コロナ禍で改めて見直される、“販売員の価値”とは? 人気セレクトショップのトップセールス販売員に訊く、販売職の未来。
コロナ禍を経て、ファッション業界の販売方法は大きく変化した。EC普及が加速し、店舗ではオンライン接客やインスタライブの実施、YouTube配信など、店舗の範囲を超えた顧客づくりに多くの企業が奮闘している。今回は元ルイ・ヴィトン顧客保有数No.1で、現在は販売員の価値向上のための研修や講義を行う、株式会社クライアンテリング アドバイザリーの土井美和さんをモデレーターに迎え、エストネーション六本木店の多久喜子さん、ユナイテッドアローズのセールスマスター・プラチナに認定されている藤田裕貴さん、多くの顧客を抱えるトップセールスのお二人にコロナ禍で変化したことから販売員の未来まで語っていただきました。
土井 美和さん/株式会社クライアンテリング アドバイザリー 代表取締役(写真:左)
大学を卒業後、2001年にルイ・ヴィトン ジャパン(株)に入社し、クライアントアドバイザーとなる。2度の育児休暇を経て、サービスエキスパート、シニアサービスエキスパート、エキスパートアドバイザー、トップパフォーマー兼フレグランススペシャリストとステップアップ。2012年に顧客保有数が日本一となる。2020年に退社し、翌月に起業。2022年1月に株式会社クライアンテリング アドバイザリーを設立。
YouTube:土井美和 YouTubeチャンネル
Instagram:@miwa__doi
多久 喜子さん/株式会社サザビーリーグ エストネーションカンパニー(写真:右)
前職ドルチェ・アンド・ガッバーナ株式会社にて「D&G」ストアマネージャーを経て、2011年2月に六本木ヒルズ店 ウィメンズマネージャーとして入社。7年間の関西店舗勤務を経て、現在六本木ヒルズ店所属。顧客作り・育成・VMD・数値管理・バイヤー視点、商品知識と、販売職に必要スキルをバランス良く持ち合わせている。ファッションを芸術・カルチャーという視点で捉えており、作り手への敬意を表する姿勢が強い。「ファッション業界は生涯の仕事になり得る」を体現中。
藤田 裕貴さん/株式会社ユナイテッドアローズ プライベートサービスデスク 室長(写真:中央)
1997年入社。複数店舗の勤務を経て、2014年以降はユナイテッドアローズ 六本木ヒルズ店に所属。2011年からセールスマスター*を務める。2021年10月より現職。プライベートサービスデスク室長として、社内で展開する全ラインアップからお客様の嗜好にあわせた商品紹介、スタイリングやアフターケアの提案までを行う。オンラインの利便性とパーソナライズした接客サービスを融合させた新たな小売販売のスタイル構築や、富裕層の方々に向けた最上質なライフスタイル提案により、顧客生涯価値の向上に取り組む。
*優れた販売のスペシャリストを称える(株)ユナイテッドアローズの販売員表彰制度
Instagram:@grandehiroki
コロナ禍の販売現場で変わったことと、変わらないこと。
土井さん(以下、敬称略):今日はよろしくお願いいたします。お二人とも有名セレクトショップのトップセールス販売員でいらっしゃいますが、コロナ禍において販売の現場にはさまざまな変化があったと思います。お二人が現場で直接体感した変化についてお伺いできますか?
多久さん(以下、敬称略):まず、お客様との会話のなかで増えたのが「安心したい」「信頼したい」といったお言葉です。お客様にとって大きなライフスタイルの変化があるなかで不安を感じているというエピソードをお聞きすることも多く、そういった背景からも「ただお洋服を買いたい」というお気持ちよりも「慣れ親しんできたスタッフのもとで買いたい」というお気持ちが、コロナ前と比べてさらに強くなったように感じます。これは私たち販売員にとって、とてもありがたいことであり、さらにお客様との関係性を深めていくことができると感じています。また、コロナの影響もあってか、お客様のお仕事やご家族についてなど、これまであまり聞くことのなかったライフスタイルについてもより具体的にお話しいただくことが増えたと感じています。
藤田さん(以下、敬称略):私は去年から本社と店舗の行き来をしているので、お客様をお迎えするための事前準備やアフターフォローなどこれまで以上に入念に取り組むことを心がけています。お客様のなかでもこのコロナ禍で「長居はしなくていい」とおっしゃる方も増えていて、短時間でいかにベストなご提案ができるかどうか、提案のスピードも含め変化を感じています。また外資系企業の方など、現在もリモートワークをしているお客様も多いので、オンライン会議で見立てがいいものや、リラックスできる素材などを提案することが増えたと感じます。
多久:まさに時短というのは一つのキーワードになっていると思います。私たちのようなファッションだけでなくライフスタイルカテゴリーを提案しているショップでは1店舗でさまざまなものを揃えていただけるので、今までご紹介できていなかった新しいカテゴリーもご提案できるようになったと思いますね。
藤田:自分たちのお店のなかでご用意ができればベストですが、その一方で“できないこと”をしっかり認めることも大切ですよね。お客様にとって本当におすすめできるものが他社のものであれば、それをご紹介することも重要だと考えていて。私が長くお付き合いさせていただいているお客様は、他社も含めて幅広くご提案させていただく方が多いです。
土井:この長いコロナ禍で接客スタイルが変化していくなか、お客様とのより密な関係構築をされてきたのですね。お二人ともセレクトショップで働かれていて、ファッションだけでなくライフスタイルまで広くご提案されていらっしゃいますが、逆に変化しなかったこととはどんなことでしょうか?
