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ラグジュアリーブランドのマネージャーが教える、グローバルキャリア成功のカギ Vol.18 大国インドネシアの無限のポテンシャル

ラグジュアリーブランドのマネージャーが教える、グローバルキャリア成功のカギ Vol.18 大国インドネシアの無限のポテンシャル NEW

ラグジュアリーブランドの海外支社で働く――。そんな憧れを実際に叶えた、日本人男性・野﨑健太郎さん(ペンネーム)が綴るコラムです。日本人がグローバルで働く上で知っておきたいこと、海外のマーケット動向、キャリアアップしていくためのヒントとは……?これまでたくさんの挑戦と成功を重ねてきた野﨑さんだからこその視点や気づき、エピソードなどを交えながらお届けします!

※過去記事はこちら→Vol.1Vol.2Vol.3Vol.4Vol.5Vol.6Vol.7Vol.8Vol.9Vol.10Vol.11Vol.12Vol.13Vol.14Vol.15Vol.16Vol.17


シンガポールから一番身近な国といえばマレーシアで、自動車なら1時間ほどで行ける距離にあります。では2番目に身近な国、それはインドネシアです。

私が以前住んでいたシンガポールのイーストコーストの自宅からは、インドネシアのバタム島がよく見えました。泳ぎに自信があれば渡れそうに見えるほど近くに感じられます。もちろん国境警備がありますので実際に渡ることはできませんが、市内中心部からはフェリーで気軽にアクセスできます。

このバタム島のほか、バリ島、ジャカルタのあるジャワ島、北端はタイのプーケットに近いスマトラ島、そしてオーストラリアに近いニューギニア島西部まで、インドネシアは17,000以上の島々と広大な地域から成り立っています。人口は約2億8,500万人と東南アジア最大の国です。

私は趣味でサーフィンをするので、シンガポールへ移住して以来、何度もインドネシアを訪れ、現地の人々とも交流を重ねてきました。今回はその魅力と、日本との接点についてお話ししたいと思います。

島々が育んだ多様性の国  

「インドネシア」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

おそらく多くの方がバリ島やナシゴレンを思い浮かべるのではないでしょうか。バリ島はパンデミック後は欧米からの渡航者が爆発的に増え、クタ周辺では慢性的な渋滞が起きるほどの人気となっていて、ホテルなどの建設ラッシュが続いています。

インドネシアは世界最大のイスラム教国ですが、実際には宗教や文化の多様性に富んだ国でもあります。

バリ島ではバリ・ヒンドゥー教が信仰され、かつてインドとの交易を通じてヒンドゥー文化が広まりました。インドといえばカレーやヨガのイメージがありますが、歴史的に東南アジアの文化形成にも大きな影響を与えてきた地域です。「インドネシア」という国名も、ギリシャ語の「インド(Indos)」と「島々(nesos)」を組み合わせた造語で、「インドの島々」を意味すると言われています。名前そのものに、この地域がインド文化圏の延長線上にあったことが刻まれているわけです。

一方で、フィリピンに近い北スラウェシ州や、サーフィンの聖地として知られるニアス島ではキリスト教徒が多く暮らしています。植民地時代のヨーロッパの宣教師の影響を受けた地域で、フランシスやマリアといった名前を持つ人も多く見られます。

2.8億人市場、その可能性と課題 

経済面に目を向けると、この国のポテンシャルは非常に大きなものがあります。

まず豊富な天然資源。ニッケルは世界最大級の産出量を誇り、EVバッテリー産業の重要な供給地となっています。石油や天然ガス、石炭、パーム油なども経済の基盤を支えています。

さらに約2億8,000万人という巨大な人口と、平均年齢約30歳という若さも大きな強みです。今後も労働人口と消費市場の拡大が続くことが期待されています。

私たちのラグジュアリーブランドもジャカルタに進出しており、投資を加速しています。現場にいて感じるのは、フランチャイズからダイレクトオペレーションへの移行が進み、単なるモノの販売ではなく、ブランドの世界観をどう伝えるかが問われる段階に入ってきたということです。

ただ、その現場は決してスムーズなことばかりではありません。行政手続きの複雑さや地域差も大きく、思うように進まない場面も多いようです。例えばスタッフの住民票を取るのにも数ヶ月かかることがあったり、インドネシアの行政手続きの難しさに直面していると、よく耳にします。

