ラグジュアリーブランドのマネージャーが教える、グローバルキャリア成功のカギ Vol.14 微笑みの国 タイ、急成長するベトナム NEW

ラグジュアリーブランドの海外支社で働く――。そんな憧れを実際に叶えた、日本人男性・野﨑健太郎さん(ペンネーム)が綴るコラムです。日本人がグローバルで働く上で知っておきたいこと、海外のマーケット動向、キャリアアップしていくためのヒントとは……?これまでたくさんの挑戦と成功を重ねてきた野﨑さんだからこその視点や気づき、エピソードなどを交えながらお届けします!
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皆さま、あけましておめでとうございます。
2026年もリアルな経験をもとにした視点を大切に、ユニークな内容をお届けしていきたいと思います。今月は、タイとベトナムについて私自身の経験をもとに感じた印象と、そこから見えてきた背景を少し深掘りしてみたいと思います。
私は2022年から2025年にかけて何度もタイとベトナムを訪れ、実際に現地の人たちと仕事をしました。旅行しただけでは分からない部分までリーチできたと思うので、これから東南アジアへの旅行や移住、ビジネスを考えている方の参考になればうれしいです。
タイとベトナム、光と影
日本人にとっては、タイもベトナムも「東南アジアの国」であり、似たような印象をお持ちかもしれません。しかし、実際に訪れてみると似ているようで実は少し違います。私が最初に感じた両国の印象は、一言で言うと「光」と「影」でした。
タイは人々がとても明るく、優しい。「微笑みの国」と呼ばれる理由がすぐに分かります。私のタイでの初めての仕事はIcon Siamという巨大モールでのイベントだったのですが、タイの同僚たちやモールの担当者の人も、コミュニケーションの中に「優しさ、柔軟さ」また「敬意」があるのを感じました。
一方でベトナムでは、人々はどこか無表情で、割と淡々と仕事に没頭している印象で、タイで感じたような「柔らかさ」はあまり感じず、仕事の指示や役割を明確にするための実務的なコミュニケーションが中心といった印象です。サイゴンの街の中には戦争博物館があり、ベトナム戦争の記憶が、今も街の空気の中に残っているようにも感じられました。ただ、実際に仕事で深くかかわり、色々なことが分かってくると、「光の中にも影があり、影の中にも光がある」ことが分かります。興味深いことに、こうした印象の違いは、両国の抱える経済的な構造の違いにも通じています。
データが示す経済規模と勢い
ASEANの中でも大きな存在感を示すタイとベトナム。経済データをみると、大きな違いがあります。まず経済規模でいうと、ベトナム(約4764億ドル)よりもタイ(約5264億ドル)の方が大きいことが分かります(日本は約4兆ドル)。
人口ひとり当たりGDPではさらに差が開き、ベトナムが4717ドル、タイは7345ドルとなり、およそ1.5倍近い差があります(日本は3.2万ドル)。ではタイの方が断然先進国なのか、というと単純にそうとは言い切れません。ベトナムの強みはその成長率にあります。2024年のGDP成長率は驚異の7.1%と非常に高く、タイは2.5%にとどまっています。勢いという点では、明らかにベトナムに分があります(日本は0.1%の成熟国)。
実はタイは現在、日本と同じく高齢社会という構造的な課題に直面しており、高い成長を維持する前に、それが表面化してしまい経済の足かせになり始めているのが現実です(日本はすでに超高齢社会)。
一方でベトナムは人口の若年層の比率が高く「人口ボーナス期」の真っただ中にあり、この状況は2040年頃まで続くと予想されています。
また、タイの大きな影として存在感があるのがタイ軍です。タイ軍は非常に武闘的な側面を持っています。実際、最近ではカンボジアとの国境をめぐる緊張の中で空爆が行われるなど、軍事的に強硬な姿勢が目立っています。またタイ軍はこれまで何度もクーデターを繰り返しており、直近では2014年に軍事クーデターが発生しました。現在も軍の影響力は非常に強く、政権の不安定さが長期的な製造業投資に慎重さを生んでいます。
