の型(8パターン)は動画にてわかりやすく提案し、着こなしのヒントにしてもらっています。絶妙なサイズ感と多彩な色もまたお客様の創造力をかき立てるようで、帽子に、着物の帯に、演奏衣装としてTシャツ×スニーカーに「ポップアップドレス」を合わせたスタイリング、といったユニークで楽しくカッコいいアイデアを提案してくださいます。

― 「ポップアップドレス」のデザインで大切にしているポイントは何ですか。

サイズ感と色を最も大切にしています。サイズ展開がない分、できるだけ多くの人にフィットするようなサイズ感を追求しています。また、色選びはかなり慎重に、そして悩みに悩んで決めています。先染めのシルクタフタは経糸と緯糸を組み合わせて色を作り上げます。そのため、織り上がるまで最終的な仕上がりがわからないので工場と相談しながら顔映りが良い最終色を決定します。定番商品に加えて毎年1、2色は新色を投入しています。

お客様の声を聞きながら商品のサイズ感を調整し、色鮮やかなカラーバリエーションを展開している

国内外へ向かう今後の展開とビジョン


― 代表に就任してから行われた事柄と新たな挑戦を教えてください。

ベースのコンセプトは、ブランド立ち上げ時から変わっていません。全体の印象は変えず、サイズの変更といった製品見直しやコンセプトの再定義、バックオフィスや販路の整備を地道に行いました。そして新しいチャレンジとしてはどのようなお客様に支持されているのか「絵」を描き、デジタルツールとも連携させたお客様分析を積み重ね、製品開発に活かしています。

また、銀座三越常設店のみでしたが関西など東京以外の地域でのイベントも幅広く行い、国内における周知への努力も始めています。さらに、共同代表がアメリカにいる関係で、ニューヨーク、ロサンゼルスでのブティックへ卸すことになったほか、パリでの出展も予定。海外の方々からの評価も高いので、国内需要も安定させながら、海外展開で商品に触れていただく機会を増やすことを楽しみにしています。

― 今後の目標と10年後までに目指したい「ものづくり」の姿を教えてください。

AIで何でも作り出せる世の中だからこそ、自分の手で生み出す喜びや豊かさに価値を見出すものではないでしょうか。モノを愛でて、工夫する豊かさを、服作りを通して社会に提案していきたいと思っています。オートクチュールでもプレタポルテでもない、セルフクチュールの豊かさに共感してくださるファンをこれからも増やしていきたいと思っています。ものづくりは私にとって、生きていることを実感するものです。手を動かし、足を運び、頭を使って、自分自身も工夫をしながらものづくりを続けられていたら最高です。

文:金沢由紀子
撮影:船場拓真

SNSでこの記事をシェアする