ラグジュアリーブランドのマネージャーが教える、グローバルキャリア成功のカギ Vol.20【最終回】AI時代の海外転職 NEW

ラグジュアリーブランドの海外支社で働く――。そんな憧れを実際に叶えた、日本人男性・野﨑健太郎さん(ペンネーム)が綴るコラムです。日本人がグローバルで働く上で知っておきたいこと、海外のマーケット動向、キャリアアップしていくためのヒントとは……?これまでたくさんの挑戦と成功を重ねてきた野﨑さんだからこその視点や気づき、エピソードなどを交えながらお届けします!
※過去記事はこちら→Vol.1、Vol.2、Vol.3、Vol.4、Vol.5、Vol.6、Vol.7、Vol.8、Vol.9、Vol.10、Vol.11、Vol.12、Vol.13、Vol.14、Vol.15、Vol.16、Vol.17、Vol.18 、Vol.19
先日、某ブランドの東南アジアを統括する日本人の方とお会いする機会がありました。パリ本社の辞令で昨年の春に現職に就任し、ご家族でシンガポールへ引っ越してこられたとのこと。
また先週は、某メガブランドの日本人ディレクターの方から、シンガポールでの仕事を検討するにあたって、生活面やマーケットの状況について電話で相談を受けました。
このように、日本人のマネジメント層が東南アジアで活躍するという事例が少しずつ、確実に増えてきたように感じます。
そして実は私自身も、シンガポール国内で転職することになり、この10月から新しい会社、新しいブランドで働き始めました。最終回となる今回のテーマは、私が初めて経験した「シンガポールでの転職」についてです。
AIと海外で転職活動をしてみた
今回の転職で、文字通り「フル活用」したものがあります。
AIです。
結果からお伝えすると、交渉もうまくいき、自分の希望もほぼ叶えられる形で転職することができました。
具体的にどうフル活用したのかというと、まずAI上に転職専用のプロジェクトを作り、個人情報に気をつけながら、自分の履歴書を読み込ませました。
これまで自分で書いていた英語の履歴書もAIと一緒に見直し、ポートフォリオも含めて、「自分はこれまで何をしてきたのか」「自分の強みは何か」を、AIとディスカッションして整理しました。
そして、単に「転職したい」と相談するのではなく、収入面はもちろん、これからどんなキャリアに進みたいのか、何を経験したいのか、将来的にどんな仕事をしたいのかまで、かなり細かくAIに伝えました。
このときに発見したのは、「AI相手だと恥ずかしくない」。
人に話すと「そんなの無理じゃない?」と思われそうなことも、「もしかして、こんな方向性、可能性はある?」と、とりあえず聞いてみることができます。
すると、予想外の選択肢が出てきたり、逆に「まだ経験が足りない」ということが見えてきたりします。
自分の可能性を、遠慮せずにどこまでも広げ、壁打ちできる。
これはAIならではの利点だと思います。
AI時代の転職活動で差をつけるもの
とはいえ、AIと話しているだけでは仕事は見つかりません。
AIに壁打ちする一方で、実際にエージェントの方々に会ったり、メッセージをしたり、紹介していただいたポジションについて話を聞いたりしました。
自分にはあまりなじみのない仕事でも、カジュアル面接という形で、まずは話を聞いてみる。
LinkedInなども見ながら、「今、自分の経験や実績だとどんな仕事に就けるのか」を知ることも意識しました。
実際に最終的に今回決まった仕事は、エージェント経由ではありませんでした。
きっかけは、今から4年ほど前の仕事での出会いです。
当時、私はシンガポールで働き始めてまもない時期でした。ハノイのお店でイベントをしていた時のことです。
たまたま立ち寄った競合ブランドのフロアで、ある方と出会いました。実はその方が、今回の転職のキーマンになりました。その当時は、まさか4年後にその方と一緒に仕事をすることになるなんて想像もしていませんでした。このときの出会いがきっかけで、4年越しで声をかけていただき、今回の転職につながりました。
考えてみれば、あの日あの店舗にふらっと立ち寄っていなければ、今回の転職は実現していなかったのかもしれません。
店舗に行く。
人に会う。
話をする。
面白そうな場所があったら、とりあえず覗いてみる。
仕事で出会った人との関係を大切にする。
こうした「リアルな行動の価値」は、AIがどれだけ進化しても変わらないでしょう。
むしろ、AIによって情報収集や資料作成、翻訳などが簡単になればなるほど、最後に差が出るのは、こうした価値なのかもしれません。
AIを使って可能性を広げながら、自分の足でも動く--。今回の転職で、これからの働き方はそんな風になっていくのではないかと感じました。
面接・条件交渉・ビザ手続きにもAIが活躍
実際に転職の話が進み始めてからは、またAIの出番です。
面接前には、「どんな質問をされる可能性があるのか」、「自分の経験の中から何を話すべきなのか」を整理する。
条件交渉では、転職先のHR部門から来た内容を確認し、自分の希望をどう伝えるべきかを相談する。同時に、現職のHR部門とのやり取りについても、伝え忘れていることがないか、英語のニュアンスが強すぎたり弱すぎたりしないか、毎回確認しました。
また地味ですが、とても助かったのが手続き関係です。ビザや税金関連の書類が英文で細々と書かれていると、それだけで読む気がなくなります(笑)。