一方でベトナムは、一党体制ではあるものの、政権の安定性を維持し続けています。米中対立が本格化した2018年以降、製造業において「次の中国」としての期待が高まり、投資が加速しています。ベトナムの軍隊はアジアでも屈指の実戦経験を持ち、ベトナム戦争では米国と、中越戦争では中国を相手に戦ってきました。しかし、戦争がいかに国民を疲弊させるかを骨身に染みて知っているからこそ、現在は「戦わないこと」を前提とした抑止的な戦略を取っているように見えます。
タイの「サバイ、サバイ」
「タイで仕事するなら知っておいた方がいい言葉だよ」そうマレーシア人の同僚に教わったのが、「サバイ、サバイ」という言葉でした。日本語に訳すと「大丈夫」「リラックスして」といった意味になりますが、文脈によってニュアンスが変わる、とても奥深い言葉です。この「サバイ、サバイ」は、タイの光と影を語るうえで重要なキーワードだと思います。
冒頭で触れたタイスマイルも、このサバイサバイの精神で説明することができます。タイでは上座部仏教の影響もあり、感情を荒立てない、正面衝突を避ける、長期的な目線で関係を保つことが重視されます。その文化的スキルのひとつが、タイスマイルです。表面上は笑顔でやり過ごしますが、心の中では怒っていたり悲しかったりすることもあります。
実際、バンコクで車に乗っていると信号無視や強引な割込みは日常茶飯事のカオスなのに、クラクションを鳴らす人が驚くほど少ないことに気づきます。また、仕事上で何か失敗やトラブルがあっても、人前で怒鳴ったり叱責したりする人をほとんど見たことがありません。
すべてが秩序立っている日本から来た人が、この混沌としたタイで、サバイブしていくには、「サバイ、サバイ」の精神を持たないと、途中で息切れしてしまうこともあるかもしれません。ただし、「サバイ、サバイ」とはいっても、タイの人の感情も単純ではありません。そのため人前で叱る、フィードバックを行う際は注意が必要です。笑顔でうなずいていたとしても、翌日には突然辞表を持ってくるかもしれませんので、仕事をする際は感情面への配慮は欠かすことはできません。
タイの部長の給与は日本より高い!?
2022年7月12日、日本経済新聞が「部長クラスの年収がタイより低い日本 経済成長の鍵は」というセンセーショナルな記事を掲載し、大きな話題となりました。
こうした記事が日本の賃上げ圧力につながり、結果として高い賃上げ率が実現していること自体は、前向きに捉えるべきだと思います。ただし、このデータの比較については、やや誇張されている印象も受けました。
そもそも、日本とタイでは経済規模に数倍の差があります。日本には複数の大都市が存在し、産業の裾野も非常に広い。一方で、タイはバンコクへの一極集中が極端で、大企業やトップシェア企業の数も、日本ほどの厚みはありません。
バンコクの限られたトップ企業で「部長職」に就くというのは、国内トップエリートの中でもさらに選りすぐりの存在、かつ強いコネクションを持っている可能性も高いです。在バンコクの外資系企業においても同様で、海外の名門大学でMBAを取得したようなエリート層が、その職を占めているケースがほとんどです。
そうした人たちの平均給与が、日本の部長クラスの平均を上回っていたとしても、そもそも母数がまったく違うため、単純比較にはあまり意味がありません。
また、タイ全体の平均給与についても、農村部とバンコクでは大きな差があり、全国平均では日本の6割にも満たない水準です。
もっとも、バンコク“だけ”を切り取って見ると、給与水準は確かに高く、都心部の生活費も東京並みと言われています。実際、モールやフードコートで軽いランチをしても、1,000円から1,500円以上かかることは珍しくありません。
また、昨今のタイバーツ高(対円)が、こうした印象に拍車をかけています。このバーツ高は金利政策などの要因に加え、タイが大きな金の市場を持つことも背景にあり、金価格の上昇局面ではバーツが強含みやすい傾向があります。2021年と2025年を比較すると、タイバーツは対円で約40%上昇しており、これもタイの製造業における輸出の足かせとなっています。
