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【イベントレポート】ビームスとユナイテッドアローズを支えてきた2人が語る、ファッションと時代の記憶

【イベントレポート】ビームスとユナイテッドアローズを支えてきた2人が語る、ファッションと時代の記憶 NEW

ファッション小売業の発展と販売スタッフの地位向上を目的に、1991年に設立された「スペシャリティ ストアーズ アソシエーション(以下、SSA)」。ユナイテッドアローズ、ビームス、アバハウスインターナショナル、ノーリーズ、ビショップの5社によって運営され、年2回のフォーラムやチャリティイベントなど様々な活動が行われている。本記事では、2026年2月26日に行われた「SSAフォーラムⅡ」でのトークセッションをご紹介。「”ファッションを楽しむ”と”時代”のつながり」をテーマに、株式会社ユナイテッドアローズ上級顧問の栗野宏文さんと株式会社ビームスの取締役であり、BEAMSの生き字引とも称される窪浩志さんが登壇。ファッションとの出会い、販売員時代の経験、ファッションの楽しさをどのように伝えていくべきかについて語り合った。

■登壇者
栗野 宏文さん/株式会社ユナイテッドアローズ 上級顧問 クリエイティブディレクション担当(写真:右)
窪 浩志さん/株式会社ビームス ディレクターズバンク エグゼクティブクリエイティブディレクター(写真:左)

ファッションとの出会いは、人生の原風景にある

まずは、おふたりがファッションに興味を持つようになったきっかけを教えてください。

窪 浩志さん(以下、窪):私は幼少期、事情があって母と離れて暮らしていたのですが、半年に一度母が帰ってくる際、横浜の百貨店で「バンミニ」で服を買ってもらうのが習慣になっていました。最初に買ってもらったのは小学校4年生のときで、サックスブルーのギンガムチェックのボタンダウンシャツだったと記憶しています。それ以来ファッションに興味を持つようになり、周りの友人からは変わり者扱いされていましたね。今でも同級生から「卒業式にエンジのブレザーにベレー帽をかぶっていたよね」と言われます。

栗野 宏文さん(以下、栗野):私は小学生の頃、母に連れられて映画を見に行っていました。西部劇ではよく、正義の味方が白い服、悪者が黒い服を着ているということに気づきまして、服装による視認性や立ち位置の表現に興味を持つようになりました。その後、007のショーン・コネリーやビートルズの衣装から、「ファッションは意志のあらわれであり、世の中に対するリアクションなのではないか」と思うようになりました。

参加者は真剣な眼差しでふたりの話に耳を傾ける

ファッションは文化と時代を映す鏡

本日は70年代から現在まで着続けているファッションアイテムをお持ちいただいています。まずは栗野さんからお見せいただけますか。

栗野:1979年頃に購入した「ビッグマック」のシャンブレーシャツを持ってきました。ワーカーシャツにルーツを持つアイテムで、とても丈夫なので襟とカフスを直しながら今でも着ています。

また、こちらのネクタイは、ビームスの店長を務めていたときに「フェアファクス」で別注したものです。お店に合った生地のサンプルを見ながら選びました。背景に英国のクラブ等の歴史や文化などは知らず、ただ好みで選んだんです。いま考えると大胆でしたね。

それから「コールハーン」の370という、染色していないナチュラルレザーが特徴のローファーです。型違いのものも持っていまして、両方とも私にとっての“センチメンタルピース”として大切にしています。ヒッピーカルチャーが台頭した後の時代、ローファーにも自然志向が取り入れられていたのかもしれません。

栗野さんが1979年に購入した「ビッグマック」のシャンブレーシャツ
ビームス別注ネクタイ「フェアファクス」と「コールハーン」370ローファー

窪:私は横浜のジーンズショップで買った、ウエスタンシャツとダブルジャガードのセーターを持ってきました。いずれもミッキーマウスのライセンス商品で、当時「大人がキャラクターものを着てもいいんだ」という衝撃を受けたことを覚えています。リーバイスのコーデュロイやワラビーを合わせていましたね。

栗野:このシャツは襟がとても大きいですよね。当時はカラーキーパーを抜いて着るのが自身での流行りでしたね。同じような例でいうと、ラコステのシンボルであるワニのマークをわざと取ったり、仲間達はアメリカ製のジーンズの形に合うように、お尻のポケットに野球のボールを入れたり。いま考えるとある種の馬鹿らしさもありますが、自分が着たいように自由に着ていた、ということですね。