以前だったら、ひとつずつ調べながら理解していたものも、AIに内容を読み込ませれば、「これはこういう意味で、次にこれをする必要がある」と整理してくれます。
こうした面倒な部分に使う時間とエネルギーが減り、その分、面接や交渉など、本当に考えるべきことに集中できるようになりました。
英語が完璧でなくても海外で働ける
海外で働く日本人にとって、AIがもたらす一番大きな変化は、「言葉の壁」をかなり低くしてくれることだと思います。
私自身、日本語なら自分の考えや微妙なニュアンスまで細かく表現できます。でも、それを英語で100%同じように伝えようとすると、やはり難しく感じます。しかしAIがあれば、まず日本語で自分が本当に言いたいことを考えて、それを自然な英語にしてもらうことができます。
しかも、今のAIは単なる翻訳機ではありません。「転職で実現させたいゴール」を共有しておけば、そのために何を伝えるべきか、どこを交渉した方がいいかまでを一緒に考えることができます。これは海外で働きたい日本人にとって、とても大きな変化だと思います。
もちろん英語を勉強する必要がなくなるわけではありません。人と直接話し、信頼関係を作るためには、やはり語学力は必要です。でも、「英語が完璧ではないから海外では働けない」というハードルは、以前より確実に低くなっていると感じます。
実績の記録、履歴書のアップデートを忘れずに
一方で、AIさえあれば転職できるかというと、もちろんそんなことはありません。
当然ですが、AIは、自分が経験していないことまでは作ってくれません。今回あらためて感じたのは、普段から「自分の仕事を記録しておくこと」の大切さです。
どんなプロジェクトを担当したのか。
そこで自分は何をしたのか。
結果はどうだったのか。
これらを写真や資料で残す、数字で示せる成果があれば記録しておくのです。そして、履歴書も時々アップデートすること。
いざ転職しようと思った時に、「5年前、何やったっけ?」となってしまうと、せっかく良い仕事をしていても伝えることができません。
採用する側も、AIを使って大量の書類を確認できる時代になっています。だからこそ、「一生懸命やりました」ではなく、「自分は何をして、どんな結果を残してきたのか」。その「材料」を普段から蓄積しておくことは、これからますます重要になると思います。
最終回にあたって
このコラムは、今回で最終回となります。これまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
私がシンガポールへ引っ越したのは、2021年12月でした。まだパンデミックの影響が残っていましたが、少しずつ人々が動き始め、国境が開き、街に活気が戻ってきた頃です。インフレは今ほどではなく、今のような生成AIも身近にはありませんでした。その後はリベンジ消費もあり、ラグジュアリーブランドの売上は好調でした。
当時は、数年後に今のような厳しいマーケットが来るとは思いもしませんでした。たった5年弱ですが、こうして振り返ってみると、働き方もマーケットもテクノロジーも、大きく変わりました。
コラムを毎月書かせていただくようになり、「人に読んでもらう」という前提でシンガポールや東南アジアのマーケットを見るようになりました。記事を書くために情報を集め、自分なりに考えて、それを自分の言葉にしてみる。これは、自分自身にとっても大きな学びになりました。そして、人に読んでもらう文章を書くことの楽しさと、難しさも知りました。
私の粗削りな文章を毎回読みやすく整えてくださった編集の鈴木さんには、本当に感謝しています。そして、このような機会をくださった田崎さん、池松さん、本当にありがとうございました。
この連載は今回で終わりますが、これからもWEB上に残ります。今後、たまたまこの記事を見つけた誰かが、「海外で働いてみようかな」「海外でも自分の経験を活かせるかもしれない」と思ってくれたら、それだけでうれしく思います。
私は、日本人の持つ細やかな感性や仕事の完成度へのこだわりは、世界でも十分に通用すると思っています。AIによって言葉や国境のハードルも、これからさらに低くなっていくはずです。だからこそ、日本の中だけにとどまらず、もっとたくさんの日本人が海外へ出て、自分の持つ力を試してもいいのではないかと感じます。
私自身も、シンガポールで新しい会社、新しいブランドで、またゼロからのスタートです。この先、どうなるかはわかりません。でもそれも含めて楽しみながら、もう少し海外で挑戦を続けてみるつもりです。
■著者プロフィール
野﨑健太郎
大学卒業後はモデルとして活動し、国内外のショーや広告などに出演。28歳のとき、大手量販店で販売のアルバイトを始める。その後、いくつかのラグジュアリーブランドでのストア、オフィス勤務を経て、2021年12月より某ブランドのシンガポール支社に勤務。趣味は高校時代から続けているサーフィン。
■ペンネームへ込めた想い
野﨑健太郎はペンネームで、尊敬する祖父の名前です。祖父は明治生まれで、西郷隆盛を思わせるような大きな体と味海苔をおでこに張り付けたような太い眉の持ち主でした。東京・五反田を拠点に京浜工業地帯で鉄を拾って歩き回り、町工場を営んでいた祖父。信条は「上天丼を食べたいなら、人の倍働け!」でした。残念ながら50代で亡くなり、直接会うことは叶いませんでしたが、この言葉は親戚を通じて私の耳に届き、私の心に深く刻まれています。祖父のハードワーク魂が自分に宿ることをこのペンネームに込めました。