私が初めてバンコクを訪れて驚いたのが、ショッピングモールの圧倒的な大きさと華やかさでした。Icon Siamは日本の百貨店や大型モールと比べても、スケール感と演出力が群を抜いています。天井が高く、大胆なデザインで、チャオプラヤ川を望む贅沢なつくりは、まさに「都市の劇場」と呼べる存在です。ただし、こうした空間が成立している背景には、バンコクへの極端な一極集中があります。
バンコク首都圏の人口は約1,600万人規模に達している一方で、タイにはバンコクに続く「第2の大都市」が存在しません。チェンマイやプーケットはそれぞれ魅力的な都市ですが、チェンマイの市街地人口は10万人強にとどまり、都市のスケール感には大きな差があります。バンコクの街は、一言で言えばカオスそのものです。
特に有名なのが、世界最悪とも言われる交通渋滞で、1時間経っても10メートルしか進まない、ということも珍しくありません。また夜の街にはマリファナの匂いが立ち込め、怪しげな若い女性たちや、女性に見える男性たちが、毎晩のように路上に立っています。同じようにカオスな街であるベトナムのサイゴンやハノイも、見た目は似ていますが、空気感は少し異なります。なぜ同じカオスでも、こうした違いが生まれるのか。
そこを少し深掘りしてみると、思いがけず面白い発見がありました。
インド(インダス文明)の影響
「タイはインドの影響を受けている」というと、「え?」と思われる方もいると思います。私も、最初は半信半疑でした。しかし訪問を続けるうちにその仮説は確信へと変わっていきました。一方でベトナムはインドの影響がほとんどなく、中国、中華的文化(黄河文明)の影響を強く受けています。タイは歴史的に、インドから伝わった仏教(上座部仏教)やヒンドゥー的な世界観の影響を強く受けています。インド的な価値観の特徴の一つは、「世界はそもそも整っていないもの」「矛盾や混沌は前提として受け入れるもの」という考え方です。良いことと悪いこと、光と影が同時に存在することを、無理に整理しようとしません。
そのため、バンコクの街のカオスは、どこか受容的です。交通渋滞も、夜の街の混沌も、「そういうもの」として流され、過度に怒りや衝突に発展しにくい。クラクションが少ないのも、感情を荒立てないという文化的な選択の結果なのだと感じます。一方で、ベトナムはまったく異なる文明の影響を受けています。ベトナムはインドではなく、中国文明圏に属し、儒教や官僚制度、序列や秩序を重んじる文化が社会の土台にあります。
同じ東南アジアであり、同じように混沌として見える街であっても、その内側に流れている思想や世界観は、まったく異なります。この違いを知ると、なぜタイの人々が柔らかく、なぜベトナムの人々がどこか硬質に見えるのか、その理由が少し腑に落ちてきます。そしてそれは、単なる国民性ではなく、長い歴史の中で形成された文明の違いなのだと感じています。
来月は、ベトナムを中心にその光と影について掘り下げてみたいと思います。
■著者プロフィール
野﨑健太郎
大学卒業後はモデルとして活動し、国内外のショーや広告などに出演。28歳のとき、大手量販店で販売のアルバイトを始める。その後、いくつかのラグジュアリーブランドでのストア、オフィス勤務を経て、2021年12月より某ブランドのシンガポール支社に勤務。趣味は高校時代から続けているサーフィン。
■ペンネームへ込めた想い
野﨑健太郎はペンネームで、尊敬する祖父の名前です。祖父は明治生まれで、西郷隆盛を思わせるような大きな体と味海苔をおでこに張り付けたような太い眉の持ち主でした。東京・五反田を拠点に京浜工業地帯で鉄を拾って歩き回り、町工場を営んでいた祖父。信条は「上天丼を食べたいなら、人の倍働け!」でした。残念ながら50代で亡くなり、直接会うことは叶いませんでしたが、この言葉は親戚を通じて私の耳に届き、私の心に深く刻まれています。祖父のハードワーク魂が自分に宿ることをこのペンネームに込めました。