窪さんが横浜のジーンズショップで買ったウエスタンシャツとダブルジャガードのセーター

では、続いて80年代のファッションについて、栗野さんからお願いします。

栗野:1985年、初めての海外出張でヨーロッパに行った際に購入した、「エミスフェール」の黄色いカシミヤセーターです。当時の日本ではカシミヤセーターといえば長年着られるネイビーやグレーが主流でしたが、1970年代末からBEAMSでは絶妙な配色のコーディネートを着こなす「フレンチアイビー」をひとつのテーマとしていました。先ほど紹介したシャンブレーシャツの上に着たり、ネクタイを締めたり、スーツやブレザーの下に着たりしてフレンチ気分を楽しんでいましたね。

1985年にヨーロッパで購入した「エミスフェール」の黄色いカシミヤセーター

窪:こちらは辻堂のサーフショップで購入した「リーバイス」のシャツジャケットです。当時好きだったプログレッシブロックのアーティストの影響を受けていたんじゃないでしょうか。以前はコーデュロイのブーツカットなどを合わせていましたが、いまはテーパードのパンツに合わせてバランスを取っています。古臭さを感じず、よく「どこのですか?」と聞かれることも多いです。

栗野:ここで1980年にイギリスで創刊された雑誌「i-D MAGAZINE」をご紹介したいと思います。ファッション、音楽、カルチャー、政治を並列に取り扱っているメディアです。当時のイギリスは保守のサッチャー政権下にあり、反抗する若者がニューロマンティックのようなムーブメントを起こし、ファッションにも影響を与えていました。ジョン・ムーアに代表されるTHE HOUSE OF BEAUTY AND CULTURE(1980年代後半にロンドンのダルストンにあった前衛的なブティック、デザインスタジオ、クラフト集団)もそのひとつです。

窪さんが辻堂のサーフショップで購入した「リーバイス」のシャツジャケット

続いて90年代のアイテムもご紹介いただきましょう。

栗野:私は1993年、アントワープに行った際、「ドリス ヴァン ノッテン」でスリーピースを購入しました。Vゾーンが詰まっていてサイドベントが短く、シングルベストにダブルジャケットという不思議なバランスが好きで、いまでもよく着ています。30年経っても着られるクラシックさを表現しながらも、進化させられるデザイナーは稀有だと思いますね。

栗野さんが1993年にアントワープで購入した「ドリス ヴァン ノッテン」のスリーピース

窪:こちらのベストは「ビームスボーイ」を立ち上げた時のオリジナルです。私はビートルズが大好きでして、ジョンとポールという二人のコンポーザーへの憧れと敬意を込めて、ギターのストラップをモチーフにデザインしたものです。ポールはサウスポーなので、ストラップも右肩からかかっているのがポイントです。

窪さんが「ビームスボーイ」を立ち上げた時にオリジナルで作った、ビートルズをモチーフにしたベスト

自由な遊び心がいいですね。続いてもう1点ずつ、ご紹介お願いできますか。

窪:ビームスでは90年代前半、「ロメオ・ジリ」と「ヘルムート・ラング」を中心に扱ってきました。Vゾーンが浅いシルエットは、栗野さんが紹介された「ドリス ヴァン ノッテン」にも通じる部分があるかもしれませんね。「ロメオ・ジリ」はボルドーやゴールドといった、中世のヴィクトリア時代の絵画に出てくるような色が基調でした。若い頃に中近東やアジアを旅した経験にインスパイアされているようです。

「ロメオ・ジリ」のジャケット

栗野:当時はアースカラーと言っていましたね。1989年にベルリンの壁が崩壊し、世界がオープンでフラットになりました。ファッションにも政治情勢の影響は少なからずあるのではないでしょうか。日本は大きなスポンサーがつかなくても自分の資本で新しいことにチャレンジできる、珍しい国といえます。そしてやろうと思えばすべて日本で作ることができます。そうした環境が皆さんの仕事を支えているわけです。

いまのお話を踏まえて、1枚のシャツをご紹介します。2019年にナイジェリアに行った際、「ワッフル・アンド・クリーム」というスケートブランドに出会いました。彼等には資金はほとんどありませんでしたが、ファッションブランドでお金を稼ぎ、アフリカで初めてのスケートボードパークを作ることを目標にしていたんです。