多久:変わらないと感じるのは、ありがたいことに販売員や店、ブランドに対する信頼です。このコロナ禍でお家時間が増えたこともあり、SNSやECなどあらゆる情報をキャッチしやすくなったと思うのですが、そのなかでもやっぱり店舗にいらしてスタッフに相談したいという方が多くいらっしゃいます。デジタル化が進み、チャットなど新たなツールもたくさんありますが、やっぱり顔を合わせて相談したい、デジタルだけじゃ満足できない、という方が多くいらっしゃいます。今までのお客様に対する私たちの姿勢の答え合わせのように感じられました。
藤田:さまざまな業種のお客様と接するなかで変わらないと感じるのは、このコロナ禍でより世間的にカジュアル志向が高まったと思うのですが、特に経営層のお客様は “今までと変わらず品位を保ちたい”というお気持ちです。多くの方がジャケットを着ないとか、ネクタイをしないとか、ビジネスカジュアルに意識が向いているなかでも「やっぱり自分はちゃんとしたい」という意志を感じます。そのなかでも提案として、ちゃんとしているけどリラックスしたジャージ素材のオーダースーツなど、今までにない新しいスタイルの提案がご満足に繋がっていると実感しています。
ECではできない=販売員にしかできないこととは?
土井:お二人とも時代の変化に寄り添いながら、お客様にとって新しいご提案を心がけているのですね。今お話してくださった、ECではできない=販売員にしかできないことというのがあると思いますが、それはどんなことだと思いますか?
多久:これまでは雑誌やSNSで憧れのセレブリティやモデルなどからインスピレーションを受けることが多かったように思いますが、ここ2,3年変わってきたと感じるのは、より近くのコミュニティのなかで憧れを見つけるという感覚です。そのためお客様もより身近な情報のキャッチに敏感になられていて、さらに共感性を求めていると感じます。それは、私たちがいままでが追いかけてきた4都市コレクションやトレンドとは別軸のもので、私たちの情報収集の方法も常に変化しています。まさにファッションだけではなく、香りや食べ物も含めて、五感で感じるようなインスピレーションは、ECはもといAIにも提供できないのではないでしょうか。
藤田:いつもお客様がいらっしゃる前にあらかじめご紹介するものをご提示しておくので、例えばお寿司屋さんのように「今日はどんなものを出してくれるんだい?」と楽しんでくださっているのですが、そういった特別感のあるおもてなしは販売員にしかできないことだと思っています。それこそECでは閲覧履歴からおすすめ商品が提示されたりしますが、やはりそのお客様一人ひとりのライフスタイルを把握した上で提案するということはECには置き換えられないですよね。最近ではオンラインでの接客も増えていますが、例えば「シャツ1枚だけ急ぎでどうしてもほしい」というお客様のために、私がお店にいきリモートで商品をご紹介して購入いただいたこともあります。臨機応変な対応力と圧倒的な提案力は販売員に勝るものはないと思います。
トップセールス販売員が考える販売職の未来。
土井:最後にお聞きしたいのですが、このコロナ禍で販売職はこれからも変わっていくと思います。お二人にとって販売員の未来は、今後どのように変わっていくと思っていますか?
多久:私は、販売員の同質化はさらに求められなくなり、個性や違いを持ったスタッフがより求められていくと考えています。エストネーション六本木店は大型店舗で、さまざまな個性を持つスタッフがたくさん在籍しているのですが、そのスタッフ一人ひとりにしかできないことを互いに尊重することがお客様の喜びにつながると実感しています。ある程度のスキルは必要ですが、その上でその人にしかできないこと、強みがあるだけで、やっぱり会いに行きたくなるんですよね。そういう人が、販売員という枠を超えた唯一無二の存在になれるのだと思います。
藤田:私はこの仕事に就いて25年になるのですが、どんどん後輩ができていくなかで、やっぱり長く販売の仕事を続けていくことにモチベーションを保てないという人も多くいるんですよね。これからはもっと販売員の多様性というものも大切にしていかなければならないですし、若い人たちにとって販売という仕事を通してたくさんのお客様と出会えること、そして感動が生まれることを自分の背中で見せていきたいと思っています。昨日もちょうど20年来のお客様が、とても重要な面談前に洋服を見立てにいらっしゃったのですが、ジャケットの最後のボタンを留めながら、“人生の大半を一緒に過ごしている”ことに大きな喜びを感じて、感動しました。そんな感動を多くの後輩たちに、一人でもいいので感じてもらえるとうれしいです。
土井:私も長年販売職としてさまざまなお客様と接してきましたが、やはりお客様にとって、お店にいる販売員の価値というのはとても重要なものですよね。そしてこのコロナ禍を経て、お客様も改めてその価値を感じていらっしゃると思います。お二人のように、販売員としてお客様に選んでいただけることを誇りに思えたり、販売という仕事に価値を感じて成長していける方が、これからさらに増えていくといいな、と感じました。今日は本当にありがとうございました!
Brand Information
UNITED ARROWS
ユナイテッドアローズは、独自のセンスで、国内外から調達したデザイナーズブランドとオリジナル企画の紳士服・婦人服および雑貨等の商品をミックスし販売するセレクトショップを展開しています。