最近、こうした運用の難しさを象徴するような事件もありました。シンガポール人がバタム島へフェリーで渡った際、インドネシアの入国手続きで入国を渋られ、最終的に不透明な金銭を要求されたというニュース。その後、当局側の関係者が逮捕されたという報道もあり、いまだにそんなことがあるのか、と驚きました。

また、店舗スタッフの働き方やモチベーションにも幅があり、マレーシアと同様に、良くも悪くも「チル」な空気感があるのも特徴です。

 こうした構造の背景には、17,000以上の島々に分かれた地理的条件があります。広大な国土と州ごとの独立性があり、統一的なルールを全国で徹底することは容易ではありません。その結果、制度運用や現場対応には地域差が生まれやすい構造になっています。

しかしその一方で、この多様性こそがインドネシアの魅力でもあります。モルディブのような透明度の高い海を持つ島もあれば、世界的なサーフポイントが点在する島々もあります。

私は昨年8月に家族でロンボク島とスンバワ島を訪れました。手つかずの自然の中で牛やヤギ、犬や鶏が自由に行き交い、子どもたちもとても楽しんでいました。特にスンバワ島では、水の透明度が高く、空気も澄んでいて、忘れられない夕日を見ることができました。

そして、この国を語る上で欠かせないのが日本との関係です。

戦前、日本は南方進出の中で資源確保を重要な目的としており、スマトラ島の石油資源はそのメインの対象となっていました。背景には当時のエネルギー供給の枯渇があり、インドネシア地域は戦略的に重要な位置づけでした。

日本軍の占領期については、インドネシア語の公用化や独立運動指導者の登用など現地に受け入れられた側面があった一方、労務動員や物資の供出をめぐって人々が困窮した面もあり、評価は単純ではありません。ただ、結果として戦後の独立につながる流れを後押ししたという見方もあります。

戦後は賠償や経済協力を通じて関係が再構築され、日本企業の進出も進みました。現在ではインフラ、製造業、流通など多くの分野で日本企業が重要な役割を果たしています。現地で感じるのは、日本に対する非常にポジティブな感情です。文化的な距離の近さや長年の協力関係もあり、日本人に対して友好的な空気を感じる場面は多くあります。

最後に、私が「こんな海外移住の形もあるのか」と印象に残った方を紹介したいと思います。それはジャワ島の海で出会った、ジャカルタ在住の日本人サーファーの方です。

彼は現在、現地のゼネコン企業で働いています。もともと日本では建設会社に勤務していたそうですが、インドネシアでのサーフィンと現地の文化に惹かれ、いつか住みたいという思いを持っていたと言います。

その後、何度もバリやインドネシアに通いながらインドネシア語を習得し、現地で転職活動を行い、現在の仕事に就いたそうです。

仕事内容は主に現場監督で、インドネシア語を使いながら、建設現場でワーカーに細かい指示を出すのが中心だと言っていました。

成長している国ということもあり建設現場は多く、一方で現場監督は人手不足で、経験があれば現地でも需要が高い。結果として給与水準も上がっているという話でした。

インドネシアは、シンガポールから最も近い国のひとつでありながら、実際に足を運ぶたびにその奥行きの深さに驚かされます。文化も経済も自然も、まだ語り尽くされていない国です。今後も大きな成長余地を秘めた国であることは間違いありません。 

■著者プロフィール
野﨑健太郎
大学卒業後はモデルとして活動し、国内外のショーや広告などに出演。28歳のとき、大手量販店で販売のアルバイトを始める。その後、いくつかのラグジュアリーブランドでのストア、オフィス勤務を経て、2021年12月より某ブランドのシンガポール支社に勤務。趣味は高校時代から続けているサーフィン。

■ペンネームへ込めた想い
野﨑健太郎はペンネームで、尊敬する祖父の名前です。祖父は明治生まれで、西郷隆盛を思わせるような大きな体と味海苔をおでこに張り付けたような太い眉の持ち主でした。東京・五反田を拠点に京浜工業地帯で鉄を拾って歩き回り、町工場を営んでいた祖父。信条は「上天丼を食べたいなら、人の倍働け!」でした。残念ながら50代で亡くなり、直接会うことは叶いませんでしたが、この言葉は親戚を通じて私の耳に届き、私の心に深く刻まれています。祖父のハードワーク魂が自分に宿ることをこのペンネームに込めました。  

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