スケートボードショップのバックヤードで、ミシン1台で製品を作っていて、縫製も仕立ても適当。生地も一番安いものを使っているんですが、それがキリスト教の宗教儀式に使われるもので、聖書のありがたい言葉がたくさんプリントされているんです。クオリティはさておき、若者たちが夢を見て作っているということに感動してシャツを買いました。ファッションはその国の文化を映す鏡でもありますから、皆さんにもどんどん海外で経験を積んでいただきたいです。

2019年、栗野さんがナイジェリアで購入したスケートブランド「ワッフル・アンド・クリーム」のシャツ

― 2000年以降のファッションについてもお聞かせください。

栗野:私にとって2000年代以降は、「カラー」の阿部 潤一です。ゼロからブランドを立ち上げて国内に9店舗展開して、パリコレにも参加した彼の業績は偉大ですよね。2010年代最も多く着ていますし、自分のエモーションにも響くブランドです。
窪:「カラー」はパンツでベストセラーを生んだ唯一のブランドと言えるかもしれません。クラシックと遊び心のバランスが取れているのでモードにもトラディショナルにもオールマイティに合わせられますよね。

阿部 潤一さんがデザイナーを務める「カラー」のシャツ

外の世界にアンテナを張り、クリエイティブな販売員になってほしい

おふたりは店頭に立っていた頃、どのようなことをお客様に伝えていたのでしょうか。

窪:私はお客様が欲しがっている商品でも、試着したり鏡に映してみたりしたときに似合わないと感じたら率直に「似合わない」と言ってしまっていました。「こちらの方が絶対に似合います」と自分の感覚で提案してしまうんです。その瞬間、お客様も自分で気づいてスイッチが入り、信頼して買っていただいたということは多いです。お客様に叱られたこともありますけどね。

ブランドのストーリーをお伝えすることももちろん大切ですが、優れたブランドは縫製や仕上げなど細かい部分にこだわっていることが多いので、時間があるときに商品をよく観察して、「巻き縫いがしっかりされている」「パイピングしてある」という情報をインプットします。接客の際にその引き出しを開いてお伝えすると、信頼してくださることが多いですね。あとは、時間があるときにコーディネートを組んで、アイテムを手に取られた時にお客様に似合うコーディネートを提案できるようにしていました。

栗野:いま窪さんがおっしゃったのは、知識ではなく知恵だと思います。本を読んだりネットを見たりするだけでは手に入らないものです。ぜひ自分にしかできない方法で、知識を知恵として蓄積し、お客様にハッピーになってもらえるクリエイティブな販売員になってほしいと思います。

お客様も販売員も、同じ人です。自分が一番納得いく説明をすれば、お客様も納得してくれるはずです。伝えるべきことを誠実に伝えることも、プロの技だと思います。

店頭での経験を振り返りながら、販売員として大切にしてきた姿勢を語る窪さん

― 最後に、本日参加されている皆さんに向けて、ファッションとどう向き合っていくのがよいか、一言メッセージをお願いいたします。

窪:シンプルに、洋服を好きでいることが一番大切だと思います。気になったものはどんどん着るようにして、高くて買えなければ試着だけでもしてみると、商品の良さがわかります。

ここまで話してきたように、ファッションは歴史の積み重ねです。過去を知ることでアップデートしたり、自分なりに工夫したりすることができます。何でもすぐに調べられる時代ですから、わからないことはすぐに調べて解決する癖をつけてください。

それと、苦手を克服するためには努力を続けること。私はビームスに入社した時、周りのスタッフとは違って絵が描けないことがコンプレックスでした。そこで毎日、通勤時間に前の席に座った人のスケッチをしていたんです。その訓練のおかげで、服のディテールなどに気づくことができました。後で妻に見られて怒られましたけど(笑)。とにかく苦手だと思うものも、コツコツ続けていくことで克服できるということを覚えておいてください。

栗野:社会情勢を感じてほしいです。世界には、ファッションが楽しめなくなる要因がふたつあります。ひとつは環境破壊です。地球上で2番目に環境負荷が大きい産業だと言われているファッションは、常に環境問題とは隣り合わせだということを忘れないでください。もうひとつは戦争です。いうまでもなく、戦争が起きたら洋服どころじゃなくなります。ですからファッションは平和産業ともいえるでしょう。平和を守るためにも、しっかりと政治に関心を持っていてほしいです。

「知識ではなく知恵を」自分にしかできない方法で価値を届ける販売員の姿勢について語る栗野さん

文:大貫翔子
撮影:船場拓真

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